9.天国にいきたがったカカシ

 教会の畑に、カカシが立っていました。

 カカシは教会から流れてくる、賛美歌さんびかや神父さまのお話を聞いて、天国にあこがれました。


 ある日、カカシは神父さまに言いました。

「いつか死んだら、ぼくも天国にいって、神さまにお会いしたいのです」

 神父さまは答えました。

「残念だけど、きみは天国にいけないな」

「どうしてですか。ぼくは神さまを信じているし、毎日まじめにはたらいて、野菜をカラスから守っていますよ」

「天国は人間のための場所だ。カカシは天国に入れない」

 カカシがしょんぼりとうつむくと、村でいちばん信心深い娘が、カカシにこっそり耳うちしました。

「私はいけると思うわ。あなたなら、きっと」

「よくわからないけど、ありがとう、娘さん」


 時が流れました。

 カカシの頭はワラがつまっているだけなので、どれほどの年月かはわかりません。

 ある夜、あの信心深い娘がやってきて、カカシにこっそり耳うちしました。

「わたしのぶんの、天国にいける切符きっぷを、あなたにあげる」

「きみのぶんをもらうなんてできない」

「いいの、わたしはもう失ってしまうから。その前にあなたにあげる。わたしはこれから、家族に食べさせるために、パンをぬすむの。どろぼうは神さまにゆるされないわ。死んだら地獄いきよ。あなたは神さまのおそばで幸せに暮らしてね」

「よくわからないけど、ありがとう、娘さん」

 娘はカカシの首に、小さな十字架をかけて立ち去り、もう会うことはありませんでした。


 また時が流れました。

 カカシの日々はおなじことのくり返しなので、どれほどの年月かはわかりません。

 いつものように畑に立っていると、みすぼらしい子どもが、さくの外から話しかけました。

「オメガさま、どうかおいらをてんごくにいかせてください」

 カカシはおどろきました。

「とんでもない。ぼくはカカシだよ」

「なんだ、カカシか。ちぇっ」

「どうしてまちがえたんだい? オメガさまの像は、教会の中だよ」

 子どもはしょんぼりとうつむきました。

「おいらはきょうかいに、はいれないんだ。おいらのかあちゃんはつみぶかいおんなだったから、こどものおいらも、きょうかいとてんごくに、いけないんだって。しんだらじごくにいくんだって」

 それを聞いたカカシは、体を柵にかたむけました。

 そして、子どもの耳に口をよせて、ずっと考えていたことを言いました。

「ぼくは天国いきの切符を持っているんだ。きみの地獄いきと交換してくれないかい?」

「えっ? どうして?」

「むかし、優しい娘さんが、天国いきの切符をゆずってくれたんだ。その人は死んだら地獄にいくんだ。きっとさみしいと思うから、ぼくも地獄にいって、その人のそばにいたいんだよ」

「ほんとにいいの?」

「うん。そら、ぼくにかかっている十字架をお取り」

 子どもは自分の首に、小さな十字架をかけると、教会にかけていきました。


 時が流れました。

 カカシはちてこわれたので、燃やされました。

 カカシは天国にも地獄にもいきませんでした。カカシにたましいはないからです。ただ灰になって、畑にまかれました。


 おしまい。

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