第5話
帰り道、大学の辺りに帰ってきたところで、先輩は私を公園のベンチに座らせて、優しくキスをした。
私たちの初めてのキスだった。
私は急なことに驚いて、何が何だか分からない状況に怖くなって、もう一度顔を近づけてきた先輩を思い切り突き飛ばしてしまった。
先輩が尻もちを着いた姿を見てようやく何が起きたか理解が追いついた私が慌てて謝りながら差し出した手を、先輩は溜息を吐いて振り払うと立ち上がって土の着いた手をはたいた。
「美優ってさ、顔も可愛くないしスタイルも良くないくせに、何カマトトぶってるわけ?」
「え、あの、先輩?」
「そういうたどたどしい態度とか、前からずっと嫌いだった。それでもまあ、単純そうだし。ソウイウ相手ぐらいにはなってくれるだろうと思ったから二万も賭けたんだけどなぁ」
先輩が何を言っているのか、そもそも目の前にいる相手が誰なのかも分からなくなって、足がガクガク震えた。一歩、また一歩とにじり寄って来る先輩から逃げようと思うのに、震える足はゆっくりと後退ることしかできない。
「これとかさ、正直好みじゃないわけ。 そういうのも我慢して付き合ってやってるのに、何お前。何様のつもりなわけ?」
先輩が袋から取り出したオルゴールを地面に放り投げると、ゴンッと音を立てたオルゴールの蓋が開いて、状況に似合わない澄んだラブソングが流れ出した。
オルゴールには目もくれない先輩に追い込まれ続けて、遂に外灯に背中がぶつかると、昼間の太陽に熱されていた鉄の棒がじわじわと背中を熱する。それでも背中には冷や汗が伝って、震えが止まらない。
「せ、先輩……」
「もう分かるでしょ。お前に告白したのはただの賭け。期限は今日まで。ここで無理矢理ってのもアリだけど、ここで悪い噂立てられても稼げないし見逃してあげる。その代わり、このことは誰にも言うなよ?」
先輩の聞いたこともないような低い声に、私は震える身体を抱きしめながら何度も頷いた。舌打ちをした先輩が立ち去って、足の力が抜けるともう立つ力なんて残っていなかった。
それでも何とか外灯を支えに立ち上がって音の止まったオルゴールを拾い上げると、オルゴールの角が欠けていた。私はオルゴールを抱きしめながら、ふらつく足取りでアパートに帰った。
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