第2話

①全員に咲いているわけではない。咲いている人と咲いていない人がいる。

 ②花の種類は人それぞれ、数もそれぞれ。花という以外に統一性はない。

 ③本人たちに自覚はない。というか私以外に見えていない。おかげで朝から散々頭のおかしい奴扱いされた。まことに遺憾である。

 ④花が咲いていることによる実害は特になさそう。花が咲いている人もいない人も普通に生活しているし、体に異常があるようには見えない。

 ⑤花が咲く・咲かないの基準は不明である。


「こんな感じかあ」


 かちりとシャーペンをノックする。今まさに削れた分の芯が繰り出されて、また問題なく書けるようになった。


 目の前の日本史のノートに書いた文字列に続けてもう一度手を伸ばすが……結局、何も書くことがなくて諦めた。


 シャーペンをその場に転がして、私は背もたれに寄り掛かる。


「……ほんとに。どこもかしこも花ばっか」


 横目であたりを見回す。隣で寝ている男子生徒の頭にスミレが。前方で集団で会話している女子たちの頭にコスモスが、スズランが、桜が、薔薇が。


 その隣の男子二人組のうち、一人には大輪の牡丹が咲き誇っているが、もう一方には何の花も生えていなかった。


 反対側で話している女子たちの頭には何もなく、かと思えば今ちょうど教室に入ってきた日本史の先生の頭には見るも鮮やかな朝顔が―といった次第である。


 朝校門の前で待ち構えていた生活指導の先生の頭には生えていなかったり、ところが一限の古典の先生にはハイビスカスが咲いていたり。二限三限の先生も咲いていなかったり。


 基準がさっぱりわからない。年齢性別性格雰囲気、その他どんな区分けで考えても彼らに共通点はありそうになかった。


(……いや、そもそも。なんで他人の頭に花なんか見えるようになっちゃったのかわからないんだけど)


 本当にどうしたと言うのだろう。私の頭がおかしくなって、突然幻覚が見えるようになったのか?


 しかし幻覚と割り切るには余りにも精巧に出来過ぎている。花弁の繊細さも造りの細かさも本物の花と遜色ない。近くで嗅いだら花の香でも匂ってきそうだ。


 あまり植物に詳しくない私がここまで精巧な花の幻覚を見れるものだろうか?自分の内面に関することだけに、私は早くもその可能性を放棄した。はっきり言って、自分の脳みそがそこまで出来のいい自信はなかった。


 でも、だ。だというならこれは一体何なのか。


 突然見えるようになった花、その基準も条件もまるで不明、何の意味があるのかわからない……。


 ひとまず実害はなさそうなのが救いだが、かといって不気味なことに変わりはない。気にしないようにと思っても視界に入ると目で追ってしまう。今もまた、日本史の先生が説明する授業の内容に集中できず、その頭で揺れる朝顔にばかり視線が行ってしまうのだから。


(……ん?)


 ころん、と何かが目の前に転がり込んできた。くしゃくしゃに丸められた紙の切れ端だ。

 どうも後ろの席から投げ込まれたものらしい。授業中にはよくある、他愛ない悪戯である。


 私はそっと、先生にバレないように後ろを振り返った。下手人の予想はついていた。


 私の後ろの席の男子。崎山トオル。何故かしょっちゅう突っかかってくるいけ好かない男である。


 またこんな子供じみた嫌がらせを、という気持ちでぎろりと睨みつけると、珍しく崎山は焦った顔をした。


 必死で手を顔の前で振り、違う、と言いたげなジェスチャーをする。


 自分じゃないと言いたいのだろうか?私が怪訝な顔で首を傾げると、崎山は何やら両手で何かを広げる仕草をした。さっき投げ込んだメモを広げろ、ということらしい。


 何が何だかわからなかったが、ひとまず投げ込まれたメモを広げる。くしゃくしゃの折り目のついた紙にはシャーペンで一言、簡潔な言葉が書いてあった。


『見えてる?』


 はっとして振り返る。崎山はいつも突っかかってくるときにふざけた笑い顔を引っ込めて、真剣な表情をしていた。


 そっと手を自分の頭の上に持ってくると、くるくるとその場で人差し指を回している。


 ちょうど、日本史の先生の頭に花が咲いているのと同じ個所だった。


 ぱっかり口が開く。崎山はその表情で私の考えを悟ったのか、妙に納得した顔をしていた。

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