第41話

インターフォンが鳴り、ドアを開けると、彼のお父さんが立っていた。


彼のお父さんは、長い髪を1本にまとめ、耳にはシルバーのピアス。



爪には黒いマネキュアが塗られていて、高級バイクを乗り回すような、お洒落なおじさんだった。



「突然すみません。初めまして、侑の父の和也かずやと申します。これ、少しですが」




彼のお父さんは、行列で1時間待ちと噂の、フィナンシェを買って来てくれた。




「お気遣いありがとうございます。川村沙也加と申します。狭い部屋ですが、どうぞお上がり下さい」





私は緊張しながら、彼のお父さんを、中へ案内し、ソファーに座ってもらった。




「今、飲み物お出ししますね」




私がそう言うと、彼のお父さんは立ち上がり、深く頭を下げてきた。




「何もいりません。すぐ帰りますので……それより、侑が怪我をさせまして申し訳ありませんでした」



やはりあの話のようだった。



その話が、どから漏れたのか、探りを入れるように、私は質問をした。



「はなまるの奥さんから聞いたんですか?」



「いえ、私の母から聞きました」



「はなまるの奥さんとは、何か話されましたか?」



「いえ、お店側とは何も話していません。内緒話と母から聞いたので……すみません……」



はなまるの奥さんと、やり取りがないと知り、少しホッとした。



「謝らないで下さい。怪我は私の不注意でもあるんで、お店には秘密にしてました」




彼のお父さんは、ソファーに座り、再び話を続けた。




「怪我させた身で、こういう事を話すのは、筋違いかも知れませんが… 2人で会うのをやめて欲しくて、お願いに参りました」



反対されるのは想定していた。



だからこの機会に、この関係を理解して欲しいと考えた。




「そうですよね。心配ですよね。でも安心して下さい。私達はただの友達です」



「しかし、この部屋で、男女2人っきりというのはどうかと……」



「なら外で会うのはどうですか?公園で絵を描いたり、図書館行ったり。私、侑くんから、絵を習いたいとも思っています。月謝も払いますので、どうでしよう?」



「そう言う事では無く、会って欲しくないんです……自閉症の子と付き合う事が、どんなに大変か、あなたは分かっていない」




なかなか許してもらえず、私はまたひとつ、提案を出した。




「私、自閉症の勉強します。だから大丈夫です」




彼のお父さんは、折れない私の態度に、イラつき始めたのか、さっきより強い口調で話し始めた。




「歯を磨かない、風呂は嫌い、好き嫌いは多い、字を読めない。同じことを延々と繰り返す。癇癪を起す。……そんな息子に疲れて、母親は出て行きました。あの子との生活は、簡単な物ではないんです」



「私もできる限り、協力します。好き嫌いを無くしてあげます。文字を教えます。友達として……接しますので、安心して下さい」




「それは無理なんです……母が言うには、息子は、あなたのことが好きみたいです……あの子の心はまだ12歳程度、たぶん一時的な恋心です……だからこれ以上、惑わさないで下さい」



「惑わしたりしません。友達を貫きます。だからそばにいさせて下さい。やっと生き甲斐が見つかったんです」



今の私には、彼だけが唯一の信用できる友達で、それを失うのが怖くて、私は必死で、彼のお父さんに縋った。



しかし彼のお父さんは許す事なく、私の心に強烈なダメージを与えた。




「生きがい?沙也加さん……、お子さんいますよね?『侑輝くん』でしたっけ?離婚して、子供を置いてきて、『生きがい』っておかしな話じゃないですか?」




その言葉に、私の体は震え鳥肌が立った。




「……どうして……それを……」



「北川彩月ちゃん、知ってますよね?あそこの家族、うちの美容室の常連なんです……」




彼のお父さんが、彩月ちゃんの家族と繋がっていたと知り、目の前が真っ白になった。




「彩月ちゃんのお母さんが、侑がいるかと思って、はなまるに寄ったら、昔の知り合いがいたって……あなたですよね?」




「…………そう、です」




「……失礼な話かも知れないが、離婚して、子供を置いて来るような人が、手のかかる侑の面倒を見れるとは思えません……侑の世話をする前に、侑輝くんの所に戻って、自分の息子に、愛情を注いだらどうですか?」



「おっしゃる……通り……です」




私の目からは涙が溢れ出し、それが流れ落ちないように、上を向いて必死に堪えた。



「決して意地悪で話しているのではなく、2人の将来を考えて話しています。侑はまだ子供で未熟です。沙也加さんだって、健常者とお付き合いした方が、絶対幸せになれます」



「……はい」



「少しずつでかまいません。うまく交わして、侑と距離を取って下さい。そうすれば、侑の気持ちも、すぐ冷めます」



「分かりました」



「ではこれで失礼します」



彼のお父さんは、私と目を合わせる事なく部屋を出て行き、


"バタン"


と扉が閉まった瞬間、私は泣き崩れた。



私にはもう、この町を出る選択しか残っていなくて。


少しだけ見え始めていた、生きる希望と、もしかしたら、昔の自分に戻れるんじゃないかと言う、かすかな期待が、一気に消え去った。



私は再び、逃亡者たち



美味しくて大人気のフィナンシェは、砂の味がした。

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