17.黒馬の女王と白馬の王

 むかしむかし、ある国に、年若い女王さまがおりました。

 その美しさは、咲きほこる大輪のバラのようです。

 女王さまが少女のころに、王さまとお妃さまが亡くなり、若くして王位についたのです。しかし、広大な領地と莫大な財産を受けつぐには、若すぎました。

 わるい女王になってしまったのです。

 よこしまな貴族たちにかこまれて、わがまま放題に育ったためです。

 ひどく重い税金で民を苦しめては、とりまきの貴族たちとぜいたく三昧ざんまい

 ごうまんで、すぐに短気をおこし、ひとを虫けらのように殺しました。

 たいしたわけもなく、農民や使用人をむちうちました。きげんをそこねたら、貴族でさえしばり首にされました。

 すべての国民は女王さまをおそれ、「美しい花にはとげがある」と、かげでうわさしました。

 唯一、さからってもしばり首にされないものは、女王さまの愛馬でした。

 国いちばんのりっぱな黒馬こくばです。

 黒馬は気性があらく、女王さまにもなつきません。しかし、女王さまは馬を愛し、じまんにしていました。馬具ばぐには宝石がちりばめられ、王家をあらわすキツネの紋章があしらわれています。


 女王さまはときどき、とりまきも従者もつれずに、ひとり黒馬で遠乗りをしました。

 ある遠乗りのおり、隣国とのさかいの近くで、黒馬が進まなくなりました。

 女王さまが鞭をくれていると、白馬に乗った若い男があらわれました。

 白馬は、女王さまの黒馬にまさるともおとらない、みごとさです。いっぽう、またがる男は素朴な格好です。

 女王さまをおそれる様子もなく、しずかに話しかけました。

「おやめなさい。鞭をしまって」

 男は馬からおりて、黒馬を見てまわりました。

「見せてごらん……ほら、これがひづめに」

 ひづめにささっていたくぎをぬいて、女王さまに見せました。

 釘をしまってから、

「もう大丈夫。いい子だ」

 と、黒馬をなでました。

 女王さまは白馬の美しさに見とれていましたが、はっとわれに返りました。

「きたない手でさわらないで。あなたはだれなの」

「わたしはとなりの国の王です」

 男の質素な馬具には、ふくろうの紋章がありました。隣国の王家の紋章です。

 隣国はとても小さな国ですから、女王さまは見下していました。

「みすぼらしい格好だから農夫かと思ったわ。あなたがとなりの王なの。うわさは聞いているわ。民のことばかり考えているそうね。税を少ししか取らず、自分は農夫の格好をしているまぬけな王って、あなたのことね」

「わたしに言わせれば、自分の首をしめているとも気づかずに、民を苦しめているあなたこそ、まぬけということになりますね」

「なんですって! わたくしにそんなことをいう者はいないわ!」

「でしょうね。だからあなたは知らないんです。民からしぼり取るのは、馬に鞭うつのとおなじです。いたずらに苦しめるだけだ。釘をぬいて、なでてやれば、馬は歩きだすんですよ」

 女王さまがカッとなって鞭をふりあげたときです。黒馬が王に歩みより、はなをすりよせました。

――なんてこと。この馬は、だれにもなつかないのに。

 女王さまは気がそがれ、鞭をおさめました。

「ふつうならしばり首にするところだけど、今回は許してあげましょう。いいこと。つぎにわたくしを侮辱ぶじょくしたら、百たたきのうえしばり首にしてやるから、おぼえておきなさい」

 そうしてふたりは別れました。


 その後、女王さまは、あの無礼な男のことが頭からはなれなくなりました。

 男が話したふしぎな言葉を、何回も何回も考えました。

 気まぐれに、黒馬へのふるまいを変えてみました。

 鞭うつことをやめ、馬の気持ちを考えました。今までは、馬に心があるなんて、思ったこともなかったのです。

 毎日、なでて、話しかけました。

 すると、黒馬は女王さまになつきはじめました。心がかよったのです。


 女王さまは、つぎの遠乗りで隣国を訪れました。

 小さな国なのに、パンもミルクも野菜も、自分の国よりおいしいのです。

 民はみな親切で、幸せそう。だれもがやせて、おびえている、自分の民とは大ちがいです。

 いちばんのちがいは、みなが、王さまを愛していることです。


 帰り道、いろいろなことが頭にうかびました。

 王さまの言葉、黒馬と心がかよったこと、となりの国民たちの笑顔。

 その夜はパーティーをひらかず、へやにこもって、考えごとをしました。

 女王さまのへやは、一晩中あかりがついていました。

 あくる朝、従者に手紙をあずけて、隣国の王さまへつかわしました。

 その手紙には、こうありました。


『あなたの話をもっと聞きたい。国をおさめる方法を教えてほしいの。どうかこの城へいらっしゃって』


 従者は、返事の手紙だけを持ち帰りました。返事はそっけないものでした。


『まず、はでなドレスや宝石、めずらしいごちそうに、むだづかいするのをやめることです』


 しばらくして、女王さまはまた手紙を出しました。


『すべてやめたわ。なんだか体が軽くなったようよ』

『では、夜ごとのそうぞうしいパーティーと、けごとをやめることです』


『すべてやめたわ。なんだか心が軽くなったようよ』

『もう、今までほどのお金はいらないでしょう。税金をへらしなさい。また、かってに法をつくったり、戦争をしたりして、民を苦しめるのはおやめなさい。それから、ほかの人間や生き物を傷つけたり殺したりしないと約束してください』


『すべてやめたわ。約束します。だから、早くいらして』

『それでは、お城へ参りましょう。用事をひとつ片づけてから参ります。行くところがあるのです』


 とりまきの貴族たちは、近ごろの女王さまに退屈し、ひとりまたひとりと、城を去りました。

 女王さまは、引き止めませんでした。

 みんなお金目当てだったと気がつきました。

 今までも、ひとりぼっちだったのです。とりまきにかこまれていても、心が休まることはありませんでした。かえってせいせいしたようです。

 使用人たちもいなくなり、ひとりの従者だけが残りました。そのお城で、女王さまは王さまを待ち続けました。


 しかし、王さまはやってきませんでした。

 しびれを切らした女王さまは、従者を探りに出しました。

 帰ってきた従者の言うことには、王さまは白馬とともに、隣国の山間やまあいの村ですごしているそうです。なんと、村の若い娘に、指輪をわたしていたというのです。

 女王さまは、気持ちをふみにじられたと感じました。炎のようないかりと嫉妬しっとに、心を焼かれました。

 ついに、その娘を殺すよう、従者に命じました。


 つぎの新月の夜、従者は、村娘を殺しに出かけました。夜明けに帰り、女王さまに伝えました。

 弓矢で娘を射ようとしたところ、王さまが通りかかったそうです。身をていして娘をかばったので、王さまに矢が当たったというのです。

「あのかたは無事でしょうね⁉」

 従者は青ざめた顔で、矢に毒をぬってあったことを告げました。


 女王さまは黒馬にとびのって、山間の村へ向かいます。

 女王さまの顔も真っ青です。

 国境くにざかいをこえ、山道やまみちをかけ、村へ着きました。

 彼はいません。

 弓矢でおそわれたという娘が、血の気もうせてふるえていました。

 その父である鍛冶屋かじやが、娘とおなじ青い顔で、王さまのゆくえを教えてくれました。

「王さまは、白馬に乗って村を出ただ。止めたけんど、行くところがあると行っちまった。いそいでいたから、近道を通ったかもしれねえ。あすこはあぶない道なのに……」


 近道とは、崖のきわを通る難所なんしょでした。

 女王さまがそこにたどりついたときには、すっかり明るくなっていました。

 切りたった崖の下は、深い森におおわれて、見えません。

 ただ、道には馬のひづめのあとがつづき、とちゅうで途切れています。

 そこから、なにか大きなものが崖から落ちた跡も見つかりました。

 近くの木の枝に、馬具の切れはしがひっかかっていました。それにはふくろうの紋章が……


 王さまは乗馬がとくいで、馬も名馬でした。たとえ難所でも、道をふみはずすわけはありません。

 しかし、弓の毒がまわったために、崖から落ちたのではないか。人々はそう考えました。

 女王さまはなげき悲しみ、黒馬に乗って、王さまを探しまわりました。

 隣国の民も、みんなで王さまを探しました。崖の下にまわっても、木々がじゃまをして、王さま探しははかどりません。

 女王さまは、自分の民も手伝いに出そうと思いました。民に頭を下げてお願いをしました。おそろしくなくなった女王さまのお願いを聞いてくれる民は、ひとりもいません。

 それでも、女王さまは毎日、森にかよいました。

 そのすがたを見て、国民たちは、ひとりまたひとりと、森を訪れました。

 いつしか、ふたつの国の民がいっしょに王さまを探していました。


 その日も、女王さまは森を探していて、お城に帰る途中で日が暮れてしまいました。

 いちばん最後まで探していたので、ひとりきりです。

 ひっそりと黒馬を歩ませていました。

 青い満月が、白い貝がらをしきつめた小道こみちを照らして、道は青白く光っています。

 うしろからひづめの音がして、女王さまはふりむきました。

 道をかけてくるのは、なんと、あの白馬に乗った王さまです。

 白馬も月の光に照らされ、青白くかがやいています。

「ああ、あなた! 生きていたのね!」

 ふたりは馬からおりて、向かい合いました。女王さまはさめざめと泣きました。

「ごめんなさい、わたくしがわるいの。わたくしが……」

「いいんですよ。わたしもわるかったんです」

「服に血がついているわ!」

「けがをしたときについたのでしょう。もうなんともありません。だから、そんなに泣かないでください」

 王さまは女王さまのほおをぬぐってから、

「これをお届けにきたんです」

 と、小さな木箱をとりだしました。

 ひらくと、銀色の指輪が光りました。

「わたしの城に代々伝わる婚約指輪です。鍛冶屋に作り直してもらっていたのです。古いものなので時間がかかってしまいました。受け取っていただけますか」

 女王さまはなにも言えなくなって、ただうなずきました。

 いっしょうけんめい涙をこらえて、そうっと左手をさしだしました。

 しかし、王さまは目をふせました。

「残念ながら、お望みは叶えられません。行かなければならないところが、あるのです。今のあなたなら、ひとりでも大丈夫でしょう。さようなら」

「待って、わたくしも行くわ」

「遠いですよ」

「いいの。もうはなれないわ」

 王さまは、ぱっと顔をほころばせました。

 それを見て、女王さまのこわばった口もとも、ゆるみました。

 ふたりははじめて、ほほえみ合いました。


 青い月の光の下で、王さまは、女王さまの薬指に指輪をはめました。


 王さまは白馬――青くかがやく馬に乗りました。

 女王さまも黒馬に乗ろうとしました。

 ところが、黒馬はいやがりました。なついていたのに、王さまに近づくのもいやな様子です。

「おや、どうしたっていうの? ハイ、ドウ!」

「いいじゃありませんか。こちらの馬に乗っておいでなさい」

「あら、あなたはどうするの?」

 王さまは少し笑って、

「ふたりで乗るんですよ」

 と、うでを広げました。

 女王さまは顔を赤くそめて、王さまのうでの中におさまりました。

 黒馬はまるで引き止めるようにいななき、女王さまのドレスのすそをくわえました。

 黒馬が人間の言葉を話せたら、こう言っていたでしょう――そのひとは血まみれですよ! その馬は、骨の馬ですよ!

 しかし、女王さまは、ドレスがちぎれるのもかまわず、恋しい男と行ってしまいました。青い馬は青い道をかけてゆきます……


 つぎの日、崖の下で、王さまと白馬、そして女王さまが死んでいるのが見つかりました。

 王さまと白馬は崖から落ちて死に、女王さまはその上へ身を投げたということになりました。

 しかし、人々はふしぎがりました。

 王さまが死んでから、ずっとあとに死んだ女王さまの死体が、彼のうでの中にしっかりとつつまれていたからです。

 そして、女王さまの薬指には、王様が持っていたはずの婚約指輪が……


 唯一、真相を知る黒馬は、もくして語りません。もしも、言葉を話せても、なにも言わなかったでしょう――きっとだれも信じませんから。


 おしまい。

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