第68話

「若、部屋までついていきますよ。みくじさんもさすがに若の部屋を滅茶苦茶になんかしません。きっとあの二人を肩に担いで別の部屋でお仕置きをしようとしたはずです。」



あの人抜け目ありませんから、と獅子さんは微笑む。

優しい獅子さんが私の手を引っ張り、キッチンを出た。

廊下はまだ騒がしくて、獅子さんの大きな背中に隠れながら部屋に戻ってきた。



部屋は破れたクッションとひっくり返った机があるだけで荒れてはいなかった。

獅子さんが直ぐ様机を直し、ベッドの横に正座すると枕を叩く。



「どうぞお休みになってください。五月蝿いのは後で沈め……静めておきますので。」



『あ、ああ……はい。』



言い直したのが若干気になったが、言われるがままにベッドに入ると獅子さんが私の手を握って、もう片方の手で頭を撫でてくれた。



『し、獅子さん?大丈夫っすよ?』



「寝るまで、お側にいさせてください。」



『いや、寝ずれぇわ。』



手汗気になる。

獅子さんの手は硬くて豆があった。



「では、若が寂しそうな顔をしている理由を教えて下さい。」



『寂しそう?僕の表情筋は死滅していると自負しているのですが?』



「はい。しかし、無表情でも貴女には心があるでしょう。顔に出ずとも出るときは出るものです。」



獅子さんの言っている意味が分からない。

私の頭を撫でる手のリズムに、目蓋が重くなってくる。



『む?獅子さんは悟りの境地にいるのか?こんな騒がしい家で寂しくないよ。』



「左様ですか。教えてくださらないのでしたら、せめて見守らせてください。」



『んー……うん……』



獅子さんの声が遠退いていく。

獅子さんの手は、父によく似ていて凄く安心する。

あったかいな……。



「おやすみなさい、紺さん。」



翌日起きると、部屋には誰もいなかった。

破れたクッションはなくなっていた。

そして、みくじさんからご丁寧な謝罪の手紙とお菓子がドアノブにかけられていた。



ちなみに、諭吉の頭には剃り込みが入れられていて、大吉の眼鏡は踏まれて壊れたらしくコンタクトになっていた。

二人ともげっそりとした顔をしていて、聞くと誰にも聞こえないくらいの小さな声で「シシサン、オニ」と片言で言うだけだった。

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