第41話
『今なんて?』
「望みはなんだ?」
なおも平然と、まるで倒れている桃里に興味がないように冷たい声。
『今それ聞くか?お前、仲間が怪我してんのに心配しねぇの?』
「お前がやったことだろ?それに、桃里から喧嘩売って負けた。無様だな。怪我する覚悟もないのに不良やってる馬鹿はいねぇ。甘ちゃんめ。」
「っ……り、んく……に、なま……ぃきっ……ゅ……な。」
荒い息で弱々しい声でも、私を睨む目を鋭くする。
『たしかに桃里が自分から向かってきて、僕は相手して結果として怪我させたな。悪いとは思うけど、同情は思ってない。自業自得だからね。でも、』
私を睨む桃里に視線を向け、立ち上がった。
戻ってきた諭吉がアイスノンを桃里の腕に当てる。
舞台に向かい、壇上に上がり金髪の前に立ち椅子に座る男を見下ろす。
『お前桃里の仲間だろ?リーダーだろ?呆れ通り越して笑えるわ……カス太郎。』
「あ?」
『リーダーなら仲間怪我させられたら心配するのが当たり前だ!!ららは僕に飛ばされてった仲間に駆け寄ってったぞ!?お前は心配するどころか仲間をなんだと思ってやがる!お前はただの人形か!?』
「黙っていりゃ綺麗事並べやがって」
『図星だから耳が痛いか!人形になってるだけなら楽だろうな?お前、カッコ悪いよ。仲間の敵討ちって向かってきたアイツの方がサムイけど、お前より格好いいわ。』
ガタンッ、と麟太郎が座っていた椅子がひっくり返り、私の胸ぐらを掴む。
顔に息がかかる距離で睨み合う。
隣の銀髪が空気を読まずにヒュ~と囃し立てる。
「ぶっ殺す。」
『てめぇのこと馬鹿にされたらキレるくせに、仲間殺られて知らんぷりとか雑魚っっ!!』
ゴンッッと額と額がぶつかり合い、脳が揺れる。
私はいつも父に挑んで、勝てたことはなかった。
しかし、唯一私の石頭には父も敵わなかったくらいの石頭。
「っ」
自分からやっておいて、あまりの私の石頭に奴は息をのんだ。
麟太郎も石頭なのだろう。
私も結構痛い。
顔が近すぎて気持ち悪いやら睫毛長いのも腹が立って、麟太郎の鳩尾に一撃をめり込ませる。
ちゃんと手加減した。
私が本気を出せるのは父だけ。
父と約束したのは、力加減を覚えること。
下手したら内臓破裂させたも可笑しくないらしい私の怪力。
麟太郎は顔を歪め、嘔吐しそうになったのを堪えた。
そのまま長い脚で蹴ろうとしてきたが、叩き落とした。
私と距離を取る為に後ろに下がり、張り詰めた緊張感。
「り、麟……紺くん、落ち着いて」
「うるせぇ!」
止めに入ろうとしたユウジも蹴り、あまりの威力にユウジの大きな体が吹っ飛ぶ。
麟太郎が蹴りを入れた瞬間、私は近くに転がっていた麟太郎が座っていた椅子を思い切り奴に向かってきた蹴りあげた。
『カス太郎っっ!!』
「てめぇも黙れっ!!」
椅子は麟太郎の後ろの壁にぶつかり、木の部分が壊れ、パイプ部分が曲がり壁にめり込んだ。
─────全部、ぶっ壊したい。
椅子を避けるために麟太郎がバランスを崩し、その隙にもう一度鳩尾に向かって蹴りを入れた。
「ストーップ!学校壊れてまうわ。」
蹴りが入る、その少しの隙間に一本の細い腕が伸びてきて私の足はいつの間にか俺と麟太郎の間にいる錦の手の中に収まっていた。
『っ!?』
「九条……」
「救急車来たで。會田くんは桃里の保護者的な立場なんやから一緒に行きや。この喧嘩、僕が預かるで。今回の“通過儀礼”は紺ちゃんの勝ち。紺ちゃんは今ここで“お願い”ってやつを発表せなあかん。」
な?と言って妖艶な笑みを浮かべる錦に、私も麟太郎も殺気も消え失せた。
頭に血が上りすぎていた……麟太郎の後ろに見える椅子を見て頭を抑えた。
短気はダメ、短気はダメ。絶対。
私は八雲紺。
八雲黒斗と柳青伊の娘。
“私は私、大丈夫”
『ご、ごめん……頭に血ぃ上りすぎた。ユウジは大丈夫?』
私の顔を見つめる錦は頷き、私の脚を離した。
「うん、いつものことだから。」
『ヴァイオレンスな日常だな。ユウジはアイツに理不尽な暴力振るわれても怒らないみたいだから、僕が代わりに怒ってもいい?』
「こ、紺くん?」
『アイツ、腹立つわ。』
「紺ちゃん?」
ユウジに近寄って、咳き込むユウジの背中を叩く。
ゆらりと立ち上がり、大人しくなった麟太郎の前に立つ。
奴は怒気を孕んだ目で私を睨む。
『カス太郎くん、これはユウジが蹴られた分だよ。仲間を殴る君はいくらお山の大将を気取ってもカッコ悪い。その内誰も君の周りにいなくなるかもしれない。君は人形だ。』
「っ、てめぇ」
『人形が嫌なら、考え続けなければならない。僕からの選別だよ。』
そう言って私としてはにっこりと笑おうとしたが、表情筋はピクリともしなかった。
そして、静まり返った体育館に粘りついた水音が大音量で響いた。
その場にいた全校生徒の目が点になる。
─────ジュビビビビッッッ
恐ろしく顔が整った麟太郎も目を白黒させて固まった。
何故なら、私が麟太郎のYシャツを引っ張り、それで思い切り鼻水をかんだからだ。
「「「っ……!!」」」
「ぶふっ」
「ぎゃははっ!!!」
呆けた顔をしていた錦は笑いを堪えるように肩を揺らし、大爆笑でお腹を捩って床に転げる銀聖。
私はそのまま桃里の前まで行き、一度桃里の頭を撫でた。
滅茶苦茶睨まれたけど気にしないよ。
そして高らかに声を張り上げた。
大きく息を吸い込み───『僕のっ、ゲホッッッゴホゴホッッ!!!』
「「紺……。」」
「紺ちゃん、おもろいなぁ!」
大吉と諭吉の呆れた声と錦の弾んだ声に一度咳払いして場を引き締める。
『僕のお願いはただ一つ!!明日、全校生徒で学校を大掃除することっ!!サボった人間はあそこにある椅子と同じ運命を追ってもらうので、覚悟しろーっ!!明日は全員自分ちの掃除道具を最低一つは持参しましょう!!午前9時に体育館集合!!それではほなほなグッパイ!!!明日会おう!!』
スタコラタッタ。
私は桃里が救急隊員に運ばれていくのを横目に確認して駆け出した。
慌てた大吉と諭吉が私の後を追って、嵐は去っていった。
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