第9話

母親は、穏やかな表情になり、千歳の頭を撫でた。


「千歳の本当のお母さんも、お父さんも、ここにはいないんだよ。千歳は、この世に便利に使い古されるために生まれてきた、作られた子供なの。可哀そうな子」


母親は微笑みを浮かべた。

その表情に悪意を潜ませて。



千歳は、母親がいったい何を言っているのか分からなかった。

試験管ベイビーなんて初めて聞いた言葉だったし、本当のお母さんも、お父さんも、この家にいるはずなのに、と。


ただ、分かったのだ。


頭を撫でられたときの母親の手のひらの冷たさ。そして、まるで、

他人を見るかのようにこちらを見ていたことを。


それから母親は、父親が帰ってくるといつものように愚痴を長々と言い出した。

勤め先の人間関係のこと、給料のこと、待遇のこと、父親には話したいことが山ほどあるらしかった。



千歳は、このことを日記に書いた。

先生なら知っているかもしれない。

試験管ベイビーのこと。

本当のお母さん、お父さんはどこにいるのか。

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