第1話
風鈴の高く空気を張るような音が鳴り響く夕焼けの砂浜を歩く、黒いスラックスに白いカッターシャツを着て小ぶりなグレーのボストンバッグを右肩にかけた、背の高いスタイリッシュな男。
男は砂浜の隅に建つ白い角張った家の前で足を止めた。
バルコニーから家の中に繋がる大きな窓の外には風鈴が風に揺れているが、カーテンに遮られて中は見ることができない。
男は一つ深呼吸をして、家のインターホンを人差し指で押した。
コンビニに入ったときと同じメロディと風鈴が重なる音の中で男が一歩下がって、ボストンバッグを肩にかけ直す。
「はい」
インターホンのスピーカーから流れる風鈴に似た澄んだ声を聞いた男は、カメラに向かって軽く口角を上げた。
「こんにちは。城ヶ崎家事代行サービスから参りました、暁音と申します」
「今開けます」
「よろしくお願いします」
男、暁音が視線だけでキョロキョロと辺りを見回していると、カチャリと音がしてドアの鍵が開いた。暁音は背筋を伸ばす。
ドアが半分開くと、一人の女が顔を覗かせた。家と同じ白いワンピースを纏った女は、暁音がドアから離れていることを確認してから全開にすると、ドアを抑えて暁音を中に迎え入れた。
暁音は女が促すままにリビングに足を踏み入れると、ボストンバッグを足元に置いてこぢんまりとソファに座った。女は一度キッチンに入って紅茶をいれたカップとクッキーを乗せたお皿を手にすると、それを暁音の前と自分の前に置いた。
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。お越しいただきありがとうございます」
頭を下げた暁音に慌てた様子で首を振る女は、暁音と向かい合うソファに足を揃えて座った。
女は紅茶を一口啜ると、暁音に視線を向けた。そしてあまりにも微動だにしない暁音に吹き出すように笑うと、カップをローテーブルに置いた。
「仕事のお話をしましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
暁音は姿勢を正して女に軽く頭を下げた。
「私は暁音海人と申します。大体のことは婚約者である城ヶ崎社長から伺っています。お二人の婚約発表会の準備を、とのご依頼でよろしいでしょうか」
暁音は女の婚約者であり自身が務める会社の本社の社長でもある城ヶ崎繁という男からそのスキルを見込まれ、直々に頼み込まれたためにやってきた。女は暁音の言葉にどこか寂しげな様子で頷くと、紅茶に手を伸ばした。
一口をゆっくり飲み込むと、何かを吹っ切るように微笑んだ。
「私は城ヶ崎さんの婚約者の久世沙霧です。沙霧と呼んでください。暁音さんには発表会が開かれる明後日の夜まで、ここに泊まり込みで発表会に向けた料理と掃除などをお願いします。この家は城ヶ崎さんの持つ別荘なので私も分からないことが多いですが、なんとか二人で乗り切っていただけるとありがたいです」
少し困ったように笑いかけた沙霧に、暁音はしっかり頷いた。その視線はちらりと沙霧の手元に注がれ、手持ち無沙汰に忙しなく動く様子を確認した。
「早速ですが、発表会のプランをお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。あ、資料を持ってきます。暁音さんは楽にしていてください」
そう言って微笑むと、沙霧はスリッパの音をパタパタと響かせながら階段を駆け上がって行った。
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