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◇
「あおオハヨ!」
「みかちんおはよう」
生徒玄関で同じクラスのみかちんに会うと、みつは「ん」って私にカバンを差し出した。私はそれを笑顔で受け取って、「ありがとみつー」と笑う。
みつがクシャクシャって私の頭を撫でてから1年の下駄箱へ向かうと、みかちんが私の横へかけてくる。
だいたい、これが毎朝のお決まりだ。みつに頭をクシャクシャとされるのは嫌いじゃない。姉弟で本当に仲がいいね、とよく言われるけれど、これがないと1日が始まった感じがしないんだよなあ。
「ほんと仲良いよねーあおとみつくん」
「んー、まあ仲は良いかな」
喧嘩もたくさんするけどね。
ローファーを脱いで上履きに履き替える。同じクラスのみかちんは、1年生の時同じクラスになってからずっと一番の友達だ。
「あおが彼氏できないのって、絶対弟のせいだと思うわ」
「えっ、なんで?!」
「だってさー、2年になるまで付き合ってた伊藤クンも、みつくんが入学してきた途端逃げ出したじゃん」
「逃げ出したって……言い方悪いなあ」
「いや、あれは逃げ出したんでしょ。だってアンタがフられた理由、『あんな弟がいるなんて聞いてない』でしょ?」
「んー……まあそうだけど……」
みかちんが「ほらね」ってドヤ顔で廊下を歩いてゆく。その隣に並びながら、伊藤くんのことを考える。
去年の秋から今年の春にかけて、約半年くらい付き合っていたひと。一年生の時同じクラスだった彼は、今は校舎が違う理系選抜クラスにいる。文系のわたしたちが彼のことを校内で見かけることは滅多にない。
今年の春、私の予想に反して成績をグンと上げてこの高校に入学してきたみつを見て、伊藤くんは唖然としていた。『あんな弟がいるなんて聞いてない』———つまりそれは、『血の繋がっていない弟がいるなんて聞いてない』ということだ。
伊藤くんは私に別れを告げるとき、相当悩んだ結果だって、こんな俺でごめんって、今度は受け入れてくれる奴と付き合いなよ、と苦しそうに笑って言っていた。
私はそれを淡々と聞きながら、『ああこんなものか』と思ってしまっていた。みつのことを黙っていたわたしも悪いと思う。故意にじゃない。必要ないと思ったから言わなかった。けれど伊藤くんにとって、みつの存在は思いの外大きく写ったらしい。血は繋がっていないけれど、姉弟なのに、変だよね。
つまり伊藤くんは、私じゃなくみつのことが嫌だったんだ。私にみつっていう弟がいることが嫌で別れることを選択したんだ。
そんなの、こっちから願い下げだ。
伊藤くんがみつのことを嫌いなら、私は伊藤くんが嫌いだ。みつは私の大事な弟。血がつながっていなくたって、みつは私の大事な家族に変わりない。
みつのことを嫌いっていうなら、私はそんな人を選べない。
だから、『別れよう』の言葉に『うん』って真っ直ぐ頷いた。伊藤くんは、『ちょっとは止めてほしかった』って言ったけれど、それならそんなこと、初めから言わなきゃいいのにって思ってしまった。
私って案外冷たい奴なのかもしれない。半年も一緒にいた伊藤くんのこと、その時これっぽっちも『別れたくない』って思えなかった。
みつにその話をしたとき、『おまえってバカだなあ』って頭をクシャクシャにされたけれど、みつはちょっと嬉しそうだったな。私はどっちかって言うと、伊藤くんと別れたことよりも、みつがそうやって嬉しそうにしてくれたことの方が印象に残ってる。
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