23.緑の髪のお姫さま

 むかしむかし、緑ゆたかな王国がありました。

 王さまとお妃さまには、長い間子どもがありませんでした。

 そこでお妃さまは、国を守る緑の大地に願いをかけました。

 すると、まもなく身ごもり、お姫さまが生まれました。

 ところが、お姫さまの髪の毛は、緑色でした。

 王さまもお妃さまも美しい金髪なのに、5月の若葉のような緑色だったのです。

 世界には、茶、赤、金、黒、白……さまざまな髪色のひとがいますが、緑色のひとはひとりもいません。

 王さまはまっ青になり、お妃さまは気をうしなってしまいました。


 お姫さまは、すくすくと育ちました。

 髪の毛のほかは、ふつうの子どもと変わりません。それどころか、とても愛らしい女の子です。

 しかし、緑の髪はうねうねとうずをまき、まるでお城のかべをつたうツタのようです。

 王さまとお妃さまは気をもみましたが、本人はいたって気にしていないそぶりです。髪の毛をクルクルと指にまいています。

 森に行っては、小鳥をながめたり、どんぐりを集めたり、草笛をふいたりしていました。

 王さまとお妃さまは、お姫さまに大きなぼうしをかぶせました。


 お姫さまの背がのびるのといっしょに、緑の髪ものびていきます。

 やがて、ぼうしにおさまらなくなり、あふれだしました。

 長くゆたかな緑の髪には、たくさんの葉っぱがしげっていました。


 お姫さまは年ごろになりました。緑の髪をのぞけば、国いちばんの美しさです。

 髪には葉っぱだけでなく、つぼみがつきました。先から、うすべに色の花びらがのぞいています。

 王さまとお妃さまは気にやみましたが、本人はいたって気にしていないそぶりです。髪の毛にきりふきで水をかけています。

 森に行っては、川の流れに足をつけたり、草にねころんだり、つぼみによってくるチョウチョウに話しかけたりしていました。


 お姫さまのほおが色づくのといっしょに、つぼみも色づいていきます。

 両親は花が咲くことをおそれました。いよいよおよめに行けなくなると思ったのです。

 花がひらきそうになったとき、つぼみをすべて切り取り、髪にぐすりをふりかけました。

 髪はみるみるしおれ、元気がなくなりました。緑色が茶色に変わっていきます。

 両親はよろこびましたが、お姫さまもしおれ、元気がなくなりました。

 やがてしわしわのお姫さまは、眠りにつき、それきり起きませんでした。

 両親は悲しんで泣き、ひとが来ない場所にと、森のいちばん奥に、お姫さまをうめました。

 そこは、丸い小さな空き地でした。日ざしが丸くさしこんでいます。そのまん中に、お姫さまをうめました。

 うめたとき、土から小さな芽が出ていることには気づかずに、帰ってしまいました。


 それから、だれも、芽には気づきませんでした。

 森の奥に来るひとはほとんどおらず、たまに木こりや狩人が通っても、みんな前を見ていたからです。


 ある満月の夜、黒い毛のオオカミが、小さな芽を見つけました。

 オオカミはひとよりも地面に近く、頭をたれて歩くからです。

 ぽっかりとした月あかりが、ぽっかりとした空き地にそそぎ、小さな芽を照らしていました。

 まわりに草花はなく、1本で立つ小さな芽を、オオカミは気に入りました。少し自分に似ていたからです。ふとした思いつきで、育ててみようと決めました。

 オオカミは森のはずれのほらあなに住んでいました。その近くの池から、毎日水を運びました。水をやり、グルグルと話しかけ、きげんのいいときには歌を歌いました。

 虫がつくと、キバやツメできずつけないように、そっと取りました。雨や風、あらしの夜は、抱きかかえるようにして守りました。

 芽はどんどん育ちました。葉っぱがふえ、茎がニョキニョキのびました。やがてひとつのつぼみをつけました。先から、うすべに色の花びらがのぞいています。

 そして、ある朝、きれいな花が咲きました。

 オオカミはよろこび、これまでにまして、花を大切にしました。


 花の美しさは、だれも見たことも聞いたこともないほどでした。

 森の木々や、空をとぶ鳥たちの、話のまとになりました。

 木々や鳥たちのうわさ話を、吟遊詩人が聞き、歌にしました。その歌を歌って、町から町をめぐりました。

 歌は人々をつたい、やがてお城の王さまの耳にとどきました。


 ある昼下がり、オオカミがいつものように花の世話をしていると、そこへ王さまがやってきました。兵士たちの一団をつれています。

 王さまは、愛する娘の形見がほしいと思い、花を切りに来たのです。

 オオカミは必死にあらがいました。

 しかし、兵士の一団にはかないません。花は切られて、持ち去られてしまいました。


 切られてしまった根もとを抱いて、オオカミは泣きました。涙は、地面にそそがれ、すいこまれていきました。

 すると、地面がもぞもぞと動きました。

 オオカミのはな先に、ニュッと白い手がとび出しました。

 土がむくむくともり上がり、中から娘の顔があらわれました。

 土にまみれて体中が茶色ですが、髪の毛があおあおとした緑色であることはわかります。髪の毛の先が、花の根もとにつながっています。

「ああ、くるしかった。死んでしまうかと思ったわ」

 娘はあたりを見まわしました。

「お花が切られたから、息苦しくて起きてしまったのね。あなたが土をやわらかくしてくれたの?」

 オオカミはおどろいて、うなりました。

 娘はどろだらけのほおで、にっこりほほえみました。

「あなたの声をおぼえているわ。毎日水をやって、話しかけてくれたかたね。わたしにも、そうしてくれるかしら?」


 娘とオオカミは、ほらあなに帰り、なかよく暮らしました。

 娘は、春になると毎年、緑の髪に花を咲かせたということです。


 おしまい。

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