世界五千年前仮説
さめしま
第1話
人間の耐用年数はあと一ヶ月に迫っている。我々は早急に人体修繕措置を受けるべきだ―。
耳障りなハウリング。町中に広がる割れた大音声。ここ最近恒例になってしまった街頭演説を目にとめる人は誰もいない。周りに集っているのは元からの信者か雇われたサクラだ。だから私もそれを風景の一部として、気にすることもなく通り過ぎた。友達との待ち合わせ時間があと五分に迫っていた。
「ごめん、待った?」
駅前のロータリーで待っていた友人は気を害した様子もなく軽く笑った。寒さに身を震わせながら私たちはいそいそと本日のお目当てとなるカフェへと吸い込まれていく。キッシュやパスタのセットがおいしいと評判の店で、店内は人気相応に賑わっている。それでも早めに到着したおかげで無事に席に着くことができた。
二人とも目当てのセットを注文し、運ばれてくるのを待つ。やがてやってきた料理に舌鼓を打ちながら私たちは歓談に励んだ。最近の職場の話、仕事の愚痴、休日にあった出来事、お互いの趣味の話-ころころと話題を移り変わっている途中に突如としてそれは起こった。
「あ、そうだ。ミサキもさっき聞いてたよね。人類修繕計画」
ちょうどパスタを巻き取っていた私の手が止まる。もちろん聞いてはいたが、別に聞きたかったわけじゃない。ただ駅前で垂れ流されているから聞かざるを得なかっただけで。そう告げると、友人は突然こちらに身を乗り出した。
「ミサキ!あんたまだ人類修繕計画のこと信用してないの!?私たちの体はあと一ヶ月したら壊れちゃうんだよ!」
カフェにいた人たちが驚いてこちらを振り返る。ぺこぺこと周囲に頭を下げて、私は友人をひとまず席に座らせた。友人は声のトーンこそ先ほどより少し落ち着いたものの、相変わらず興奮に浮かされている様子だった。
「私もね、最初は怪しいと思ってたんだよ。今の人間が本当は誰かに作られたバイオロイドだとかありえないじゃん?だったら生まれてきてる子供たちは何だよって、機械が子供産んだらおかしいじゃんって。でも話聞いてたらきちんと科学的事実に基づいててね、そもそも私たちの細胞内に存在するミトコンドリアは元々別の生き物だったのが共生関係的に体内に取り込まれて定着したと言われてるんだけど」
「わかった、わかったから!ちょっと落ち着きなって!」
どうにか友人を落ち着かせて、話ができる状態まで持っていく。突然火がついたように話し始めるなんて一体どうしたんだ。前はこんな子じゃなかったのに。先ほどのようなまくし立てる口調ではなくなったものの、友人は変わらず話し続けた。
「ミサキも早く修繕受けなよ!このままじゃ一ヶ月後に動けなくなっちゃうよ!」
「ええと。あれだよね、私たちの身体は遙か昔に天才科学者が作ったバイオロイドだって言う」
「そう、その通り!なんだ、ミサキもちゃんと知ってたんだね」
友人は満面の笑みを浮かべると、滔々と語り始めた。曰く、人類は五千年前に滅んでいる。しかし唯一生き残った天才科学者が私たちの身体-今の人類の身体を作り上げた。
それは生体パーツによってつくられた完全独立生存式自律思考型バイオロイドであった。かつての人類と同じように呼吸や消化、運動や思考、そして妊娠から出産までありとあらゆる人間的な営為が可能であるという。
だが所詮は人間の産物だ。いくら神がかり的に設計された生体機械であっても限界がある。その耐用年数が来るのが人間-と言うより今の人類が滅びから復活して五千年目の今年。今日からちょうど一ヶ月後の日に私たちは誰も彼もが機能を停止し、一斉に沈黙する。
そしてそれに対抗するべく掲げられたのが人類修繕計画だ。街頭で演説していたあの団体、神造人類修繕結社は人類の始祖となった天才科学者の設計図を入手し、その全容を解明することに成功した。それを元に人体を『修繕』する施術を行い、我々が機能停止することを防ぐことが至上命題なのだと言う。
友人はここまでをなめらかに語り、得意げな顔のまま食後のハーブティに手をつけた。暖かいお茶を口に含みほっと頬を緩ませる様子からは、先ほどの狂信的な様とは結びつかなかった。
「……えーと。やっちゃんも受けたの?その修繕」
「もちろん!といっても怪しい物じゃないよ。事前にどういうことをするのか説明してくれたし、同意だってきちんと取ってくれる。もちろん手術を行うのに専門の機械やお薬が必要になるから多少はお金がかかるけど。でもぼったくられてるわけじゃない。最先端技術を使ってるんだから、お金がかかって当然でしょ?」
友人の目は輝きを失わない。自分の語る世界の真実と組織の理念を心から信じている様子だった。今この場で私がそれに異を唱えたらどうなるだろう。先ほどの勢いを思い出し、私は何も言えなくなった。
「だから早くミサキも修繕を受けなよ!お金がないなら分割払いの方法もあるし、相談にも乗ってくれるって言うからさ」
その後の食事はずいぶんと味気ないものになってしまった。どういう訳か全くおいしく感じないパスタを噛みしめながら、私は無理に笑うことしかできなかった。
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