ブレーキとアクセルと、地雷も踏む
僕の果たすべきミッションは鳥海社長からの、あの短い電話で告げられたことに尽きる。“石田先生を指名する”。先生の指導時間を極力僕で埋めることによって彼の恋路を邪魔するのが目的だ。
誤解はしないでほしい。何も、彼がストーキング行為を働いたというわけではない。ただ異性を想って、それに伴い取った行動の結果が少しばかり不幸だっただけの話だ。少しばかりというのは防げることであったという意味であって被害が軽微だったというわけではない。防げなかったことで、被害者にとってはその後の人生を大きく左右される重大な変化をもたらしてしまった。
石田先生は好意を持った女性を引き留めたくて幾度となく―――難癖とも取られ兼ねないような指摘をするなどして―――合格させず実習を長引かせた。助手席で石田先生の運転を見学するだけ、なんてことまであったようだ。成人している生徒には吹っ掛けるという風潮も相まって同調する教員も出て来る。その教員らが石田先生の気持ちに気が付いていたのか、そうでないのか。あるいは気が付いていて協力してやろうなんて気持ちもあったのか。
何にしても被害者である彼女にとっては、当人の意思とは無関係な悪いことばかりが重なった故に起こった惨事だ。自動車学校へ通うのが初めてだった彼女が「そういうものなんだろう」と腑に落ちたことは幸いした。気が付かない方が幸せということはある。
後になり事務員から、彼女に20万円を超える追加の支払いが発生したと聞いて石田先生は愕然とした。同僚たちには「おかげでボーナスが弾んだ」などと感謝の言葉で茶化され、彼の罪悪感と自己嫌悪は更に深まった。卒業してしまったが最後、彼女に会うことも叶わないし贖罪もできない。たまに道で見かけることがあっても彼女は常に傘をさすようになっていて目を合わせてくれなかった。こっちを向いてくれもしない。
これは石田先生を救うミッションでもあるのかもしれない。自業自得であるにしても、それによる後悔は防げるはずだ。誰も幸せにならないよりは彼女に不幸が起こらない未来の方が良い。
もうお解りだろう、その石田先生の好きな女性というのが僕のアイス仲間である朝倉さんだった。彼女の運転する教習車とすれ違う時、石田先生は咳ばらいをして何故か窓の上の取っ手を掴んだ。不自然なことこの上ない。
「今日は午後からお出かけになるんですか?」
曲がり角を過ぎて僕がブレーキから足を離すと先生が話しかけてきた。また咳ばらいをしている。僕は今日、午前中にこの一時間だけの乗車予定だった。朝倉さんが午後からおばあちゃんと一緒に病院へ行くと言っていたから、僕も市役所へ行くのを今日の午後に決めた。石田先生と朝倉さんの空き時間を被らせてはならない。
―――――ならないのだろうか?
疑問と石田先生への申し訳なさが少しだけ残るが、被らせないように僕は動くし、その為に乗車以外の用事は朝倉さんか石田先生のどちらかが不在の時に入れるようにしている。
「市役所に行く予定です」
「ふうん」
今日出かけるのは最初のミッションになる予定だった案件の下見になる。市役所と言っても他県へ行くから小旅行のつもりだ。本当は車で行きたい。予定していたミッションにいよいよ着手できることで浮足立ってしまい、妙なテンションになっていたのは否めない。だから昨日は飲み過ぎてしまったし、あんなわけのわからない手記を書いた。江戸村へ行きたいだなんて口を滑らせてしまったのも僕がはしゃぎ気味だったせいだ。
「・・・・・・旅行ですか?どなたと?」
石田先生の口調が鋭くなり、機嫌を損ねてしまったという悪しき空気が車内に充満している。せっかく世間話を振ってくれるようになったかと思えばこれだ。低周波のようなピリピリが肌を刺す。先生が僕の動向に興味があるわけではないなんて解っている。僕が朝倉さんとどの程度親しいのか、あわよくば朝倉さんについて知れることがあれば引き出したいところもあるだろう。石田先生に悪意は無い。彼はこじらせているだけなのだから。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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