2
◇
「ちょっとまって、」
「待たねえよ」
「ねえダメだってば……」
「そんなこと言われても無理」
みつのゴツゴツとした男らしい指先が器用に動く。私はそれを見ながら肩をふるわせる。
「ねえそれ以上したら……」
「何?」
「だから、ねえ、」
「何? ダメなの?」
「だから、死ぬってば!!!!」
私が叫んだ声と同時にテレビに映る私が操っていたキャラクターが音を立てて燃えて消えてしまった。“ゲームオーバー〟。その文字を見てコントローラーを思わず投げつけると、「いってえな!」ってみつが私を睨んでくる。
「それ以上やったら死ぬって言ったじゃん!」
「バーカ、バトルゲーでやめろって言われて本当にやめるヤツいねーよ」
「サイテー、手加減してくれてもいいのに!」
久しぶりにテレビゲームを始めたけれど、いつも友達とやってるみつに勝てるはずもない。小さい頃はよく一緒にやっていたけれど、最近はほとんどやらなくなってしまった。お互い学校や部活の友達と遊んだり、課題をやったり。休日をこんな風に一緒に過ごすのはとても久しぶりのこと。
「おい、あお。そんな拗ねるなって」
「拗ねてないし」
「拗ねてんだろ」
バトル式のテレビゲームだけど、こんなにコテンパンにやられるなんて聞いてない。私は意外と負けず嫌いなんだ。
「拗ねてない」
「ほんとに負けず嫌いだなー」
「……そんなことないし」
「いや、あるだろ」
「何を根拠に」
「なんでもやり始めたら一生懸命、とりあえず頑張るタイプ、そんで負けず嫌い。
何それ。知ったような顔をして口角をあげるみつが憎たらしい。なぜなら全部当たっているから。
「別に、今は何も頑張ってないよ」
「でも勉強だって本当は努力してるしなー。陸上やってたときは部活終わっても走ってたし」
みつがまた手元のコントローラーをいじりはじめる。今度は私じゃなくゲーム内の相手と戦うみたい。私はソファに座って、みつが一人でプレイしているうしろ姿をなんとなく見つめる。
確かに私は負けず嫌いだと思う。
でもそれは、いろんなことに不器用に生きてるからなんだ。みつみたいに器用だったら、こんなに頑張らなくてもいいのにな、っていつも思う。
勉強も、人付き合いも。……陸上はもう、やめちゃったけど。
みつだって努力してることは知ってるけどね。大好きなバスケと大嫌いな勉強を両立させてること、ほんとはちょっとだけ尊敬してるんだ。
「みーつー」
「なんだようぜえ」
「……バスケ楽しい?」
「は? なんだそれイキナリ。楽しいけど」
「いいなあ。今度みつのバスケ見に行ってみたい」
「いや、来るな」
「えー、なんでよう」
都合が悪くなったからなのか私の言葉を無視するみつはまったくもって可愛くない。コントローラーと一緒に自分の体まで動いてるみつの背中はちょっとおもしろいけど。
「みーつー」
返事をしないかわりにギャオンギュオンとテレビから派手な音がする。みつはよく家に友達を連れてやってきて、このバトルゲームをしてる。故にその手さばきはプロだ。ノリで一回相手をしたものの、やっぱり私が勝てるはずもない。
「もー、そんなにゲームしてて楽しいの?」
「うるせえな、死ぬだろ」
「みつのプレイヤーなんて死んでしまえ」
「死なねえよバーカ」
「みっつん」
全然死ぬ気配がないみつが憎たらしくて、ソファに座ったまま床に座るみつの耳をそっと引っ張った。
「はっ?!おいやめ……あ、」
思いの外こっちもビックリするくらい驚いたみつ。気を抜いたのかみつのプレイヤーはあっけなく敵にやられて死んだ。ゲームオーバー。
「おい、何してくれてんだよ……あとちょっとだったのに」
「ザンネンでしたー」
「おい、あおのせいなんだけど。あーあ、最悪。レベルアップするところだったのに」
「もう十分レベル高いじゃん。みつってばゲームばっかー」
「妬くなって」
「妬いてないわ」
膨れた私をみつが笑う。妬くわけないでしょみつのばーか。ただ、みつのプレイヤーの名前が『ブルー』なのはちょっとかわいいって思ってるよ。
「ねーみつ。なんで名前『ブルー』なの?」
ニヤニヤしながら聞くと、みつは心底うざったそうに私を睨んだ。
「うるせえ」
「素直じゃないなあ」
「別に、好きな色が青だから」
「ふーん。お姉ちゃんっ子だねえ」
「……うぜえ……」
みつはまた私を睨むけど、こういうところはすごくかわいいと思ってしまう。だから、ニヤニヤしちゃうのは許してほしいな。
『好きな色が青だから』―――みつは昔からずっと変わらず、青色が好きだ。
「いいじゃん、姉弟が仲良しなのはいいことでしょ?」
「俺、学校でめっちゃシスコンって言われるんだけど」
「事実じゃん」
「いや、ちげえだろ」
「またまたー、そんなこと言って」
「俺は〝姉〟が好きなわけじゃねえ」
ピコピコッ、と。言葉と同時にゲームをスタートさせたみつがまたテレビ画面に食いつく。本当に器用な奴だと思う。『姉が好きなわけじゃねえ』、だってさ。じゃあみつは、何が好きなの?
―――〝姉〟じゃない私が―――
……なんて、やめよう。こんなこと考えるのは間違ってる。みつと私の間にあるよくわからない色を、引っ張り出すのは。
「ねえ、みつ」
「あー?」
「バスケ、やっぱり見てみたいなあ」
「無理。ぜってー来るなよ」
後ろを向かないままそう言ったみつの、長めの髪から覗かせた耳が少しだけ珊瑚みたいに赤くなっているのを、私はいつも見て見ないふりをする。
私とみつは、そんな姉弟だ。……たぶん、これからもずっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます