第20話「あの夢を、もう一度」

 ミアハはラディカから人体生成に関わる魔導書を受け取り、それを一晩で読破した。

 結果、わかったことがある。


 ――やはりこれは、『机上の禁術』だ。


 人間には再現しえない。

 術式の編成のみであっても並みの魔術士には不可能だろう。


 ――そんなことはわかりきっていた。


 しかしミアハには確信があった。


 ――でも、おれなら編みきれる。


 術式が時間切れで霧散する前に、式を編みきれる自信がある。

 学園にも通わず、外にも出ず、ただひたすらに術式を素早く編むことにのみ費やした十年の鍛練。

 ミアハの鍛練は誰も真似しない。

 魔術士として行うにはあまりに無駄が多く、非効率的だからだ。


 『机上の禁術』は机上の禁術のまま。

 たとえそれを描写しきる腕があっても、そもそもその発動にまでこぎつける魔力がないのだから意味がない。

 であれば、その術式編成の鍛練にかける時間をほかの部分に回した方が効率的である。


 ――でも、おれはこれだけでいい。


 ミアハは幼いころから人体生成に関わる術式のみをひたすらに鍛練してきた。

 魔導書という名の研究所を完成させてくれた魔導学者には感謝したい。

 なければ自分で作り出すつもりだったが、自分が十五歳になった今年、ついに完成図を生み出してくれた。

 おおむね理論は自分が考えていたものと同じだ。


 ――あとは、魔力。


 ミアハの脳裏には森の中で出会った片翼のない竜の姿が思い出されていた。


◆◆◆


『空だと……?』

『そうだ。おれがもう一度お前を空に飛ばす』

『どうやってだ』


 そこから先は、ミアハもまだ想像しきれていない。

 しかし、自分の腹の奥底で長年くすぶり続けた炎を吐き出すためには、それしかなかった。


『おれが、魔術でお前の翼を生成する』


 ミアハが金色の眼でまっすぐにゼスティリアを見据えながら言った言葉に、ゼスティリアはこれでもかと目をきょとんとさせた。

 そして――


『クハハ! おもしろいことをいう!』


 笑った。


『そんなことができるものか! 常に揺れ動く生き物の体を魔術で生成するなど、不可能だ!』

『そうだ、お前には不可能だ。でもおれにはできる』

『否、不可能だな。生体の模造術式はひどく魔力を使う。それくらいはわたしも知っている』

『……だから、条件がある』

『ほう?』


 ゼスティリアが首をかしげる。


『お前の魔力をおれに貸せ』


 竜の体内魔力器官は莫大な効率性を秘めている。

 だからヨルンガルドやその他の魔導国家は竜の体を求めた。


『ほう、なるほど。そういうことか』

 ゼスティリアは得心がいったとばかりに二度おおげさにうなずく。

『――いいだろう』

『っ』

『ただし、条件がある』


 一瞬喜びかけたミアハだったが、ゼスティリアの言う条件を聞くまでは拳を握るまいと思って、再び居住まいを正した。


『もしお前がわたしの翼をうまく再現できなかったなら、賭けの負けと一緒にわたしの魔力を使った代価を払ってもらう』

『その代価は』

『失敗したら貴様の命をよこせ』


 ゼスティリアは悪辣な笑みを浮かべて言った。


『――』

『怖気づいたのならさきほどの提案は聞かなかったことに――』

『――なんだ、そんなことでいいのか』


 だが、ゼスティリアが予想した答えはミアハから返ってこなかった。

 返ってきたのは拍子抜けしたとでも言いたげな間の抜けた声。


『よかった……それならおれにも払える』


 ミアハの顔には笑みがあった。

 子どもがおもちゃを与えられて喜ぶかのような、至極無邪気な笑み。


『お前……』

『もしこの足で世界を一周してこいとか、世界樹に登れだとか、そういう物理的に不可能な代価を求められたらどうしようかと思っていたんだ』


 ミアハは一人で拳を握り喜んでいる。

 そのときゼスティリアはミアハの異常性に気づいた。

 そこにいるのは尾で叩けば潰れてしまう脆弱な人間であったのに、なぜだかゼスティリアは背筋に悪寒を感じた。


『じゃあ、決まりだ。ちなみにおれが勝ったときの条件を言ってなかったけど、聞くか?』

『……言ってみろ』


 ミアハ・レイデュラントは言った。


『おれを背に乗せて空を飛んでくれ』


 何度ぬぐおうとしても、けっして拭い去れなかった、その生のすべてを費やすに足る、己が憧憬を。

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