第41話:「悪鬼の逆襲」

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛………………!』


 フォルミードーはまさに煉獄の存在と呼ぶに相応しい怨嗟のような呻き声を出しながら、ぶちぶちと自分の体毛を引き抜き・・・・・・・・・・己の腕を掻きむしる・・・・・・・・・

 肉を抉るぐちゃぐちゃという不快な音が絶え間なく大森林に響き渡り、聞き取れない言語で何事かを永遠に呟き続けている。


 お察しの通り、今や俺にもフォルミードーの姿は明瞭に見えるようになっていた。

 つまり今の俺は"恐怖"を抱いているということ。

 ノエルが傷付き、死ぬかもしれないという"恐怖"を。


 だが当然、さっき覚悟した通りだ。そんなことは絶対にさせない。

 たとえ俺の四肢が捥げ、身体が砕け散ろうとも。

 何度でも蘇って俺はノエルを守り通す。


『殺す、殺す、殺す、ころす、ころす、ころす、コロス、コロス、コロス』


 今まで蹲って唸りながら自傷し続けていたフォルミードーはおもむろに四つん這いの姿勢になり、地面に流れる程の頭髪と一緒に首をありえない角度まで横に倒しながら、一切光を反射していない異様に大きな真っ黒な目でこちらを凝視してくる。


『潰して、裂いて、抉って、捻って、叩き付けて、捥いで、へし折って、捩じ切って、ぐちゃぐちゃに、グちゃグチャに、グチャグチャグチャグチャニ、あは、あはは、あははははははははははははははははははははははははははははははははは!』


 いくつもの殺害方法を挙げながら、愉しそうに嗤って近づいてくる完全に狂ったバケモノフォルミードー

 

 しかし、その体は既に無視できないレベルの損壊を受けていた。

 

 前脚右の腕をずるずると引きずり、顔や胴体はブービートラップによる爆発の影響か、体毛が所々禿げて白い皮膚が曝け出されている。

 その皮膚は焦げて爛れ落ち、十本程もある腕は全てがヤツ自身の自傷や俺たちに付けられた傷のせいで、紫色の体液や何故か赤色の血で染まっていた。

 そしてその腕には何十匹もの虫が這い回り、ヤツの剥き出しになった肉を齧っているというのだから気持ちが悪いという以外に表現が無い。


 まさに怪奇伝承に出てくるような姿だ。


「ヴァニさん、あんなのとずっと戦ってたんですか……?」


 ノエルが引き攣った顔でそう尋ねてくる。


「ああ。つっても、ヤツの姿をこの目でハッキリ見るのはこれが初めてだけどな。気色悪いったらありゃしねぇ……。あいつらの気持ち、今ならちょっと分かるぜ」


 本当に原始的嫌悪感の湧いてくるような見た目だ、吐き気がする。


『ずっと、暗かッた、退屈だっタ、不味カった、飽キてタ。けど、ここ現界は美味しイ、愉シい、沢山良イ。もっと、もットいっパい食べタい。だかラ、お前たチも頂戴?』


 抑揚のない無機質で不自然な発声で、けれど饒舌に言葉を紡ぎながらフォルミードーはゆっくりとこちらに向かって語り掛けてくる。

 『食べたい』というのが具体的に何を指しているのか……どうせ"恐怖"のことだろう。本当にロクでもない存在だ。それを喰うために相手や周りの人間を痛めつけて虐殺するんだからな。


「ノエル、危険だから絶対に俺から離れるなよ」

「はいっ、分かりました!」


 重傷を負って弱体化しているとはいえ、今までに見たことのない新たな形態に危機感を高めた俺は、ノエルを守るために小声で指示を出す。

 

 そういえば、ノエルをここまで連れてきたあのユキヒョウは今何をしているんだ?

 

 そう思って俺がそちらの方に目を向けると、ユキヒョウは大人しく座ってただじっと俺たちを観察しているだけだった。……戦闘を手伝ってくれる気は無さそうだな。


「ところで、お前の使える魔法はどれくらいある?」

「属性魔法は水属性だけです。後は一般的な魔法をいくつか……生活魔法とかですね」

「悪い、最初に言っておくべきだったな。実は俺は魔法が一切使えない体質タチなんだ。一般的な魔法ってのもどんなのがあるか細かいところまでは知らん。ノエルが使えるものの中で、何かヤツに効きそうな魔法はあるか?」


 フォルミードーからは決して目を離さず、ノエルに問う。

 しかしノエルは残念そうに首を振った。


「ご期待に添えず申し訳ないんですが、多分無いと思います。小さな光を灯したり、少しだけ浮いたり、ちょっとだけ物を動かすとか……本当にそれくらいなので」

「……そっか。まぁ大丈夫だ、気にすんな。元々ヤツに魔法は使わない方がいいらしくてな。だから、なんとなく聞いてみただけさ」


 半分は嘘だ。

 

 本当は思い付いたことがあって尋ねてみたんだが、それを実行に移すのは最後の手段にしたい。

 優先度的に言えば、"力"を解放するのとどっこいどっこいというレベルだろう。


 故に魔法師であるノエルは直接戦闘の役には立てないかもしれないが、彼女が来てくれたおかげで俺はフォルミードーを目視できるようになった。それだけで十分だ。

 フォックスの時のような迷いも今は無いし、むしろ気合が入ったとさえ思える。


 ……それに、上手いことフォルミードーを弱体化させることさえ可能なら、当初考えていた通り、巻き添え被害を出さない程度に"力"を解放することも可能だろう。


 要は俺の頑張り次第ってわけだ。

 それより、そろそろ来る・・な。


『……………………』


 フォルミードーはゴキリと首を鳴らしながら頭を回転させて正面に戻す。

 

 しかしその顔の天地は本来と真逆になっていた。

 だらりと逆さまに垂れ下がった髪に、大きな黒目が下から見上げるようにこちらを見つめている。

 そして、裂けた口の端から垂れる血液は顎ではなく頬の方に向かって伝っていた。


 そんな状態でニタァと満面の笑みを浮かべるのだ。


「うっ……」

「大丈夫か、ノエル?」

「はい、すみません。でも……あれはちょっと…………」

 

 ノエルはその異形の気味の悪い動きに顔を青ざめさせ、吐き気を覚えたのか口元を覆う。

 俺は彼女の背中をさすってやりながら、その気持ちに正直共感する。

 

 "番人"なんて呼称はあるが、本質はもっと別の”ナニカ”だ。

 やはりこいつは、この世とかあの世とか関係なく、生き物なんかじゃあない。 

 なのに呼吸はしているし、歪だが欲もあるし、血のようなものも流れる。


 イザベラは『それが何なのかを知りたくもないものがある』と言っていたが、まさにその通りだと思う。

 本当にこいつが何なのか知りたいとも思わない。ただただ気色が悪い。できることなら、さっさと始末してしまいたい。


『ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!』


 フォルミードーはその体勢のまま奇声を上げ、凄まじいスピードで這い寄って来る。イメージとしては巨大なゴキブリだ。


「ノエル、跳べッ!」

「はいっ!」


 合図とともに、俺たちは地面に体を投げだすように跳躍してその突進を躱す。


 俺たちを通り過ぎたフォルミードーは少しの間そのまま突き進み、そして突然慣性の法則を無視したような動きでピタリと停止すると体を反り返らせた。

 器用なことに背中から生えた腕も使い、今度はムカデのような動きでブリッジの体勢になって再び迫り来る。


『あはははははははははははははは! あははははははははははははははははぁ!』


 そしてそんな状態でどう攻撃するのかといえば、上向きになっている部分──つまり腹部から生えた腕を広げて拘束しようとしてきたのだ。


「きゃあっ!?」

「させるかよッ!」


 俺はノエルを庇いながらヤツの腕が最接近するタイミングに合わせてロングソードを振り下ろし、その虫が集った細い腕を切断することに成功する。

 切断面から紫色の体液が迸り、俺の顔や服、周囲の地面に飛沫となって飛び散った。


 フォルミードーはまたも俺たちを通り過ぎていくが、今度は追撃をしてこない。

 その代わり、関節や骨を無理矢理捻じ曲げる不快な音と共に上半身のみをスライドさせ、その歪な顔面を俺の方へ向けてきた。

 

『腕、私ノ腕、斬った? 斬った? 腕、腕、腕、どうしテ? ネエ? 腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、返して、返シて、返しテ、返シテ、かえして、カエシテ』

「うるせえな、知るかよゴキブリ野郎。残りの腕も全部切り落としてやっから楽しみにしとけや」

『フフッ、あはははは……酷い酷イ酷いね……。ケド、私の腕、僕の腕、俺の腕、返してくれなイなら、もうイラナイ、そんなニ欲シいなラ、いっぱいあげルよ?』


 フォルミードーは俺の罵倒に意味不明な言葉の羅列を返しながら、首をゴリゴリと鳴らして九十度……つまり真横にへし折られたような角度にする。

 そして黒水晶の如き目を大きく見開き、黄ばんだ鋭い歯が並ぶ口を両目の端辺りまで裂いて笑った。

 次に歪な音を響かせながら肉体を折り曲げ、形容できないような姿勢になって体を起こした。


「……ヴァニさん」

「……ああ、何かヤバい予感がするな」


 今のフォルミードーからは今までのような邪慳じゃけんな加虐性も、ヒステリックな暴力性も、凶悪な攻撃性も感じられない。

 怒ったかと思えば笑い、『返せ』と言ったかと思えば『要らない』と言い、まるで言動全てがチグハグで、身体の動き全てに規則性が見られない。


 次に何をしてくるのか、何がしたいのかが分からない気味の悪さだけがあった。


 警戒しながら身構えていると、フォルミードーは両脚の間から上半身を突き出したような状態で、自分の腕を次々と引き千切り始めた。


──ぶちぶち、ぐちゅぐちゅ、ぶちゃぶちゃ。


 肉が引き裂ける湿った耳障りな音と、そんな自傷行為をしながら愉快そうに嗤うフォルミードーの声だけが森の中に広がる。

 俺たちはフォルミードーの異常過ぎる行動に何も反応できず、ただ唖然とそれを見ていることしかできなかった。


『アははははははははァァァアア! 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛ァァァァい、可哀想、可哀相、私カアイソウ……?』

 

 ぼとり、ぼとり、と腕が何本も地面に棄てられていく。


「……何してんだ、あいつ」

「分からないですし、分かりたくもないです……」


 残ったのは自立に必要な四本のと、二本の腕だけ。

 それ以外の、つまり背中や腹から生えていたほぼ全ての腕をヤツは手ずから捥ぎ取ったのだ。


『これで、腕、無イよ? 満足? 満足シた? 良かッタ? 良カっタね、嬉シいネ、哀しイネ、辛イね、苦シイね、気持チイいね?』


 使っている言葉は確かに俺たちと同じ人間の言葉とそっくりだ。

 だが、その意味が全く分からない。

 単語としては理解できるのに、言語としては理解できない。そんな感覚だ。


「お前、一体全体何がしたいんだ?」


 そもそも会話ができると思っていなかったし、そうする気も無かったんだが……あまりの狂気の沙汰を見せられて俺はつい、フォルミードーに対して質問してしまった。


 フォルミードーは何が愉しいのか、口を三日月型にしてニタリと薄気味悪く笑う。


『いっパい、イッぱイ、痛かッタよ。たくさん、タクサン、辛カッタよ。だかラ今度は、そっチの番。良イデしょ? 良いデショ? うんと、うンと、美味シいモノ……頂戴?』

「……聞いた俺が馬鹿だったな」


 やはり返ってきた言葉は理解不能なもので、これ以上の問答は無用だと判断する。

 そしてノエルとアイコンタクトをして剣を構え、攻撃の用意をしようとした瞬間。


 俺はかつてない程に嫌な予感がして、横にいたノエルを咄嗟に突き飛ばす。


「えっ──?」

「くっ──」

『ツゥカマァエタァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 本当に一瞬のことだった。

 それなりに距離があったにも関わらず、直立した状態で瞬間移動・・・・してきたフォルミードーの両腕に、俺は拘束されてしまったのだ。


 あまりにも強すぎる握力故に、まるで意識だけが動いている状態で時間を止められたのかと錯覚するレベルでぴくりとも体を動かすことができない。

 締め付けられ、肺からどんどん空気が漏れ出ていく。

 

 首だけは辛うじて動かせるのでノエルの方を見るが、彼女は突き飛ばすのが間に合ったおかげか拘束から逃れ、驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。

 

 これでいいんだ。決めたんだろう? 『絶対に守り抜く』って。 

 いつもいつもいつもいつも、同じ失敗を繰り返して反省した気になって、それでも結局何も変われていない自分だったが……初めてそれに意趣返しできた気がした。

 

 守ってやれなかった"彼ら"や"あの子ら"、"あいつ"や"彼女"の顔が浮かんでは消える。

 ……だが、そこにノエルまで入れるつもりはサラサラない。


「へっ……ざまぁ、みろよ……! お前みたいな……クソカスに……これ以上、やられっぱなしでたまるかッ!」


 呼吸すら苦しい中、フォルミードーに対して顔を歪めて罵声を浴びせる。


 だがこの状況があまりよろしくないというのも事実なわけで。

 結局この状態では俺は何も反撃することができず、抜け出すには恐らく死ぬしかない。

 

 例えば無理に拘束を抜け出そうと抵抗して圧死……いや、それでは賭けが外れたときのカバーが利かないし、復活した時に何も状況は変わっていない。

 舌を噛み切って死んでも、呼吸を止めて死んでも、フォルミードーに拘束されている限りは復活しても同じ状況が続いているだけだ。


 とにかく有効そうな死に方が見つからない。

 

 このまま大人しく拘束され続けて、殺されるだけならまだいい。

 だが、もし見せしめのように俺より先にノエルが殺されてしまうとなれば見過ごせない。

 あまつさえ、"恐怖"を煽るために惨い殺し方をするかもしれないのだから。


 なら、いっそ"力"を解放して──いや、それこそ最も取ってはいけない選択肢だ。

 確かにそうすればフォルミードーは確実に消滅させられるだろう。

 しかしそんなことになればその後、他ならぬ俺自身がノエルを殺してしまう・・・・・・・・・・・・・・


 どうにかしてこの拘束から逃れる方法を模索しなくては……!


 その時、フォルミードーが相も変わらず男女が混じったような不快な声で言葉を発した。


『怖い? ねェ、怖イ? 今、怖い? 死んジャうネ。死ンじャウかモシれナイね? 怖いデしョ? 怖イヨね? 凄く美味シい。今、凄ク美味しイ! だかラ──もッと頂戴』


 散々繰り返すが、この悪鬼クズが欲求する感情は"恐怖"だ。

 それがどんな理由に起因することだとしても、とにかく"恐怖"であればそれがこいつのご馳走になる。

 この期に及んでそれをもっと寄越せということは、この後更に何かをするつもりだということ。


 そしてその予想通りフォルミードーは顔を──相変わらず直角九十度に曲げた状態で──動けないでいるノエルに近付け、深淵の闇のような眼球で彼女の顔を覗き込んだ。


『可愛イ、可愛イ子、可愛いネ。だカら、選バせテアげル。君と、このヒト、どッちガ助カりたイ?』

 

 フォルミードーの問いは、『どちらかを犠牲にすれば、どちらかは見逃してやる』という趣旨のものだった。だがまともに取り合っても意味がない予感を強く感じる。

 この悪鬼の性格は今までのこいつの行動を見ている限り、歪で、醜悪で、狂っていて、最悪だ。自分の発言の責任を取る保証なんてどこにもない。


 それどころか、どちらかを殺した後でもう片方も殺す可能性の方が限りなく高いだろう。『自分は助かったのだ』と思わせた上で殺すことで、極上の"恐怖"を味わえるのだから。


 だから、


「ノエル! そいつの話をまともに聞くな! もし聞くとしても、俺はいい。お前が助かりたいって言え! 理由はこの前話しただろ? だから安心して、自分を優先してくれ!」


 これは単純な自己犠牲の精神だけではなく、その方がメリットが大きいから。

 俺が先にフォルミードーに殺されることでヤツの拘束から逃れ、その状態で蘇ることができれば反撃のチャンスが生まれる。


「そんな……でも、私はヴァニさんを!」


 ノエルは苦しそうに声を絞り出しながらそう言う。

 どうやら彼女は本当に俺を助けたいという一心で、実力が伴っていないのにここへ来てくれたようだ。


 しかし懸念点が一つだけ。

 フォルミードーはこの森で初めて俺と出会った時、俺に直接接触を図る前から俺が魔物どもと戦闘している様子をずっと観察していた。

 

 つまり、俺が死んでも生き返ることを知っているはずだ。

 

 そうなればやはりむしろ、今のフォルミードーのこの質問の目的は、『自分が犠牲になれば向こうが助かるかも』とノエルに期待を持たせた上で、結局その答えを無視してどちらも殺すことかもしれない。そうすれば"生き残った方"から"恐怖"をおかわりできるのだから。


 だとすれば、ノエルが助ける対象を俺にしたとしても、このフォルミードー最悪の気狂いは殺す順番を変えはしないだろう。つまり俺の死の順番は──最初で確定。


 ……なら全く問題ないな。どう考えてもそこにしか起死回生のチャンスはないんだ。


 そんな俺の考えは置いておくにしても、ノエルは悪い意味で俺の予想通り・・・・・・・・・・・の回答をしてしまった。


「なら、ヴァニさんを……彼を助けてください! 私はどうなっても構いませんから!」


 その回答を聞いたフォルミードーは粘着質な音を響かせながら口を大きく開き、悪辣な笑みを浮かべた。


『自分よリ、他人ガ大事なノ? 優シい子ダね、凄ク、優しイね、凄イね、偉いネ、立派ダね。だカらこソ……反吐ガ出る』


 フォルミードーは唾棄するようにそう言うと、ノエルから興味を失った様子で顔を離し、背中に生えた手で俺の腕を掴んで力任せに引き裂いた。


「ぐっ……! あああぁぁぁ!」

「ヴァニさんっ!! どうして!? 私はヴァニさんを助けてって言ったのにっ!?」


 ノエルの悲痛な叫び声が聞こえてくる中、俺はどこか冷静に「やっぱりそうなるよな」という感想を抱いていた。

 どう考えても俺を先に殺せば『二度美味しい』んだから、彼女がどう答えるかなど関係なく俺が最初に殺られるに決まっているのだ。

 

 もし俺の推論が外れていたなら、ノエルが今の答えをした場合まず最初に殺されていたのはノエルだ。先に予想と判断をしておいて本当によかった。

 

 おかげで取り乱さず、ヤツに悟られずに済んだ。


『まずハ一本、返シてモらったヨ。じゃア、モう一本、返しテもらウね!』


 フォルミードーはニタニタと笑いながら、残ったもう片方の俺の腕を引き裂く。


「ぐぅぅっ! ……ウウッ!」


 鮮血が周囲を濡らし、引き裂かれた部分からどくどくと血が流れ続ける。

 それでも、激痛のおかげか意識はまだハッキリしている。


「ハァ、ハァ……さっき『返してくれないなら要らない』って言ってたじゃねえかよ。……この二枚舌野郎が」

『あははははははははははははは! 面白い、面白イね! でも、美味しくナい・・・・・・……。何デ怖クないノ? 痛いノに、死ンじゃうのニ、怖くナイの? 不思議……。もっト痛い思イヲしたラ、怖ガっテくれルかな……?』


 フォルミードーは更に俺の右足、左足を順番に捥ぎ取り、その度にケタケタと嗤う。


「お願い、もうやめて……ヴァニさんが、ヴァニさんが死んじゃう……! 私になら何でもしていいから、もうヴァニさんを許してあげて……!」


 そんなノエルの懇願も耳に入っていない様子でフォルミードーは首を傾げ、


『ヤっパり、怖ガッてナい。どウしテ? どうシて? ドウシテ? でモ、ンー……そレなら、君はモうイらナいヤ』

「っが…………!」


 フォルミードーはそう言って、俺の腹部をその拳で深く突き破った。

 丸太が通り抜けたような大穴が開き、腹の向こう側──背中の外までフォルミードーの拳が突き出て、これは間違いなく致命傷だろうなと感じた。


 計画通りに事は進んでいる。これでいいのだ。

 だが、ノエルを悲しませたことに関しては本当に申し訳ないと思う。

 

 ノエルは俺が死んでも生き返ることを知っていて尚、『俺に死んで欲しくない』と、『自分の命を軽く見ないで欲しい』と、俺みたいな奴にも『生きる意味はある』と言ってくれた心優しい少女なのだ。


 しかし、だからこそ、そんな優しき少女を救うために俺は敢えて──今回の死を受け入れる。


 地面に投げ捨てられてぼんやりとした視界の中、俺の命が消えてゆく様子を見て絶望した表情で涙を流すノエルに向かって、ニタニタと笑いながら詰め寄っていくフォルミードーが見える。


 そしてフォルミードーがノエルを掴み上げようとした瞬間とき、今まで座して事の成り行きをじっと見守っていただけのユキヒョウが立ち上がった。

 そしてユキヒョウはフォルミードーと大差ないほどのその巨体でフォルミードーに突進し、ノエルをフォルミードーの魔の手から救う。

 

 ……なんとなく、そんな気はしてたんだよな。

 だからこそ、安心して俺は死ぬ覚悟ができたんだ。 


 それを見届けて一安心したところで……俺の意識はシャットダウンした。

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