ワイン

@keiba3150

第1話

「ワインを初めて飲むんです。」

女性なのか男性なのか分からない、

どちらとも判断が付き難い声色で囁くように

けれども、芯の通った声で科白が吐かれる。


『これが時代か』

そう思うときは大概、自身が受け入れ難い存在に対峙したときである。

彼女?は全くそのような感情を思い起こさせず、自らの輪郭や存在を保つことを手放したかの様な印象を抱かせる。

「素敵な方だな」

脳を駆け巡った言葉がブレーキを踏まずに口から飛び出る。

「ふふっ、ありがとうございます」

少し恥ずかしそうにこちらを真っ直ぐ見つめたまま、不思議な会話が続く。

「あ、今僕何か言ってました?」

顔が熱くなって耳まで朱色に染まっている気がする。うまく誤魔化せただろうか。

脈打つ速度が上昇し、心臓がどこにあるのかを知らせるように、心拍数が上昇していく。


『彼女から目を離したくない。』

また脳内を猛スピードで駆ける言葉の手綱を全力で引き、竿立ちするように急停止させる。

たった今、僕はおかしな告白をする寸前だった。


初対面のお客様の不信感を高めてはいけない。

一人一人と真摯に向き合って最適なワインを勧める。

それが僕の仕事だ。


「いいえ、何も」

彼女?の声色の温度が少し下がるのを感じて、少しだけ冷静さが戻ってくる。

「…ワインを初めて飲むんです。」

二回目のその言葉に重みがあることを感じ取る

「そうですね、初めてワインを飲むなら…」

「香りが強くて、重みのある味わいで、個性的な一本が良いです」


言葉を遮られた。

儚げな風貌とは裏腹に『主導権はこちらにある』と言いたげな雰囲気を放ってくる。

有名な一本を今から説明しようとしたことを改悛し、彼女?の好みを聞き出すことに舵を切る。

「誰かと一緒に飲まれますか?例えばパーティで持って行かれるとか」

「…いいえ、一人で頂きます」

「なるほど、ワインの肴..普段はどういったおつまみを食べてますかね」

「……………………肉ですかね?」


一瞬、沈沈とした時間が流れ、会話に齟齬がないか振り返るが一応おかしな所は無い。

散人たる“間”が彼女の印象を変化させていく


「あぁ..えっと、牛肉ですか?鹿肉とかジビエ的な肉料理ですかね」と尋ねる


「生で食べます」

彼女の口角が上がり声色の温度が高くなるのを感じ取る。

初めて会話がしっかりと食い違うのが確認できた。


彼女に対する温度が落ち着きはじめる。

よく見ると、今の季節に相応しくない分厚いエクリュカラーの革手袋をはめている。

店内に流れるDavid Bowieの『Changes』の歌詞がしっかりと頭に入ってくる。


「…今夜私が頂くのは…………」


最後の言葉を聞き終わり、理解が追いつかない。


『これが時代か』と嗄れた声が溢れる。


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