2
◇
水色のような緑のような、透き通った綺麗なガラス玉を手に取ると、その冷たさがひんやりと指先に伝わった。つるつるした表面を親指で優しく撫でてやる。ミントブルーにうつった自分の顔は、ひどく疲れているように見えた。
……学校、休んでしまった。
お義母さんが仕事へ向かった後、食器を洗ってから自分の部屋へやってきてベットに横になった。みかちんに一応LINEを入れておいたけれど、学校を休むって結構罪悪感が残ることなんだなあ。インフルエンザ以外で学校を休んだことのない私には、案外重大イベントだ。
─────みつとお義母さんがこの家にやってきてから。
ずっと、“いいお姉ちゃんでいなきゃいけない”と思っていた。壁を作らずに接してくれるお義母さんと、顔もスタイルも要領もいい弟ができて。自分もしっかりしなきゃいけないと思った。弟が出来るというのは、結構嬉しい事だった。
いつから、だったんだろう。
みつは私よりもずっとずっと要領がよかった。私と同じことをやらせても、必ずみつの方が早く出来るようになった。おまけに容姿もいいから、周りにもうんと可愛がられていたのを知っている。だからその分、私は勉強を頑張った。みつは要領がいいからトクベツ悪い成績でもなかったけれど、トクベツいい成績でもなかったから。……高校は結局、同じになってしまったんだけれど。
中学2年生で部活をやめた。陸上部だったけれど、走る事より“いいお姉ちゃんでいたい”という気持ちの方が大事だった。
みつのこと、心のどこかで羨ましいと思っていて、本当はずっと憧れていた。同時に、どうしようもなく、みつのことを大切に思うようになった。家族や弟の枠組みを超えて、誰よりも、みつのことわかっていると思っていた。そしてそれはきっとみつも同じで、お互いに気づいていて、気づかないフリをしていた。
気づいちゃダメだった。言葉に出したら負けだと思った。時々素直になろうとするみつに冷たい態度をとって、お姉ちゃんの自分がしっかりしているからこそ成り立つ関係だって、そう自分に言い聞かせてきた。
ずっとそうやって生きてきた。みつは弟で、私はみつの姉だって、ちゃんと心の中でわかっているつもりで、ちゃんと生きてきた。自分の気持ちを押し殺す方がずっと楽だった。
いつも隣にいるみつのお姉ちゃんでいたいっていうのが、姉でなくちゃいけない、と思い始めたのがいつだったのか、そんなのもうわからないけれど。
みかちんが私に言った『大丈夫?』と、伊藤くんが私に言った『一回くらい素直になってもいい』と、お義母さんが私に言った『どんな形でも私の大切なひとよ』は、きっとおんなじ意味を含んでいるんだろうな。
みんな、気づかないふりをしてくれていたのかもしれない。
でもじゃあ、どうすればいい?
この気持ちのやり場がわからない。どこにぶつけたらいいのか、何を吐き出せばいいのか、いつ、誰に、どうやってこんな感情を認めればいいのか、私にとったらそれは至極むずかしいことだ。物心ついたときからずっと、嘘をついてしか、生きてこれなかった。
だって、その先に待っているのは確実にバットエンド。今手の中にあるガラス玉みたいに綺麗にはいかない。世の中そんなに甘くない。
もう、苦しい。息が詰まって、吐くのが苦しい。
何にもわからないし、答えなんてないし、誰も助けてくれない。私ばっかり、苦しい。
……もうこんなの、やめちゃいたい。
クッションに顔を押し付けた瞬間、ガチャッと玄関が開く音が聞こえて思わず涙が引っ込んだ。誰もいない静まりかえった家にその音はやけに大きく響いた。ドタドタと廊下を歩く音の次に、焦ったように階段を急いで登ってくる音。
知っている足音だ。それに、こんな時間に家にやってくるのはひとりしかいない。お父さんもお義母さんも、昼間は仕事に行ってるんだから。
怖くなって布団にくるまった瞬間、ガチャリと扉が開く音と同時に、聞き慣れたようでいつもより焦ったような声が落ちてきた。
「……何してんの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます