おセンチすぎて泣いちゃいそう
7月31日 9:00
荷物は全て持った。ボストンバッグと海外旅行用のスーツケースを一つずつ。普段から使っているポストマンバッグは肩から斜め掛けにした。あとは消耗品の入った紙袋。身に着けている所持品は一緒に移動できるとマユルくん経由でリヒトさんから言われている。結局リヒトさんと直接の会話をすることは叶わなかった。
このドアはこれほど重かっただろうか。バタンと重厚そうな音が2階の廊下に響き渡ったような錯覚に陥る。鍵を閉める音もやけにガチャガチャと耳に障った。本棚と脱ぎ捨てた服だけを残して、
7年間お世話になりました。高校を卒業して、就職するのと同時に住み始めたワンルームは社長が用意してくれた。煙草で壁を汚してしまったから昨日は丸一日かけて全力で掃除した。当時は新築だったが経年劣化だからと二回も家賃を安くしてもらった。大家さんも良い人なんだ。泣いてしまいそうだったから挨拶は少し前に済ませておいた。
自分では何もできないという事実を突き付けられた気がした。誰かに感謝する時っていつもそうだ。生かされているというのはこういうことなのだろうか。何もかもお膳立てしてもらっているくせに自分だけは自立しているつもりでいる。そう考えると少しだけ不安になった。僕を知る人のいない世界で明日からは独りで生きてゆく。
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階段を降りて庭に出ると陽射しが眩しくて、まだ早朝だというのに肌がジリジリ焼かれる感覚がある。駐車場には既に二人の姿があった。一服中のようだった。この暑いのに火まで
「おはようございます!」
僕は無駄に元気いっぱい肘を伸ばして、天へ向かって拳を突き上げた。
「うっす」
「おはよう」
朝が苦手なのか寝癖頭のマユルくんは気怠く、まあいつも通りで。千明さんもいつも通りに。二人とも僕を真似して拳を天へ突き上げる。
今日は長旅になる。これから茅ケ崎へ行った後リヒトさんのいる病院へ向かう。今夜は三人で病院の近くに宿泊することになっている。
もうこの家へは戻って来ないと思うと、やっぱり寂しい。懐かしくて前を通ることも外から見上げるなんてこともできなくなるのだ。明日には僕を取り巻く景色がそっくり入れ替わる。まあ、そのうち慣れるんだろうけど。
「荷造りは完璧か?」
「お・・・おう」
「弱いな」
確認されたら自信がなくなった。財布とスマホを入れたポストマンバッグ以外の荷物を白いFREEDの荷台に積み込む。「暑い」と当たり前のことを言いながら二人も手伝ってくれた。
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今日は三人で運転を交替しながら茅ケ崎へ向かうことに決めていた。
「お昼は何処で食べるか」と話し合った結果、横浜中華街という案が出るや横浜に寄るならばランドマークタワーも捨てがたい、赤レンガ倉庫に最近行ってないと論争を繰り広げる事態に突入し、結局豚まんを買って仮の昼食となった。またお腹が空いたら何か食べれば良いと譲歩し合った形になる。
「泊まりで来たかったな」
マユルくんがポツリと呟く。「また今度」とは誰も言えなかった。「ごめん」とも。
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買い物は楽しかった。思えば学校の行事でもない遠出なんて初めてだ。
「そんなの着てたら目立つぞ」
「目立てよ、最先端をいけ」
僕が手にしたパーカーを千明さんとマユルくんが冷やかす。人気アニメのコラボ―レーションイラストが描かれたものだ。
「いや、目立つのはちょっと」
もともと服に頓着しているわけではない。
「
「まだユニクロってねえんだよな?」
「車の免許どうするんだ?」
千明さんとマユルくんとも、なんだか昨日の夜に「おまえら」としたみたいな話をしている。
[環境が違ったくらいで人の興味なんかそんなに大きく変わらないんじゃないか?]
【そう言ってもらえると馴染める気がしてきた】
【ありがとう】
[大丈夫だ、俺たち皆ダサいから]
【心強い】
[会いに来るまでの服の話だろ]
[服を買いに行くのに着る服]
僕は
辻堂のショッピングモールでコーヒーを買って、そこの駐車場に車を停めたまま僕は近くの花屋さんに行った。
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