不死者のアフターライフ ~君への最後の子守唄~
城戸なすび
第一章:加重叫喚
第1話:「思えばこれがプロローグだった」
帝都、"エグゼア"のとある大衆酒場。
窓からちらりと見る外は既に暗く、温かな橙色の街灯が街を照らしている。
「それじゃ、今日もお疲れさん!」
テーブルの向かいに座る金髪碧眼の優男がジョッキを高らかに掲げ、一気に中身を飲み干した。
奴の名前はフォックス・フリード。
俺と同じ"ハンター"という職業に就いている同業であり、親友だ。
性格としては誰に対しても気のいい男で、それでいて女性には紳士的。
おまけに貴族家の三男坊という恵まれた生い立ちからお察しの通り、大層モテる。
……当然のことながら、ツラも良い。
対する俺はと言えば、特に優れた点は無し。
ルックスは白髪黒目、イケメンではなく、とはいえ別に不細工というわけでもない。つまりは至って平均的な顔立ち。
……まぁ、目の下にそこそこ濃い隈があるのはマイナスな点だな。
で、性格は粗略で無頓着ときた。正直、他人に誇れるところなんかこれっぽっちもない。
しかし、そうだな……。
唯一
なんて思ったところで、頬杖を突いた手で口元を隠しつつ、自嘲気味に笑った。
やめようやめよう。
何が悲しくて、親友に対して心の中でマウントを取らなきゃいけないのか。
俺みたいな根が暗い奴ともこうして仲良く接してくれてる奴なんだ。
それだけで十分感謝しなければいけないことだろう。
「やっぱり仕事の後っていったらこれだな!」
そんな俺の内心を知らないフォックスは、屈託のない笑顔を俺に向けてくる。
「……だな」
「ん? なんだ、元気がないじゃないか。何か悩み事か?」
「いや、なに。ただ目の前にいる爽やかイケメンの顔面を歪めるには、どういう風に殴ってやったらいいのかを考えててな」
「随分物騒な悩みだな!?」
前言撤回。やっぱり駄目だ。
この見る者全てを浄化させるイケメン面は公害と言っても差し支えないものだろう。
この世のモテない男たちの分の恨みを込めて、俺はこいつを倒す使命がある。
なんて冗談はこの辺にしておくか。
俺は軽く笑った後で短くため息を吐き、
「はっ、まぁ許せよ。ただの冗談だ。それに、気安くこんなこと言える仲の奴なんてお前くらいしかいないからな。なぁ、親友?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、それはそれで心配だぞ俺は……。ヴァニは良い奴なんだから、もっとこう……気の置けない友人が増えるといいんだがな」
ジョッキを置き、割と本気で心配そうな目でこちらを見てくるフォックス。
やめろ、そんな目で俺を見るんじゃあない。
同情の視線が一番心にダメージが来るということをたった今身を持って体感した俺は、ばつの悪そうな顔を浮かべて目の前の青年から目を逸らした。
気を取り直すためにエールの入ったジョッキを傾けつつ、話のネタを探す。
「で、最近調子はどうよ?」
「まぁ、ぼちぼちかな。ここ最近は大きな依頼もないし、比較的平和な毎日を過ごしてるよ」
「そうかい、そりゃ何よりだ」
「お前のほうこそどうなんだ?」
「こっちも似たような感じだぜ。別に何か大きなことがあるわけでもなし、ただ魔物を狩って帰ってきて酒を飲む。それだけの毎日さ」
最近はあまり会う機会もなかったので、世間話を兼ねて近況を語り合う。
同業である以上大体の過ごし方は被るから、語る内容としては薄いけどな。
しかし、俺たちハンターにとってはこうやって近況を報告し合えることこそが何より良いことなのだ。
魔物退治をメインに、一般人では危険が多い場所へ薬草なんかの素材を採取しにいく俺たちの仕事はいつだって死と隣り合わせ。
昨日仲良く笑い合った奴が、次の日にはコロッと逝ってることだって珍しくない。
「ただなぁ……平和なのはいいんだけど、俺の胃は平和じゃないっていうか」
苦笑いしながらそう言うフォックスに、俺は「ああ」と得心がいく。
きっと、彼の仲間たちのことを言っているのだろう。
「相変わらず賑やかなのか?」
「賑やかなんてもんじゃない! ったく、アイツら何かある度に……いや、何もないときでもいっつもいっつも騒いで……。毎回周りに頭を下げるのは俺なんだぞ!」
ラフなパーマのかかった金髪を片手でくしゃっと掴み、音を立ててテーブルを叩くフォックス。
俺はそんな哀れな友人を見ながら苦笑する。
「あー……まぁ、うん。その、なんだろう。……同情する」
フォックスは大きなため息を吐いた後、店員に酒のおかわりを頼み、視線を俺に戻す。
「すまん、取り乱した」
「気にすんな。確かにお前んとこの奴ら、元気だもんな。なんなら元気すぎるくらいだ」
「本当にな……。けど、あれで仕事の時はみんな優秀だからあまり強く言えないんだよ」
「ふぅん。リーダーってのも大変な立場だねぇ。俺、改めてソロでよかったわ」
おどけながらそう言った途端、フォックスの目つきが変わった。
まるで無差別に怨念を振りまく悪霊のような、そんなドロドロとした目つきでこちらを見てくる。
何か知らんが、また何か彼のスイッチを押してしまったらしい。
「ヴァニ」
「な、なんだよ」
「お前もパーティを作らないか? いや作れ。作るべきだ。作ると言え」
「嫌に決まってんだろ。こんな話聞かされた後で、「じゃあ俺もー」とはならんだろうが。そんな奴がいるとしたら、どんなおめでたい頭の奴だって話だ」
「フフ……ハハハハハ、そんなつれないこと言うなよ。俺達は親友だろう? なら、同じ苦しみを分かち合うべきだと思わないか?」
フォックスはまるで「逃がさないぞ」と言わんばかりに俺の肩を掴み、一カ月ほど休めず働き通しの人間のような目で見つめてくる。
「重い、重いわ。病んだ恋人みたいなこと言ってんじゃねえよ」
「くっ、このケチ! 分かった、ならこうしよう。俺のパーティに入ってくれ! 頼む! ツッコミ役が必要なんだ! もう俺一人じゃ耐えきれないんだッ!!」
「嫌だ断る! やめろ、揺らすな! 酒が零れ──だっ、離せ!」
フォックスと取っ組み合いになっていたその時、ドンッ! と音を立てて俺たちのテーブルにジョッキが置かれた。
無言の圧を感じて二人揃って視線を向けると、笑顔の女性店員が立っている。
だが何故だろう。全く笑っているように見えない。
「すいませーん、他のお客様もいらっしゃいますので、もう少しお静かにお願いしますー」
「「はい、すみません」」
二人同時に声を揃えて謝罪した瞬間、今まで感じていた
「ごゆっくりどうぞー」と言い残して去っていく女性店員の背中を見送りながら、フォックスが呟いた。
「お、オーガが見えた……」
「奇遇だな、俺もだ」
気まずい微妙な空気が漂う中、しばしの間、お互い無言で酒に口を付ける。
それから少しして、フォックスが急に真剣な声音で口を開いた。
「ところで、ヴァニ」
「あ? なんだよ改まって」
「ここからは少し真面目な話なんだが。お前、例の噂ってもう聞いたか?」
「例の噂……? 悪いけど、心当たりがないな」
「そうか……」
今までの緩い空気を一変させ、なんだか緊張した様子のフォックスを見て、俺は軽く座りなおして話の続きを待つ。
「どうやら西の大森林に、かなり危険そうな謎の魔物が現れたって話なんだ」
「なんだそりゃ……」
この語り口からして、何か思いっ切り面倒ごとに巻き込まれそうだな……。
俺はこの時点で、そんな嫌な予感をひしひしと感じていた。
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