星の守り人 21話 不法入国少年

 

「サテラ、降下準備は?」

「[準備完了しました]」

「よし、降下開始!」

「[了解しました]」


 ポッドがアメリカの大地に向かい射出される。地球に近づくにつれて徐々にスラスター出力を落とし、重力での加速へ移行していく。


「…」


 ポッドは4人乗りを想定されているためいつもは広く感じるが、今日はやけに狭く、居心地が悪い。単純に荷物が多くて狭いという事もあるが、一番の原因はコイツだ。


「コロナイザー…」


 こうしてまじまじと見るのは初めてかもしれない。戦闘時には見ている余裕なんて無かったし…きっと無意識に避けていた。戦うと決めたあの日からコロナイザーへの恐怖心は無くしたつもりだったし、実際戦った時に恐怖は一切感じなかったと思う。でも、コイツだけは違う。どうしても思い出してしまう、あの染みついた恐怖を、為す術もない無力な自分を。


「今はもう違う、戦う力が俺にはある」


 自分に暗示をかけるようにつぶやく、臆してしまえば進めない、止まっている暇なんてない。コイツをアレックスに届ければきっと交渉は進むはず、その間地球を守れるのは自分だけ、もう1度攫われた時の恐怖を思い出す。


(強くなるのにこの恐怖は不要だ)


 目を瞑り大きく深呼吸をしてから目を開きもう一度コロナイザーを見る。先ほどのような居心地の悪さはもう感じない。


 *


「おおぉぉぉ!!これが…人類の宿敵!」


 目の前にはボサボサの髪にメガネといったいかにも研究者といった風貌の男がハイテンションで舐めるようにコロナイザーを観察しながら叫んでいる。折原とレイラは今、ニューヨーク郊外にあるビルの地下フロアへと来ていた。


「おっと…ご挨拶がまだでしたね。オリハラケント殿、初めまして、私は国際連絡機構科学技術局にて研究員をさせていただいています…アレックス・ミラーと申します」


 独特のテンポで自己紹介をした後、大げさなお辞儀をするアレックス。


「初めまして、折原健人です。よろしくお願いします。」

「おぉ…これはまた素晴らしい!これが宇宙の技術で作られた自動翻訳機ですか!」


 どうやら問題無く翻訳機能は動作しているようだ。英語が喋れない折原の為に、リオが用意した新しいインカム型のデバイス、インカム型と言っても耳には入れず耳の裏側に張り付けるようにして装着される三日月状の装置で、元々折原が渡されていた腕輪型のデバイスと機能としては大きく変わらないが、顔に近い分音声や映像機能に優れている。

 今の様に翻訳機能を使う際はアレックスの声をデバイスが自動翻訳を行い骨伝導で折原に伝え、折原が喋った言葉も同様に自動翻訳してデバイスから音声として出力される。他にも通信時等に映像を見る際、今までは腕輪型のデバイス上に表示されるホログラム映像を見る必要があったが、このインカム型デバイスであれば視線の先にホログラム映像が投影されるため手は自由に動かすことが出来る。


「アレックスさん、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「おっと失礼、そうでしたね…それで、僕の仕事はコイツが地球にとって脅威である、という事の証明ということでよろしいですかな?」

「えぇ、今はアレックスさんが頼みですので、お願いいたしますね」

「お任せ下され!正直レイラさん方の技術力に対する情報規制は厳しいようでしたから、実物を見れる機会はそうそう無いと思っていました…僕の夢が早くも叶いそうですね」


 一瞬だけアレックスの顔が夢を見る無邪気な少年のような表情に見えた。


「そんな小さな夢で満足させないでください、ぜひ地球を救った功労者として歴史に名を刻んでください」

「歴史に名を刻む…研究者としてこれ以上にない誉ではないですか!それもいいですね、では早速…準備に取り掛からせていただきます」


 そう言うとまた大げさなお辞儀をした後、部下と思われる他の研究員達にコロナイザーの運搬を指示し、自分も研究所の奥へと歩いて行った。アレックス達と分かれた折原とレイラはポッドを着陸させたビルの屋上へと戻ってきた。


「さて…これで先ずは第一歩ですわね。オリハラさん、今回はアドバイスと輸送の件、助かりましたわ」

「いえ、俺は自分が思ったことを言っただけで、輸送に関しても俺が適任でしたから、当然です」

「そう言ってもらえるとありがたいですわ。さ、そろそろ日本も夜になってしますし、お母様が心配されますわよ?」


 時計を見てみると日本時間は19時半を過ぎようとしていた。いつもの放課後の訓練の時もあまり心配をかけたくないので遅くても21時までには家に帰るようにしている。そろそろ帰らなければ…


「ところでレイラさん、この場合どうやって日本に帰ればいいのでしょうか?」

「あー、いつもはキャリアーから直接降下していますものね。まぁポッドで移動も出来ますけど…せっかくアームズを持ってきているならそれで帰ってみるのはいかがかしら?」

「アームズでですか?でも、ポッドみたいにステルス機能が無いですし、目立ってしまいませんか?」

「…?、ありますわよ?ステルス機能」

「え…?」

「彼らから聞いていませんの?」


 3か月訓練していて一度もそんな機能の説明は受けていないんだけど?


「といいますか、星守の装備はほぼ全てステルス機能が付いていますわ。そのインカム型デバイスも出来ますわよ?」

「…まじか」


 星守すげぇ、じゃあどこにでも武器持ち込み放題じゃないか。これが地球で悪用されたらと思うとゾッとするな…


「どうせ彼らの事ですし、戦闘訓練以外ほとんどやってこなかったのでしょう?まぁそれが急務でしたからね。細かいことはまた明日、早くいかないと遅くなってしまいますわよ?ここの移動は宇宙より時間がかかりますからね」


 折原が使っているアームズ、BS-65の地球上での最大速度はマッハ4。ここから日本までまっすぐ飛んでも2時間ちょっと、かなり遅い時間になってしまう。


「そうですね…では、あとはよろしくお願いします。アームズ!」


 慣れた手つきでアームズを装着する。とはいっても呼び出せばあとは自動で装着してくれるので、折原は軽く手を広げて身を委ねるだけだ。機械の体に包まれて目の前が一瞬だけ真っ暗になる、すぐに視界は開けるがこれはヘッドアップディスプレイの映像、視界の端にレーダーや現在の残りエネルギー等を表示するパラメータが映っているのがその証拠、これが無ければ映像だとは気づかないだろう。


「問題無しっと…サテラ!ステルスモード!」

「[了解しました]」


 折原の指示を受けてアームズのステルス機能が起動、徐々にアームズの姿が見えなくなっていき、僅かに音を発していたスラスターの音もなくなり、そこにはニューヨークの明け方の静けさだけが残った。

 …特に変わったようには感じないが、ヘッドアップディスプレイ上には[ステルスモード]の表示があるので問題無く起動しているようだ。


「うん、ちゃんと機能していますわ」


 外にいるレイラもステルス機能が正常に機能していることを教えてくれている。


「ありがとうございます!ではまた明日」


 レイラに別れを告げると静かにニューヨークの空へと飛び立つ、目的地を折原の自宅にセットしつつ下を見るとこちらの方を見ながら手を振るレイラの姿があった。どうやらステルス状態でも星守同士なら居る位置が分かるようだ。目的地のセットが完了したアームズは一気に加速していき、レイラの姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「頑張りなさい…ここから先の未来はアレックスと、オリハラケント、貴方にかかっているのですから…」


 少し明るくなり始めた空を見上げながら、レイラがひとり呟く。

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