第1話
「水面を走りたい」
うちのクラスの馬鹿がまた何か言い出した。
○
うちのクラスには三人の馬鹿がいる。詳しい説明は省くが、全員余すところなく別方向に馬鹿だということだけわかっていてもらえればいい。君もそうそう頭痛を抱えて生きたくはないだろうから、これ以上は言わないでおこう。
その馬鹿四天王(なぜ三人なのに四天王なのかは後述する)の内が一人、葛西優斗がまた馬鹿を言い出したのが冒頭の場面だった。
昼休みの騒がしい教室。机で顔を突き合わせながらメロンパンを食っていた俺は、一瞬沈黙してその馬鹿の言葉を受け止めた。
「水面を走りたい。こう、華麗に水面を滑って移動したい。それで池や川があるから平気だと思ってた敵の度肝を抜いてかっこよく登場したい」
「敵って誰だよ。そもそもどういうシチュエーションだ?背水の陣でも敷いてるのか?」
「それいいな。背水の陣で敵がそれ以上逃げられないと思うっているところを意表をついて脱走。もしくは敵の後背をついて一期に総崩れにする。ロマンだ……」
どこか遠いところに行ってしまっている優斗をしり目に、俺は最近のこいつの様子を思い出す。そういえばちょうど忍者漫画にはまっていた気がする。どうせ水グモだの水遁の術だの見て簡単に影響されたんだろう。水がない場所でこれほどの水遁を……というやつだ。いやこれは水を呼び出すほうだからちょっと違うか。
ともかく。こいつの悪癖(漫画アニメにあまりにも影響されやすい)が今日もまた発動しているらしい。俺はまたかと呆れてしまった。
「いや、お前な。ちょっと考えればわかるだろ。人間は歩くまでもなく水の上では沈むよ。アメンボじゃないんだから。わかるだろ?」
「そう。それなんだよ。アメンボができるんなら俺にもできるんじゃないかと思ったんだ」
「自分をナチュラルにアメンボと同レベルにおけるお前の神経がわからん」
感心すればいいのか呆れればいいのか見下せばいいのかわからない。なんでアメンボにできるなら俺もできるはずだと思ったんだ?お前とアメンボの共通点なんて手足の本数と目の数ぐらいじゃないか。
「正樹。アメンボは昆虫だから足は六本だぞ」
「……いや知ってたね!それぐらい知ってたね!でもアメンボの足が四本だなんて勘違いしてないよ、俺は。お前の手足が六本あるかもと間違えてただけだからね!」
「そっちの勘違いの方が致命的だと思う」
う、うるさい!お前の行動があまりにも突飛だから少し勘違いしただけだ!俺は断じて馬鹿四天王の一角ではない!こいつらと一緒にしないでほしい!
「まあでも確かにお前の言うとおりだったんだよ。アメンボが水面で浮けるのは体重が一グラム以下の超軽量体だからなんだ。それ以上の体重だとアメンボみたいに表面張力を利用するのは無理になる」
「ひょーめんちょうりょく」
「そう。そうなると次に参考にすべきはバジリスクというトカゲだ。こいつはもちろん体重一グラム以上なんだか水面を走ることができる。というのも足がフリンジ状になっていてだな、これを水面に叩きつけることで反作用的に水上で体を支える力を受けているわけで」
優斗はよどみなく語った。人間が水面で沈むのは体を支えきれないからであってそのためには水面に足を叩きつけた時に生じる力を大きくしまた足を引き抜く際の抵抗を減らすことでうんぬんかんぬん。最初はギリギリ理解できた話がどんどん物理学の計算を交えた難解な問題になっていき、俺は開始一分ほどですでにお手上げになっていた。
「以上の計算より人間が水面を走るには毎秒四回、秒速30メートルで水面を叩けばいける」
「……それってどれくらい?」
「通常の人間が出せる筋力の十五倍ぐらい」
「どこがいけるんだ」
日本語にもう少し気を配ってほしい。通常の人間が出せる筋力の十五倍、人はそれを無理という。
「というわけで通常の人間が出せる筋力の十五倍の力でもって水面をぶったたけるフィン付きの器具を作ってみました」
「お前ほんと馬鹿だろ」
なんでそこまで一足飛びにやっちゃうんだしできるんだよ。机に突如として置かれた謎の器具(シュノーケリングの時によく見る足につけるフィン付き)を見ながら俺は胡乱な目つきにならざるを得なかった。
「どこが馬鹿だよこの世紀の天才に向かって。普通思い立ったところでこんなもん作れないんだぞ」
「だからだよ。そこまでの有り余る才能があってなんで費やす方向がこれなんだよ。もっと有意義な方向に活躍させろよ。そんなんだから先生にも『お前は頭はいいがそもそも壊れてるからダメだ』とか意味わからん事言われるんだよ」
本当になんでこいつはこうなんだ。先ほどのご大層な講釈や計算の示す通り、こいつはものすごく賢い。アニメやゲームに影響されて始めた勉強を瞬く間に吸収する。
だが馬鹿だ。どうしようもなく馬鹿だ。その発揮される方向が明後日どころか100億光年先にぶっ飛んでいくせいで、周りからも世紀の馬鹿として認知されている。
もったいない。本当にもったいない。こいつにまともな脳みそさえあればきっと相当な科学者か技術者として大成したはずなのに!そもそも本人がイカレているばっかりに!
「正樹。見損なったぜ。お前ってやつはそんなに腑抜けたやつだったのか?」
「おい今度は何をはじめてんだよ」
「どうして最初からあきらめるんだ!やる前から無駄だなんて言ってたら、何一つ成し遂げられないだろ!笑われてもいい、馬鹿にされてもいい、失敗してもいい。それでも勇気をもって進むのが『人の生きざま』ってやつだろうがヨ……!」
「……」
今度は何の漫画の影響だろう。どこまでも続くなんとか坂とか上り始めたかもしれない。だが、もはやどうでもよかった。そう。俺は忘れていたのだ。こいつの今の一言で目が覚めた……!
「へへっ。お前の言葉、響くじゃねえの。確かに俺は腑抜けてたみてえだな……」
「正樹……!」
「ああ。やろう、兄弟。水面を走るお前の姿、俺に見せてくれ……!」
がしっと二人で強く手を握り合う。なんだか教室の隅からまた葛西と東原が馬鹿言い始めたぞとか聞こえた気がするけど気のせいだろう。大体何を言われたってかまいやしないのだ。俺たちはなんと言われようと勇気をもって進む、それが『生きざま』ってやつだから!
「そうと決まれば今日の午後にでもプール借りようぜ!確か今日の水泳部は活動日じゃないだろ?」
「善は急げだ。今から荒センに許可を取りに行くか!ついてきな、相棒!」
「おうよ、兄弟!」
相棒なんだか兄弟なんだかはっきりしろよ。そんな声が聞こえた気がしたがこれも確実に気のせいだな!
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