第49話

仕事を終えた私は、閉店した”チロルの家”の前に立っていた。



お店の人への最後の挨拶で、少し遅くなってしまった。



手には、花束や送別品や、私物の紙袋がいっぱいぶら下がり、ドアを開けるのに手こずった。




――『カランコロン』



扉のベルが鳴ると、その音に気がついたマスターが、いつものように、凛とした様子で、こっちに向かって来た。



「弥生さん、お、お疲れ様。荷物多いですね。僕が持ちます」



マスターは、私の手荷物を手に取ると、1番奥の席に案内した。



閉店後の店内は、照明の灯りは半分ぐらい消され、薄暗い状態。



その中にひとつだけ、キャンドルの光に照らされている、席があった。



誰もいない"チロルの家"は、貸切みたいで特別な感じがした。



 少し待つと、湯気がゆらゆら揺れる、熱々のあさりスパゲティが出てきた。



「あ〜久しぶりのあさりスパゲティ。美味しそう」



マスターは、スパゲティをテーブルに置くと、



「弥生さん、今日1日頑張りましたね。お疲れ様でした」



と、優しい言葉をかけてくれた。



チラッと私を見て、すぐ下を向いたが、やっぱりマスターの笑顔は、素敵だった。




「マスター、笑うこと多くなりましたね。それに、たくさん話しかけてくれるから、なんか楽しいです」



「かぼちゃのおかげです。――ちょっと待ってて」



マスターは調理場に戻り、何かを持って来た。




「買い物中、かぼちゃ見てたら、かぼちゃが食べたくなりまして。これは昔、母から習ったお菓子です」



それは、かぼちゃを潰した物に、上から粉砂糖をかけ、スライスアーモンドが飾られた、デザートだった。



「私、昔いじめられてて、かぼちゃって言われてたんです……ブスって意味で…… 。でも、このかぼちゃは、綺麗に飾られて、美人ですね」



私は、デザートをぐるりと見回して、笑って話した。



「そう……だったんですね。嫌な事、思いださせてしまいましたね。すみません」




マスターは申し訳なさそうに、ぺこぺこと頭を下げた。




「謝らないで下さい。こうやって、マスターも笑ってくれて、私はかぼちゃで良かったです」



「僕、かぼちゃ好きです。見た目も、中身も……」




サラッと発したその言葉に、私は再び、ドキッとした。



もちろん、朝の『綺麗です』の言葉と同様に、私を気遣っての発言だと分かっているのだが、なぜか、意識してしまう自分がいた。



「えーと、じゃあ、いただきます」



私は少し動揺し、最後に食べるはずのデザートを、先に口にしてしまった。



「……」



無言で食べ続ける私に、マスターは心配そうな顔で聞いて来た。



「……お口に合わなかったかな?」



「あっ、すみません。美味しくて無言になったゃいました。どうやって作るんですか?」



「お、美味しいですか?本当に?これ、かぼちゃを潰して、砂糖と生クリーム、隠し味で醤油を混ぜて作ったんです」



マスターは、下を向いたままだけど、声のとトーンは弾んでいて、嬉しさが伝わった。




「マスターの料理は、どれも美味しいです。でもこの町を去ったら、マスターの料理、食べられなくなるなぁ……」




思わず発した言葉に、マスターの笑顔は消えた。




「……引っ越しちゃうんですか?」



「悩んでます。本来ならば、今のアパートを出て、彼のアパートに引っ越して、アルバイトしながら、料理教室に通う予定でしたから」



「……この町にいて下さい」



マスターは珍しく、私の顔を見て話した。



「そうですね。どこで働くかも決めないと行けないので、仕事先次第ですね」



マスターはその後、無言になり、何かを考え込んでいた。



そして、早口で話し出した。




「し、……しごとが見つからない時は……チロルの家で働いて下さい。それに、料理教室行かなくても、僕が料理教えます」



大好きチロルの家で、働けたら幸せだなぁなんて思ったりもしたけど、おじさんも働いているし、人手は足りているような気がして、私はその話に乗らなかった。



「お気持ちだけ頂きます。ありがとうございます」



「そう、ですか。残念です」




その後、マスターは調理場に行ってしまい、

私はひとりで、アサリスパゲティを黙々と食べた。

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