悪の組織の“元”上級怪人 妹の為にヒーロー始めます

@miyu_lasp

クラウンブレッド怪人編

怪人グレイニンジャ

第1話

 西暦2077年 旧愛知県名古屋市・現居住ブロック4


 かねてより日本の工業発展を支えた東海地方は、今も尚隆盛を謳歌していた。

 高度な自動機械による産業の効率化により多くの単純労働者は消え去ったが、それを開発・維持管理をするのは結局のところ人間の力による物だ。

 東海地方のそういった技術者や経営者が集まる、ちょっとした高級住宅地としてこのブロック4は再開発された。

 とは言っても乱立されてがら空きの高層マンションへの入居は申請すれば誰でも可能なので、お高く留まったという印象は受けない。学生から無職まで自由気ままに日常を謳歌し、施設の充実度は地方の比ではない。喧騒を好まない人間ではないのであれば、文句のあり様がなかった。

 そんな訳で居住ブロック4の一角にある複合型超巨大ショッピングモールは、平日だというのにとても賑わっている。

 体験型の遊具で遊ぶ子供連れの家族。

 部活動の帰りなのか、ジャージ姿でアイスを舐める学生達。

 年寄り達は首に装着した携帯端末から投射された仮想空間でゴルフに興じている。

 

 まさしく平和の1ページを切り出した様な空間。

 誰もが笑顔で、誰もが自由な今を謳歌していた。

 しかし、それは唐突に破られる。


 店のスピーカーやその場にいる全員の耳に装着されたインカムに鳴り響く警報音。

 彼らにとって地震速報よりも聞きなれたその音に、モールの中は騒然となる。

 

 爆発が起こった。


 吹き飛ばされた客が起き上がる暇も与えず、雪崩れ込んでくる人の群れ。


 とてつもない速度での侵攻だというのに一糸乱れぬ行進。

 異常なのは行進だけではない。

 彼らの顔面をすべて覆う黒に青のラインが入ったヘルメットと、全身タイツの様であり関節や胸部にアーマーを備えた戦闘服。

 第一波ですらざっと見て100人は下らないというのに、奥を覗けばまだまだ数がいることが伺える。


 彼らはモールの中心を占拠すると、5段程の人間ピラミッドを組んでお立ち台を作成した。

 赤い煽情的なドレスに身を包んだ長身の女が頂上目指し、優雅に人の上をハイヒールで歩く。

 古臭いSMチックな仮面の下の笑顔から分かる通りにさぞや気分がいいのか、手にした鞭でリズムよくピラミッドを叩く。

 その衝撃で一瞬台になった人間がよろめくが直ぐに立て直すと、女はさらに機嫌よく鞭を打つ。


「おーほっほっほっほ!!!

 我らは秘密結社クラウンブレッド!!!そして私は美造怪人ヴァルトルレディ!!!

 ここにいる人間達は今日から我らクラウンブレッドの物となるのよ!大人しく捕まればよし!抵抗するなら……どうなるかわかるでしょう!

 さあ、我が手下『洗脳戦士キーナリーソルジャー』達よ!さっさとこの素材達をトラックに詰め込んでしまいなさい!」


 混乱する客達。

 我先にと中心から離れようとするが、どうにも先が詰まっている。

 それもそのはず、縦長なショッピングモールの両端も、クラウンブレッドの戦闘員達によって封鎖されているからだ。


 ドーク!ドーク!ドーク!とまるで獣の様に甲高い鳴き声を上げながら迫る戦闘員達。

 中には転倒し、逃げる人々に踏まれて怪我をする人々も出始めた。

 悲鳴と鳴き声の中で、1つの高笑いだけが異質に響いている。


 「そこまでだ!」


 突如発せられた男の声は、騒音の中でもよく響いた。

 音の鳴った方角は上か、と皆が足を止めて見上げる。

 刹那、極光。

 光が収まると、5つの影が降下してきた。


「勇気と共に在りし燃える心!カロスレッド!」

「勇気と共に在りし大海の抱擁!カロスブルー!」

「勇気と共に在りし闇夜の守護者!カロスブラック!」

「勇気と共に在りし雷鳴が如き力!カロスイエロー!」

「勇気と共に在りし癒しの極致!カロスピンク!」


『我らサンボイルジャー!』


 それぞれ5色のフルフェイスメットを被り、5色の翼を模した紋様が組み込まれている、ぴっちりとしたスーツを着た集団が逃げ惑う客と戦闘員達の間でポーズを決める。


「また会ったな、怪人ヴァルトルレディ。

 俺たちが来たからには、お前の悪事もここまでだ。観念してお縄に付け!」

「これまた随分とお早い到着だねぇ!サンボイルジャー………………!

 観念しろだ?考えが甘いんだよ!むしろ、火に飛び込んだ虫はあんた達さ!」

 

 カロスレッドの口上に、逃げ惑うだけだった客達から大歓声が起こる。

 それに苛立ってか、怪人ヴァルトルレディがピラミッドから飛び降り、手にした黒い鞭で地面を打つ。

 すると、爆発で空いた穴から続いていた戦闘員達の列が左右に分かれて道を作る。

 そこから現れたのは、まだ10代に見える4人の少女達。多少の差異があれど、各々が先頭にいるヴァルトルレディとよく似た、性器を強調する煽情的なハイレグのドレスを着用している。

 彼女と明確に違うのは、その頭部。周りにいる戦闘員が着けている物とはまた違う、後頭部の下半分を覆い、そこから生えた目線だけを隠す黒いバイザーを装着している。


 「この子達はヴァルトルガールズ!私直々に開発を指示し、D級能力者の素体をなんとC級能力者相当までの強化改造に成功したのさ!」

 手にした二又の槍を地面に突き立て、威嚇しながら前進するヴァルトルガールズ。

 下級戦闘員達もその手に棘のついた籠手を権限させ、サンボイルジャーを包囲する様に展開する。


 「皆さん!私たちが来たからにはもう大丈夫!慌てずに避難をしてください!」

 カロスイエローの声は、広大なモールの中でも遠くまでよく聞き取れた。

 その声に従い、我先にと押し合っていた人々が緩やかな流れを作り戦闘員達から離れて空間を作っていく。


「やるぞ!みんな!」

「「「「了解!!!」」」」

 彼らの叫びと共に、その手に各々の武器が顕現する。

 レッドは肉厚な長剣、ブラックは身の丈を超える戦鎌、ブルーは大型の拳銃、イエローは返しのついた馬上槍、ピンクは先端が鈍器になった錫杖を。

「おおおおおおおおおおおお!!!」

 レッドを除いた4人が、ヴァルトルガールズと打ち合う。

 ブラックと相対したガールズは、彼の長身と間合いが読みにくい鎌での攻撃に翻弄され、何度も直撃を間一髪で避けることになっていた。

 ブルーと相対したガールズは、銃撃を囮とした体術により防御に力を使わされ、とても早い速度で消耗させられる。

 イエローと相対したガールズは、槍同士が打ち合った瞬間に流れてくる電撃によりダメージが蓄積し、着実に精細を失って行く。

 ピンクと相対したガールズは、超重量の錫杖をメイスとして振るうことにより、打ち合った槍に亀裂が走り、その度修復に力を使用させている。


 客観的に見て、サンボイルジャーの側が優勢なのは明らかだった。

 戦闘員達が何度かその間に入り込もうとしていたが、まだまだ余裕のあるサンボイルジャーによって片手間に弾かれてしまう。

「ヴァルトルレディ!覚悟しろ!」

「ちくしょう!こんなはずじゃ………………!」

 そんな火花散る戦場の中、立ちはだかる戦闘員を拳打で吹き飛ばし、ヴァルトルレディの鞭の連撃を軽くいなしながら、レッドの剣がヴァルトルレディを袈裟斬りにしようと迫る。

 ヴァルトルレディは鞭を引いて防御しようとしているが、攻撃の為にその身を伸ばし切ったそれが間に合わないのは明白。

 しかし、それは届かない。

 

「なにっ!?」

 

 ガキンっと、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。

 突如として上空から現れた黒い影。

 

 それはカロスレッドの首に向けて刀を一閃。

 しかし、踏み込んでいる最中だったレッドが急に体を捩じり、1回転しながら上へと剣を振り上げることで寸でのところで受け止めたのだ。

 継続して鳴り響く甲高い金属音と共に、剣に込められた霊力ハートバーン同士がぶつかり合うことで反発を生み、その体を浮かせ続けて接触面からは激しく火花が散る。

 

「お前は…………!?」

 激しい光の中で、カロスレッドは襲撃者の正体を知る。


 それは、黒い外套に身を包んだ男だった。

 外套の中は灰色の袴を基調に現代風味を加え、和服特有のダボ付きを帯ではなく鎖で這うように締め上げた状況で、鎖は手甲や胸鎧の様に防具としての役割を持たせるかのようだった。

 背中には斜め掛けされた太刀の鞘、右腰には銃身が不格好に切り詰められたマスケット銃が縛り付けられている。

 顔面は深く被った外套のフードと包帯の様に雑に巻かれた赤い布によって隠され、その素肌は手足含めて辛うじて右の目元と鼻の穴だけが露出している。

 その眼には光は無く、カロスレッドはただ無機質にこちらを観察されている様に感じた。


 再度鳴り響く金属音。

 襲撃者の男が刀から左手を離し、そのままカロスレッドの両手剣を叩いたのだ。

 そこで生じた衝撃を使ってカロスレッドから距離を取りつつ前転を打つ。

 

「た、助かったよ……」

 ヴァルトルレディが斬られそうになった首筋を抑えながら男に縋りつく。

 そんなヴァルトルレディを男はゴミを見るかの様な目で流し見しつつ、大きな溜息を突く。


「黙れ。

 ――――――――俺を呼び寄せておいて、なんだこの体たらくは。」


 ほうけた顔のヴァルトルレディを尻目に、男が他のサンボイルジャー達とヴァルトルガールズが戦闘していた方を向けば既にその2人がその衣装をボロボロにして地面に伏せている。

 それどころか2対1が2つ形成されたことにより、丁度残りも倒されたところだった。


「剣鬼怪人グレイニンジャ!これで会うのは3回目だな!今日こそはお前をやっつけてやる!!!」


 レッドの横に並び立つサンボイルジャー達。

 その体にはところどころ攻撃を受けた跡があるが、まだまだ戦闘には余裕があることが伺える。


「グレイニンジャ!こんな奴ら、さっさと倒して目的を達成しちまうよ!」


 しな垂れかかってきたヴァルトルレディに、グレイニンジャは背中に吊り下げられた鞘を、てこの原理で彼女の腹に打ち付ける。

 ぐふおっっ!!!なんて、女が出すべきでない汚い嗚咽音を出しながら、その場に崩れ落ちる。


「馬鹿が。状況を見ろ。

 敵は5人、こっちは1人と無能の山。奴らと1対1ならば負けるつもりはないし2,3人ならば拮抗できるだろうが、全員ほぼ快調は流石に分が悪い。俺が拮抗している間にそこらの無能な雑魚が狩られておしまいだ。

 時間は稼いでやるからさっさと部下共を連れて撤退しろ、無能筆頭。」

「――――――――――――!!!ちっ………………くしょう!!!撤退だよお前たち!!!」


 ギリギリという歯ぎしり音が聞こえてくる勢いで地団駄を踏むヴァルトルレディも、流石にそこまで言われて何もできない人間でもなかったらしい。

 首元の機械を操作すると、彼らの後ろに控えていた戦闘員達が爆破の穴へ向けて全力で行進していく。


「覚えてな!!!」

「逃がすかよ!!!」

「逃がしてもらうぞ。」


 無様にも捨て台詞と共に走り去ろうとするヴァルトルレディを、カロスレッドが飛び込み討ち取ろうとするが、その進路上にグレイニンジャが刀を置いて阻止する。


 カロスブルーが拳銃でヴァルトルレディに向けて発砲したが、それも腰に巻かれた鎖をほどいて投げ飛ばしたことにより弾かれる。

 ならばと狙いをグレイニンジャに向けるが、射線は急制動をかけて体勢を崩したカロスレッドに重なる様に抜け目なく調整されていた。


 一度距離を取るカロスレッド。

 それに対してグレイニンジャは深く腰を落とし、右手のみで刀を上段に構え、両手の甲同士を合わせるといった奇特な構えを取った。


「絶技・偽纏参剣連」


 刹那、その場にいた誰もが認識できなかった3つの剣閃が走る。

 霊力が砕けあう鈍い音と共に、カロスレッドが弾き飛ばされる。


 刀を振りぬいた姿勢で固定したグレイニンジャ。

 そこにサンボイルジャーの攻撃が殺到するが、その体が大爆発を起こす。


 爆発の煙が晴れ、吹き飛ばされたサンボイルジャー達は直ぐに体制を直して周囲を警戒するが、どこにもグレイニンジャの姿はない。


 警戒を維持しつつ爆破された大穴に向かうが、遥か遠くにクラウンブレッドのロゴが入ったトラックが走り去るところだった。

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