第2話


 いつの日か奏太くんが選んでくれたパジャマを着て、髪の毛をタオルで乾かしながらリビングに行くといつものように、奏太くんはドライヤー片手にソファに座って私を手招きした。


 奏太くんが座るソファの前の床、彼の足の間に収まるように座ると、ハチミツの香りがふわりと漂って、奏太くんの大きい手と細い指が私の頭に触れる。


 丁寧にヘアオイルを塗った彼が一度手を洗うためにキッチンに立った。寒くなった背中が寂しくて奏太くんの背中を目で追うと、私の視線に気がついたのか振り返った彼は手を振ってくれた。


 手を振り返しながらもなんだか恥ずかしくなって顔に力が入ると、奏太くんは吹き出して笑いだした。手を洗って戻ってきても笑っている彼に、つい拗ねた顔を向けてしまう。



「ごめんごめん。可愛くてつい」



 そう言いながら私の頬をつついた奏太くんは、するりと頬を撫でてきた。



「か、可愛くは、ない」


「ほら、そういうところ。本当に可愛い」



 恥ずかしくなってテレビの方に顔を逸らすと、奏太くんの緩んだ表情が黒い画面に映っていて、これはこれで恥ずかしい。熱くなった頬に手を当てて冷ましていると、ブオオという音と一緒にドライヤーの風が当たる。


 熱くないように距離を測ってくれる奏太くんの優しさにほっとして、また身体を彼の足の間に預けた。


 奏太くんはよく、私を可愛いと言う。奏太くんとお付き合いする前、初めてできた恋人だった先輩には可愛くないと言われたけれど、奏太くんは可愛いと言ってくれるのが、凄く嬉しかった。自分ではどこが可愛いのか未だに分からないけれど。


 テレビの画面と一人でにらめっこをしていると、奏太くんは手を動かしながらも、静かに微笑んで見守っていた。


 奏太くんが私を見つめるときによく見せるこの表情が好き。暖かくて優しい眼差しで見つめられると、愛されていることがじわじわと伝わってきて胸がドキドキする。


 髪があらかた乾いてくると、奏太くんはドライヤーの風量を落とす。この方が髪をあまり傷めないからって初めて髪を乾かしてくれたときに教えてくれた。


 さらに仕上げには冷風で冷ますところまでやってくれるから、自分で乾かしていた時よりも髪のツヤが良くなっていることが目に見えて分かる。



「俺もお風呂入ってくるね。寝てても良いけど、ちゃんと歯を磨くんだよ」


「うん。分かった」


「よし。じゃあ行ってくるね」


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