第一話 今すぐ君に会いたいからって物理でカフェを壊すな
第1話
「さっきはごめん」
「…いや、どれについて?」
私は思わず反射で聞き返した。辺り一帯寒風が吹きすさび土埃が立ち上る。目に入るのはひたすら瓦礫、瓦礫、残骸破片その他建物だったものの山。いや多分建物じゃなかったものの含まれているが、とにかく。さんざんな破壊の残骸が辺り一面に転がっていた。
目の前のそいつ−この惨状の原因−は、物憂げに目を伏せた。じっくりと何かを考え込むような表情でしばらく黙り込み、熟慮の末に重苦しい唇を開くと。
「怖い思いさせちゃってごめん…」
「そっちかぁ~」
やらかしたことが多すぎてどこから手を付けたらいいのやらと思ってたけど、それか。よりによって言うことはそれだけなのか。
どう考えても私の気持ち云々の問題ではない。まず謝るべきは私の居たカフェごと吹き飛ばしたその暴挙からであり、謝る相手はカフェのオーナーあるいは店長からだろう。そして何よりも中にいた沢山のお客さんに対してだ。
私にかすり傷一つないのと同じようにお客さんにもけがはないようだが……怪我しなかったから大丈夫、ではない。
いくら魔法で守ったからと言って、突然お茶を飲んでいた店が倒壊する恐怖感も、目の前に迫りくるがれきの山もすべてが本物だ。突然こんな大破壊に巻き込まれた彼らの心労は計り知れない。
対して私にはかすり傷一つなく、受けた被害と言えば服が多少汚れた程度のもの。正直言ってしまうとこんな事態には慣れっこなもので、怖い思いもクソもないし。ああまたかという諦念があるだけ。だから私に謝るよりもまず、自分のしでかしたことを自覚して反省してほしいのだが……。
しかし、問い返す私に対して、目の前のそいつはきょとんと目を瞠った。
「それ以外に何かあった?」
軽く頭を傾けて心底不思議そうに私に問いかけてくる。身長180を超す長身男性(見た目だけは成人相当)がこてんと小首を傾げる様はギャップでちょっと可愛いが、しかし所業は可愛いどころではない。あっ、また私の背後でがれきが崩れた。
口からでっかいでっかいため息が漏れた。
「アル。なんでお店壊したの」
「ユキのとこに行くのに邪魔だったから」
「私としゃべりたいなら普通に店のドアを開けて入ってください」
「壊したほうが早いよ?」
「物を勝手に壊しちゃいけません」
「うん。だから後で直すね」
「直せばいいってもんでもありません。そもそも力をほいほい使っちゃダメなの。言語道断です」
「ゴンゴドー団?今度はそいつらと戦えば良い?」
「違う。しちゃだめって意味。前から何度も言ってるよね?」
「覚えてるよ。でも我慢できなくて」
「我慢して。しなきゃいけないの。人の物でもそうじゃなくても、所構わず壊したりなんか絶対ダメ。それに店の中には私以外にも沢山の人が居たよ。あの人達も危険な目に遭って、怖い思いをしたよ。ごめんなさいは?」
そう言った瞬間、アルの顔が一気に怒りに染まった。
やばい、ツノ見えるツノ。感情が高ぶるといつも隠せなくなって出てきてしまうそれが、アルの側頭部から覗いている。
「あいつら!ユキの身体に近かった!」
「一緒の店にいただけだよ」
「特にあの男!ユキにべたべた触ってた!」
「機関の人と情報交換のために隣に座ってただけ。お互いろくに触れてすらいないってば」
「それに怪我させてないよ!僕覚えてる!人に怪我させちゃいけないってユキ言ってたもん!」
「そうだね。ちゃんと守ってくれたね」
「偉い?ほめて!」
「偉いね。いいこだねアル」
「えへへ、ぼく良い子!」
私の投げやりな誉め言葉一つでコロッと機嫌が戻る。側頭部から覗いていたツノもしゅるしゅると萎んでいって、今はすっかりと元通り。
つるんと綺麗に頭蓋骨の形が覗く頭からは、おどろおどろしい角が生えていた気配など微塵も感じられなかった。アルはもう、私に褒められたことに気を良くして笑顔を見せるだけだ。
笑顔は可愛いんだよなぁ、笑顔は。素直だし純粋だし私のこと無邪気に慕ってくれるし。所業が可愛いどころじゃないのが大問題なんだけど。
もう一度、しっかりじっくりとアルに対して反省を促す。勝手に物を壊しちゃダメなこと、人を巻き込んじゃいけないこと、怪我しなかったからセーフじゃないこと、そもそもただ私が人と話していただけで暴走してはいけないこと……。
「守れないならもう一緒に居られないよ」
「やだ!!!」
アルは途端に真っ青になると、私をいきなり抱きしめた。潰れた蛙のような声が出る。
見た目は完全に成人男性、大変なイケメンであらせられるアルが、まるで寄る辺ない子供のように私に縋りついている。
「やだ、やだ、やだ!ユキ行かないで!置いてかないで!良い子にするから!」
「ちょ、ギブギブっ、くるし」
「ユキ、ユキ、絶対どこにも行かないで!僕やだよ!ユキと一緒じゃなきゃやだ!」
「わか、だいじょ、わかったから!離して!緩めて!」
それでもアルの拘束は緩まず。私の脳内には確かに三途の川が見え始めていた。
途中で気づいたアルがはっと腕を緩めてくれたからよかったものの、今度はものすごい勢いで揺さぶられて中身を吐き出しそうになった。やめて、と言うことすら難しい。
ぐわんぐわん揺れる視界の中で、泣き出しそうなアルの顔がおぼろげに映る。
「ユキ、やだ!死なないで!ユキが死んじゃったら僕……世界滅ぼしちゃうから!」
ああ、だからそれが駄目なんだって。そう言いたくてもうまく言葉にならなかった。
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