余命宣告

第1話  余命宣告

2008年 4月15日 朝8時

家族が見守る中、母は静かに息を引き取った

享年 60歳


私と妹は母に縋って泣いた

兄は、まだ温もりの残る母の身体に額を押し付けて

肩を震わせていた

弟は母の側らで深く俯き涙を拭っていた


窓の外は 雲ひとつない晴天だった


─2008年 2月4日


母と箱根に小旅行に行った

ホテルで浴衣に着替えてる母を見て

びっくりした


-お母さん…こんなに痩せてたっけ?-


「お母さん、なんか痩せたねぇ…」

「そぉ?」

「私のお肉あげよっか?(笑)」


母は笑ってた

何も知らずに笑ってた




─2008年 2月14日


普段、母は病院に行かない人だった。

でも、急激に痩せたのを見て、病院で検査を受けてもらった

この日、検査結果を電話で伝えられた

病名 大腸癌


-ああ…やっぱり-


なんとなくそんな気がしてた

してたけど、気付かない振りしてた


「余命………2ヶ月やって…」

「…………2ヶ月?」


電話の声は どこか遠く 非現実的で……。


次に会うとき、普通に振る舞えるだろうか

泣いてしまわないだろうか

どうしよう どうしよう どうしよう

心の中はそればかりだった


母は兄と話し合って

一切の治療を受けない事を決めた


「皆には迷惑かけるかもしれんけど……」


母はこの話し合いの時、泣いていた

でも、この日以来最期の時まで

母は一度も泣かなかった


電話で報告を受けてから数日後

仕事帰りに母からの電話

いつもの母の声

うそみたいだ と思いながら

普通に話せて ホッとする

いつものスーパーで待ち合わせ

母の姿を見た途端、泣きそうになって

必死で笑った


でも

どこかで まだ 気持ちは受け入れてなくて……


お母さんが死ぬわけないやん

だって、お母さんよ?!

って…


いつだったか…もう、思い出せないけど

母はレジのパートをしている妹の働く姿を見るのが

大好きだった

最後に妹の働くスーパーに買い物に行った日


母は帰り際、レジでテキパキと働く妹を

じっと見つめていた


妹が母と私に気付くと

母はそれはそれは優しく 愛おしそうに微笑んだ

その時の母の顔は 一生 忘れない

焼き付けるように いつまでも いつまでも

見つめていた


お客さんが途切れて 妹が小さく手を振った


母も手を振って その場を後にした


のちに「仕事中やから、なんとか我慢したけど

あの時は泣きそうだった」

と妹が言っていた


そして

アマチュアで音楽をやっていた妹が

母の歌を作った。


─明日も愛させて─


♪変わらない いつもの朝

なのに 心が ちょっと違う

なんだか 上手く 笑えないの

何も知らない 昨日には

戻れない


優しい その手で

もう一度だけ 髪を撫でて

“さよなら” なんて まだ

遠い 遠い 先のことでしょ?


♪あなたが そっと 微笑うと

あたし 心が ぎゅってなる

いらない あなた以外

つまり ただそこに いる “幸せ”


優しい その瞳が

もう二度と 傷付かないよう

あたしを見ていて ねぇ

ずっと ずっと 愛させて



初めて 歌詞を読んだ時 

余命を聞かされてから

初めて 泣いた


普通にしゃべれるだろうか

上手く笑えるだろうか

何を言えばいいだろう

どんな顔をすればいいだろう

何をしてあげればいいだろう

私はどうすればいい?


そんなことばっかり考えてた


本当に


“さよなら” なんて


遠い 遠い 先のことだと

思ってた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る