第72話

「次に会うときもずっとこうやって当てこすられるの!?く、くそ、しにたい……!」


 頭を抑えて俯く。


 毎度毎度こんだけちくちく刺されたら溜まったものではない。必殺仕事人ならぬ必殺お針子さんとでもあだ名をつけてやろうか。


 言い返せないうっぷんも相まって、私はしばらく唸り続けた。


「ユキは、帰ってきたくなかった?」


 勢いよく顔をあげた。


 アルがベッドに頭を預けて、恐る恐る私を見上げている。


 捨てられた子犬のような、迷子になった子供のような…。今まで幾度となく見てきた表情。


 でも前とは違う。前はもっと駄々をこねて泣きわめいてそして文字通り暴れていた。でも今はこんなに静かなのだ。


 私は笑った。


「ううん。嬉しいよ。アルと一緒に居られて嬉しい」


 私の一言で、アルは途端に上機嫌になった。顔の周りに花が咲いたよう。


 勢いよく身を起こすと、キャスター付きの椅子を転がして私の枕元まで滑りよってくる。

 そして、ベッドに身を起こす私の体に勢いよく抱き着いてきた。


 こら。一応病人だぞ。まああと数日もしないうちに退院できるしぴんぴんしてるが。

 どっちにしろアルにはそのあたりのこと教えてなかったから、後でちゃんと言い聞かせないとな。


「大好きだよ、ユキ!世界が終わっても、終わらなくても……一緒に居ようね!」


 アルの声は随分と嬉しそうだ。朗らかに楽し気に、そうして私にすり寄ってくる。


 手を伸ばした。アルの頭にそっと手のひらを当てて、ゆっくりと撫でおろす。アルの髪の毛は相変わらず絹糸のような滑らかさで、随分と手に馴染んでしまっていた。


「はいはい。お付き合いしますよ、魔王様」


 私の魔王。突然隣に降ってきて、私の生活を破壊した恐怖の大魔王。今はもう力も何もないけれど、その本質は変わらない。今後もまた私の生活は、この魔王に支配されているのだと思う。でもいい。それが私の選んだ道だ。


 私の隣の大魔王。観念した。降参だ。こうなったらどこまでも一緒に歩いていきましょう―世界の果てまで、その先まで。


 人間じゃないその温かさに触れながら、私はそっと笑みをこぼした。どうにもこうにも顔が緩んでしょうがないのは、隣の体温のお陰かもしれなかった。




「ユキが急に冷たい……魔王様ってなに……」


「そこ気にしちゃうかあ…」


 本当に、手のかかる魔王様だ。

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