第5話
披露宴会場のドアの前で、鈴木氏(仮)とふたり並んで合図を待つ。
「よく似合ってるな、そのドレス」
「……ありがとう、ございます」
これは結婚式当日に花婿から逃げられた私への、慰めなんだろうか。
このネイビーのドレスは件の彼が、私の顔によく生えると選んでくれたものだ。
いまとなってはどこまで本気だったのか疑わしいが。
「うん。
李亜の凜とした姿によく合っている」
ごく自然に、名前を呼ばれた。
その声はどうしてか、私を騙していた彼に呼ばれるよりもドキドキとさせた。
「それでは、新郎新婦の入場です!」
係の人間の手がカウントを取り、ドアが開かれる。
「笑えよ」
「わかってます」
私の腕を取った肘で小さくつつかれ、笑顔を作る。
中へ足を踏み出せば、拍手で迎えられた。
同僚たちは笑顔だったが、私が結婚を公表したとき影で、きっと金目当てに違いない、なんて噂していたのは知っている。
しかも実際、そうだったなんて知ったら彼女たちは、どんな顔をするのだろう。
気の毒そうな顔をした裏で、それみたことかと笑うんだろうか。
ひときわ盛大な拍手を送る新郎方の両親とは対照的に、私の両親は微妙な顔をしていた。
それはそうだろう、この披露宴会場の中で花婿が替え玉だと知っているのは本人と私を除き、彼らだけなんだから。
いや、鈴木氏(仮)の話によると新郎方の出席者はすべてエキストラらしいので、彼らは承知の上なのかもしれないが。
披露宴自体はつつがなく進んでいく。
ありがちな新郎新婦の、馴れ初めだとか生い立ちだとかのVTRをやんわりと断られたのは、このためだったのだとようやく気づいた。
「咲乃さん、おめでとう」
ワインサービスで各テーブルを回る。
「ありがとうございます」
「ねえ、彼って御津川社長に似てない?」
同僚女子社員の指摘で、びくりと身体が固まった。
「あー、私も思った!
まさか、本人とかないよね?」
「そ、そんなこと、ナイデスヨ……?」
つい、視線を泳がせた私を、鈴木氏(仮)がぐいっと抱き寄せた。
「よく言われるんですよね。
そんなに似ていますか、彼と」
「……はい」
パチン、と彼がウィンクをし、彼女たちが目をハートにしてその場に崩れ落ちる。
「これからも李亜をよろしく。
……次、行くぞ」
「あっ」
強引に腕を取られ、次のテーブルへと向かう。
残りのテーブルはひたすら笑顔を貼り付けて凌いだ。
爽やかな笑顔で彼は出席者と言葉を交わしている。
もしかしたら私の勘違いかも、とかも思っていたが、他の人間にまで指摘されてますますその正体を確信した。
彼は間違いなく、あの『MITSUGSWA警備』の若き社長、御津川
そのカリスマ性からよくビジネス雑誌に登場しており、私でもその顔くらいは知っている。
しかしながら私とは、全くもって接点がない。
あるとすれば会社が契約している警備会社がMITSUGAWAってくらいで。
「なあ。
花婿が違う気がするんだけど、気のせいかぁ?」
親族の席で伯父さんが大きな声を出し、ひくっ、と笑顔が引きつる。
「に、兄さん!
いまそんなことを言わなくても」
「でも前に会ったアイツは、こんなにいい男じゃなかったぞー」
鈴木氏(仮)の顔をのぞき込み、はーっと酒臭い息を伯父さんは吐いた。
「もうすっかり、酔っ払っているようですね」
血の気が引いて真っ青になって立っているだけの私とは違い、鈴木氏(仮)はふらついている伯父をそつなく椅子へと座らせた。
「そうですね、きっとあなたが会った人間とは私は別でしょう。
私が李亜と知り合ったのは、彼と別れた直後ですから」
はぁーっ、と彼が物憂げにため息を吐いてみせる。
「私の一目惚れでした。
それで、別れた彼とは結婚直前だったからキャンセルしないといけない、なんて笑っている李亜が不憫で。
なら、私を代わりにすればいいと提案したんです」
伯父さんは俯いたままなにも言わない。
会場の誰もが、黙って彼の話を聞いていた。
「好きになるのに時間は関係ありません。
私は李亜を愛しています。
嘘偽りなく先ほど、神に李亜への愛を誓いました。
李亜もきっと、そうだと信じています」
滑らかに、彼は嘘を吐いていく。
まるでそれが、本当だと言わんばかりに。
「……ねえ、李亜?」
そっと彼が私を抱き寄せ、レンズの向こうから私を見つめる。
嘘つきなのに曇りのない瞳は、もしかして真実なんだろうかと勘違いさせそうだった。
「えっ、あっ、……はい」
急に話を振られ、慌てて返事をする。
「李亜、愛してる。
改めて愛を誓うよ」
私の腰を抱いたまま、彼の手が顎に触れ上を向かせる。
え、とか思っている間に唇が重なった。
「ヒューヒュー!」
「熱いねー!」
「お幸せにー!」
周囲が私たちを囃したてる。
思わずひっぱたきそうになった手は、ぐっと握りしめて耐えた。
「水を差すようなことを言ってすまなかった。
李亜、許してくれ」
「えっ、伯父さん!」
伯父さんは感動スイッチが入ったのか、声を押し殺して泣いている。
伯父さんには大変申し訳ないが、これで誤魔化せたのはいい。
いい、が。
この男は、二度も私にキスを!
一回目は儀式だから仕方ないが、いまのは必要ないよね!?
「……眉間に皺、寄ってるぞ」
「……うっ」
小声で耳打ちされ、急いで笑顔を作る。
我慢、我慢よ、李亜。
これは、仕方ないことなんだから。
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