第15話 私の勇者② 守るべきもの

ルミエラの街が真っ赤に燃える中、スズはルカに向かって街を守る決意を示した。


「大丈夫だよ、ルカ君。街の人のことは心配ないよ。広場の賊もなんとかなるよ」


スズは精一杯の笑顔を浮かべてルカに微笑んだ。


「馬鹿野郎が!! ノエルも心配だけどな! 死ぬかもしれないお前を見過ごせるかよ!!」


ルカには、目の前の救えるかもしれない人を見捨てることはできなかった。しかし、スズは歯を食いしばると、力の限り叫んだ。


「舐めないでよ!! あたしは街の人を守らなきゃいけないんだ!! それがあたしが剣を持つ意味だ!!」


スズの必死の言葉に、ルカは声を失った。彼女の強い覚悟が伝わり、やがてルカも決意を固めた。


「……わかった。けど見捨てるんじゃない。スズを信じるからだ」


「へへ……。ありがとね」


ルカは腰に剣を戻すと、ノエルがいそうな場所に心当たりがないか考える。


「そうだ! 悪い、スズ。貸してほしいものがあるんだ!」


「え? う、うん。いいけど、何?」






――――時は少し戻って、数時間前。


ノエルは、街の診療所で治癒の手伝いをしていた。幸いにも、重症の者はおらず、ほとんどがダンジョンで怪我をした冒険者だった。


「ふぅ。これで30人くらいかな? 最近はルミエラのダンジョンにくる冒険者も増えたんだねぇ」


「ふふ。そうね。でも助かってるわ、ノエルさん。貴女のヒールは、すごい治癒力だもの」


診療所の看護師と共に、ノエルは大部屋を回っていた。患者たちは、これですぐにでも冒険に出れると喜んでいた。


「俺はァ、王都から来たんだけどよ! 教団の美人な姉ちゃんが、ルミエラには良い聖職者がいるって言ってたんだ! 本当だったんだなァ!」


「教団の人がそんなことを? 珍しいねぇ」


髭を生やした勇ましい大男が笑いながら話すのを、ノエルは静かに微笑んで聞いていた。


次の瞬間、窓際で休んでいた冒険者が声を上げた。


「お、おい! なんか街の様子がおかしくないか!? 真っ暗でよくわかんないけどよォ」


「こんな夜中に何か騒ぎかな? なんだろう?」


ノエルは気になって、窓の方へ向かう。そして、ノエルの目には信じられない光景が映った。


街に火を放つ無数の賊の姿だ。


「!? なんで街の中に賊が! 門番は警報も出せずにやられてしまったの!?」


たちまち、大部屋は騒ぎになった。それを静止するかのようにノエルが大声を張り上げる。


「皆、落ち着いて! 武器を持てる者は診療所を守って!!」


冒険者たちは武器を手に取ると、診療所の外に集まった。戦えない医師や看護師は、負傷者が出た際の準備にかかった。


「私は街の方を見てくる! 怪我人が出てるかもしれない!」


「そうかァ! それじゃあ聖職者さんを守る奴と、怪我人を運ぶ奴が必要だなぁ!」


先ほどの、王都から来たという冒険者の男が大剣を担いでノエルの横に立った。その後ろには、何人か冒険者が並んでいる。


「こいつらは俺のパーティの連中だァ! 役に立てると思うぜ!」


「ありがとう、みんな。お願いするね」


「当たり前よォ。おらぁ! お前ら気合い入れろォ!」


ノエルと大剣の男たちは大通りへ走り出した。





大通りは既に戦火で燃えていた。逃げ惑う人々が賊に追われ、混乱の渦中にあった。


「こんなの、ひどすぎる! なにが狙いなの!?」


「聖職者さんよォ! いったん余計なことは考えないで走りな!」


そう言うと大剣の男は、賊の一人に向かって走り出し、そのまま一刀両断にした。それに気づいた周囲の賊は、ノエルたちを取り囲むように近づいてくる。


大剣の男の仲間の一人、魔法使いの男が怖気づくことなく口を開いた。


「おいおい、リーダー。人間相手でも容赦ないんだな」


「こんな卑劣な連中、ゴブリンの群れだと思えば何も感じねぇなァ!」


「確かにね。俺も思う存分、魔法が打てそうだよ」


「アホか、お前はァ。水魔法で消火するのが先だろうがよ」


「脳筋に見えて冷静だよね、リーダーは。仕方ないか」


その後も、迫りくる賊に対処しながら広場を目指した。賊の一人一人は、大剣の男たちにとって問題にならなかったが、数が多すぎる。次々と湧いて出てくる賊に、ノエルたちは苦戦していた。


それでもノエルは怪我人を見つけると、そのたびにヒールを唱えて回った。診療所でも既に治癒魔法を何度も使っていたノエルは、マナも限界に近づいていた。


「ハァ……ハァ……。大丈夫だよ、みんな。一歩ずつ進めば……この街も守れる」


「おいおい! 聖職者さん! あんたァ、治癒魔法を唱え過ぎだ! もうキツそうじゃねぇか!」


「ははは……。ルミエラって、こんなにたくさんの人たちが生活してたんだね。でも根を上げるわけにはいかないかな」


あと二、三人分のヒールが限界ってところだと、ノエル自身も悟っていた。仮に瀕死の犠牲者が出てしまった場合、その人を癒せるほどのマナはもう残っていない。ノエルは、歯がゆい気持ちで苦悩の表情を浮かべた。


その時、大通りの外れから声が聞こえた。


「おーい!! 誰か治癒魔法を使える奴はいないか!? 街の外で商人たちが怪我しちまってるんだ!!」


助けなければ、とノエルは反射的に声に応じようとした。


「お、おい! 聖職者さんよォ! もう無茶だろ!」


「手の届く人を助け続ければ、やがて世界も平和になる。私の大切な人が教えてくれたことなんだよ」


ノエルの意志のこもった言葉に、大剣の男たちは声を出せずにいた。


「君たちに街は任せるね。わがままを言ってごめん。あと――――」


「私たちの後ろに小さい教会があるんだ。だから、ここから先には賊を通さないでもらえたら嬉しいな」


ノエルは、ルカのいる教会の方を向きながら、辛そうに微笑んだ。


「あ、あぁ……わかったぜ。聖職者さんも絶対に死ぬなよ!!」


大剣の男の言葉に頷きながら、ノエルは助けを求める声の方へ走り出した。






「助かるよ! 聖職者さん! 俺たちはルミエラに行商に来たんだけど、襲われちまって!」


「不運だったね。怪我した仲間は何人なの?」


「え? あぁ……二人かなぁ?」


二人くらいならギリギリなんとかなる、とノエルは安心しながら、前を走る行商人らしき男の案内を受けて走る。


随分と走った。もうすでに街道も外れている。すぐそこは森の中だ。


「ねぇ、行商人さん。こんなとこで襲われたの?」


「そうなんだよ! 怪我をしたから森に隠れたんだ!」


「そう。無事だといいけど……」


二人は森の中を進み、やがて開けた丘にたどり着いた。ノエルは周囲を見渡す。


「ね、ねぇ。怪我人なんかどこにもいないけど」





「いるわけねぇだろぉ! 間抜けがぁ!」





突然、ノエルの胸に激しい痛みが走った。


視線を下ろすと、そこには一本の弓矢が胸に突き刺さっていた。


「痛っ……! あぁぁ……!」


ノエルは、痛みに耐えながらも状況がつかめずにいた。


「急所は外れたかぁ。だが、時間の問題だなぁ」


行商人と名乗る男は、悪意のこもった笑みでノエルを睨むと剣を構え始める。それを合図と言わんばかりに、森の中から賊が姿を現した。


「治癒魔法を使える奴は邪魔だからなぁ。孤立させて処分することにしたぜぇ」


「怪我人がいるって言うのは嘘だったの!?」


ノエルは放心したように問いかけたが、男は鼻で笑った。


「てめぇを誘う罠だって言ってんだろぉ。早いとこ理解しろよぉ」


「こんなとこに怪我人なんていないんだね……良かった」


ノエルは涙をこぼした。


「こんな暗い森の中で助けを待ってるなんて……。きっと心細いだろうな、不安だろうなって思ってたんだ」


「あぁ? 心配しなくても街の連中は全員あの世に送ってやるよぉ」


「街の人たちは、冒険者たちが守ってくれてるよ。お前たちじゃルミエラは落とせない」


ノエルは痛みに耐えながらも、目を尖らせて男の顔を睨んだ。


男はため息を大きくつくと、苛立ちを隠せずに口を開く。


「そうなんだよなぁ。依頼だとよぉ、警備が手薄になる今夜を狙うように言われてたんだぜぇ」


「なのによぉ。冒険者の数がなんでこんなに多いんだぁ!? 話が違うじゃねぇかよぉ!」


ノエルは、男が放った依頼という言葉に引っかかった。


「依頼…………? お前らは、雇われたどこかの組織なの……?」


「その質問には答えられねぇなぁ。けど、死ぬ前に俺様のことは教えておいてやるよぉ。あの世に行っても忘れるなよぉ?」


頭上では、既に満月が昇りきっていた。月明かりに男の顔が照らし出される。顔半分に刺青の入った、蛇のように鋭い目をした男の顔を。


「ヴァイパー! それが今回の作戦を指揮する俺様の名だよぉ!」


ヴァイパーと名乗った男は、愉快そうに高笑いを始めた。


「さてぇ。それじゃあ俺様も満足したしよぉ。とっととお前を処理して街に向かわないとなぁ」


そう言うと、周囲で待機していた賊が剣を抜き、ノエルを囲んだ。賊の剣は、ノエルに向けられていた。


それを見たノエルは逃げる素振りもせず、胸の傷を押さえながらその場にしゃがみ込む。


「諦めたかぁ。まぁ無理もねぇなぁ。聖職者ごときじゃ戦いにならねぇ」


しかし、ノエルは意外な言葉をヴァイパーにぶつけた。


「諦めてないよ。私は信じて待ってるんだ。きっと私を助けてくれるって」


ヴァイパーは、理解に苦しむような表情でノエルを睨んだ。


「こんなところに誰もこねぇよぉ。聖職者がたった一人で森の中にいるなんて、誰がわかるんだよぉ」


「それによぉ。助けを信じて待つってなんだよぉ。泣かせるねぇ。勇者はもういないんだぜぇ」


「勇者はいるよ」


ノエルは俯いたまま、強く言葉を吐いた。


「何言ってんだぁ? 勇者は吸血王にやられたって俺様でも知ってるぜぇ。あり得ない願望にすがりだしたのかぁ?」


「勇者はいるんだ!!」


ヴァイパーの台詞に歯を食いしばると、森に響き渡るような声でノエルは叫んだ。


「魔王討伐に向かった勇者はやられたよ!! でも勇者はいつでも助けに来てくれるんだ!!」


ノエルの胸に込み上げる感情が、止めどなく涙となり溢れ出した。


「私の勇者は……! 私が危ない時にいつだって……守ってくれるんだ……!!」


――ルカは、私を守れるようになりたいって思ってくれてたんだね。


――でも私はもうルカに守られてるよ。





「ルカは!! 私の……!! 勇者なんだ!!!」





次の瞬間、ヴァイパーの腹に衝撃が走った。そのまま、彼は後方へ吹っ飛んでいく。


倒れたヴァイパーの腹には、剣が貫通するように深々と刺さっていた。


目の前の出来事に、ノエルは涙を流したまま微笑んだ。


「来てくれたんだね……。……やっぱりルカは、私の勇者だよ」


しゃがみ込んだノエルの前には、ルカが立っていた。


ルカは、憎悪などではなく、信念のこもった目で前を見据えていた。守るべきものを守れるように。そんなルカの瞳は、綺麗に赤く輝いていた。

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