29.ドミーゴ

 あるいなかの村に、マーリヤという娘がいました。

 マーリヤは体が弱く、お医者さまに、おとなになるまで生きられないと言われました。

 両親は、体が丈夫になるように、毎日いのりました。

 そして、まずしい中で、お金をためました。セントラル・メヒコ・シティにある大聖堂へ、願かけに行くためです。

 お金がたまり、両親とマーリヤは、ほろ馬車に乗りました。

 マーリヤは、がりがりにやせています。日に当たらないので、はだはまっ白。まるで、ガイコツのような女の子です。

 馬車の中で横になって、まぶたをとじました。


 馬車の外が、がやがやとさわがしくなってきました。

 都市まちのにぎやかさです。

 マーリヤは目をうっすらとあけて、ほろのすき間をながめました。

 今日は、死者のお祭りです。

 街中にマリーゴールドの花がかざられています。

 マーリヤは、ひとみをキラキラさせて、見つめていました。


 ステンドグラスの大聖堂で、願かけがすむと、夜になっていました。

 お祭りは、クライマックスです。

 電球やキャンドルがともり、色とりどりの出店がならんでいます。カラフルなおかしや木ぼりの動物が売っています。どこもかしこも、ドクロのかそうをした人々であふれています。道のまん中に、ごうかな山車だしが出ています。

 マーリヤは、パレードを見たいとおねだりしました。少しだけだよと、パパが連れていってくれました。

 ちょうど、いちばん大きな山車が通るところでした。

 死者の国の王・ドミーゴをかたどった山車です。ガイコツでできたやぐらのてっぺんに、王座があります。

 そこに座るガイコツの人形が、こちらを向いたような気がしました。

 宿に帰るとき、ドクロのかそうの露天商ろてんしょうが、古びた指輪をくれました。

「お代はいらないよ。おじょうちゃんに、あるじの導きがありますように」

 マーリヤの指は細く、指輪がぬけてしまいます。ママが、くさりを通して、首にかけてくれました。


 数年が経ち、マーリヤは年ごろになりました。

 願かけのあと、少しずつ病気をしなくなり、今ではすっかり元気です。あの指輪も、中指にぴったりはまっています。

 両親とマーリヤは、お金をためて、また大聖堂へ旅をしました。今度はお礼を言うためです。

 お礼参りをして、大聖堂を出たときです。

 黒いぼろきれをまとった一団があらわれ、マーリヤはさらわれてしまいました。

 マーリヤは、気をうしないました。


 気がつくと、まっくらでつめたい場所にいました。

 ひんやりとつめたい石の上にすわっているようです。

 目がなれてくると、そこは、石造りの宮殿でした。

 マーリヤは、石の玉座ぎょくざにすわっていて、となりにもうひとつ玉座があります。

 まどはなく、じめじめしてカビくさく、まるでお墓の中のようです。

 闇の中から、マーリヤをさらった、ぼろきれの一団があらわれました。

 彼らがフードをはずすと、その下は、なんと、ガイコツです。かそうをした人間ではありません。本物のガイコツが動いているのです。

 マーリヤはもういちど気をうしないそうになりました。

 ところが、彼らが歌い出したので、ぽかんとしてながめました。


 ♪ここはわれらのあるじのすみか

  地下の宮殿 冥界の王

  ドミーゴさまのいるところ


  ドミーゴさまは超大物

  生者も死者も怪物でも

  その名を聞いたらふるえあがる


  もし気の弱い幽霊が

  ドミーゴの名を聞いたなら

  もういちど死んで昇天する


  地球の裏まで逃げたって

  ドミーゴさまからのがれる場所は

  この世にありはしないのだ


  冥界のナポレオンといわれたが

  そのナポレオンのたましいさえ

  ドミーゴさまの手の上なのだ


  悠久のときを存在する

  ラテン・アメリカの死者の王

  ドミーゴさまのご登場だ


 ガイコツ・ゴスペルが終わると、宮殿の奥からポッポッとろうそくがともり、レッド・カーペットがしかれました。

 その上を歩いてきたのは、王冠をかぶったガイコツです。うしろに、おおぜいのおともをつれています。

 ドミーゴは、白い巻き毛に、赤いマント、王族のような服を着ています。

 王冠も、マントも、服も古ぼけていますが、上等なもののようです。きっと、大むかしの宝物なのでしょう。

 ドミーゴは、カーペットの上をゆうゆうと歩き、マーリヤの前に立つと、

「わしの花嫁よ」

と言いました。

 マーリヤは、目玉がこぼれるほど目を丸くしました。

「あの夜、おまえに会ったのだ。1年にいちどの祭りの夜、かそうした人々にまぎれて、死者が地上に帰るのだ。わしも、地上を見回りに行く。山車の上から、おまえを見そめたのだ」

 ドミーゴは、太い指ボネで、マーリヤの指輪を指さしました。

「その指輪が婚約の証だ。家来けらいに露天商のなりをさせて、指輪を渡させたのだ。おまえは受けとってくれたな。それを目印にして、家来たちをむかえにやったのだ」

 マーリヤはハッとして、指輪を見ました。

 悪霊に見入られてしまったのだ、にげられないと思いました。

 マーリヤは玉座の上で、ひざをかかえ、しくしく泣きました。

 ドミーゴは、マーリヤの気持ちに気づかず、

「そんなにうれしいか。むりもない。このドミーゴの花嫁になるのだからな」

と言いました。

 となりの玉座に座ると、自分がどれほどいだいかという話や、強い敵に勝ったというじまん話をしました。出かけるときには、マーリヤの頭をそっとなでました。


 ドミーゴが仕事に出かけても、家来たちがいて逃げられません。

 家来たちは、ちやほやとマーリヤの世話をしました。それでも、マーリヤはしくしく泣いていました。

「花嫁さま。おめしものはどうですか。二百年前のお姫さまからいただいたドレスですよ」

「し、死んだひとの服じゃない!」

「花嫁さま。おかしをめしあがれ。十字架パンとガイコツの砂糖菓子ですよ」

「これ、おそなえものじゃない!」


 マーリヤはしばらく泣いていましたが、やがて、涙をぬぐいました。

 ここから逃げておうちに帰るには、ごはんを食べて元気を出さなきゃ、と思ったのです。

 エイッと十字架パンをかじると、甘く、オレンジの香りがしました。

 ワイワイとよろこぶ家来たちにひみつで、逃げるための策をめぐらせました。


 そして、帰ってきたドミーゴに言いました。

「あなたの花嫁になりますわ。でも、嫁入り支度がありますから、地上に返してほしいのです。ちょっとの間、待っていただけますかしら?」

「いいとも。どのくらい待てばいいのだ? 1日か?」

「いいえ、1日では、花かんむりも編めません」

「1週間か?」

「いいえ、1週間では、はだをピカピカみがけません」

「ひと月か?」

「いいえ、ひと月では、髪がこしまでのびません」

「1年か?」

「いいえ、1年では、ウエディング・ドレスをぬえません」

 問答はつづき、とうとうドミーゴは言いました。

「では……100年か?」

 マーリヤは、心の中でバンザイをしました。でも、それをかくして、言いました。

「ええ! 100年あれば、りっぱな嫁入り支度ができますわ」

「すでに死んでいるわしにとって、100年なんてあっという間さ」

「それでは、帰らせていただきます。そうそう、この指輪はお返しします。結婚式で使うものですから」

「うむ、よかろう」


 マーリヤの作戦は成功し、家来たちが地上に送りとどけてくれました(地上への出口は、古いお墓だったので、お墓の中からマーリヤが出てくるのを見て、墓ほり男が気をうしないました)。


 マーリヤは家に帰り、両親に会うことができました。

 ドミーゴから逃げられたのは、神のご加護だと思い、修道女になろうと決めました。


 けいけんな修道女として、教会で生き、数十年が経ちました。

 マーリヤは、おとなになり、おばあさんになって、やがて死にました。

 土にうめられ、棺桶の中でくちていきます。

 永久とわの安らかなねむりです。

 ところが、棺桶のとびらをノックする音で、さまたげられました。

「だれなの? 安らかなねむりをさますのは」

 棺桶のとびらが外され、王冠をかぶったガイコツがのぞきこみました。

 ドミーゴです。

「待ちくたびれたぞ!」

「あら、あなたなの」

「約束の100年目だから、わしが自ら出向いてやったぞ」

「100年なんて、あっという間じゃなかったの」

「そう思っていたのだが。好いた女を待つというのは、長く感じるものでな」

 マーリヤは、なんだか、もうしわけなくなりました。

「ごめんなさいね、わたし、あなたをだましたのよ。結婚するつもりなんてなかったの」

「いいのだ、こうしてここに来たのだから」

「でも、わたしはもうおばあさんよ」

「なにを言っている、ガイコツに老いも若いもあるか」

 マーリヤは、すっかりガイコツになっていました。白いきれいなガイコツに。白い死に装束も、まるで花嫁衣装のようです。

「まあ……」

「わしにふさわしいどくろになって、すっかり嫁入り支度ができているな。100年待ったかいがあったものだ」

「でも、私は神に身をささげた修道女よ。あなたと結婚なんてできないわ」

「それは生きている間のことだろう。死んだらなにもかも白紙になるのだ」

 ドミーゴは、うんうんとうなずいて、

「女のしたくは長いと言うが、本当だな」

と言いました。マーリヤは思わず笑ってしまいました。あごのホネがケタケタと鳴りました。

「さあ、結婚式だ」

 ドミーゴが指ボネをパチンと鳴らすと、パッとキャンドルがともりました。教会の墓場に、色とりどりのかざりつけがされて、パーティー会場のようです。

 墓石やしげみのかげから、ガイコツたちがあらわれました。タキシードやドレスを着て、おしゃれをしています。ガイコツの犬やねこもいます。

 ガイコツ・バンドが陽気な音楽をかなではじめました。みんな、うかれさわいで、歌ったり、おどったり。マラカスをふったり、自分のホネをドラムにしたり。お酒をのんで、おなかがないから地面にこぼしたりしています。

 ドミーゴは、マーリヤの左薬指のホネに、あの指輪をはめました。

「さあ、おどろう」

「わ、わたし、おどれないわ。おどったことないの」

「なに、ガイコツはだれでもおどれる。肉をぬぎすてて身軽になっているからな。リズムに乗るだけでいい。ほら、ホネがゆれているだろう」

 マーリヤが足元を見ると、みんながおどる地面のゆれで、かかとのホネが動いています。

 ベースはボンボン、ドラムはチャカポコ・チャカポコとひびきます。こしのホネも動き出しました。

 マーリヤは楽しくなって、またケタケタと笑いました。

 それから、くるくるとおどりました。

 ドミーゴも、家来たちも、死者たちもおどりました。

 墓場のパーティーは一晩中つづきました。ミュージックは朝まで鳴りやみませんでした……


 ♪ガイコツ稼業は 陽気なくらし

  うき世のしがらみ ぬぎすてて

  ドミーゴさまのおひざもと

  歌っておどって ゆかいにくらす


  ガイコツたちは 陽気なやつら

  わるだくみする はらがない

  生きてるときは まじめでも

  とんだりはねたり 自由にくらす


  どんなに強いルチャドールも

  ドミーゴさまには かなわない

  いつか だれもが おとずれる

  ドミーゴさまの王国へ


 おしまい。

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