第0―11話 追憶③
自分でも生きているのが不思議なくらい酷い有様。こんなことなら殺されてしまった方が良かったくらいに。
「っ―ぁ、み、そ……の」
「ああ、大根の味噌漬けは美味しいよな。それはともあれ……」
だが死にたくない。死にたくなかった。
「まだ息があるのか。死体遊びはもう飽きた」
男はもう逃げられないのに俺を組み伏せた。
「だれ、か、たす――け」
「ふん。助けなど来ない。助かるとも思わないだろう」
急所である脳味噌に、再度長い鋭突と化した鉄製腕を振り上げた。
「ム――」
だが男は自ら前言を撤回し、鉄の右腕を後方へ振り回した。
それはどこからやってきたのか。
地上から遠く離れた場所からミサイルのように男目掛けて飛来してきた眩しい光は、雄臣から男を剥ぎ取り、三十メートル後方へ吹き飛ばした。
「あ、ぁ……」
意識がぼやけてよく分からないが、男はこの地獄の地に降り立った光を冷淡に見つめている。今までの病的な目ではなく、的確に標的だけを確認するように。
「遊びに夢中になり過ぎた。本当は一匹拉致して後で楽しもうと思っていたんだが、なぜだろうな。人がわんさかいると全員殺したくなる。なあ、人間はゴキブリを平気で殺すだろう? それはゴキブリが勝手に人間の敷地内に入ったからで……、人間は無意識にゴキブリを下等生物として殺す。この場合、ゴキブリを平気で殺す人間と弱く簡単に殺されるゴキブリ、どちらが悪くて、どちらが救われるんだろうな」
だからこれまでの祖業を赦してくれとでも言うかのようになぜか謝るような物言いをした。
「……いい感じにイカレていますね」
感心しての言葉ではなく、軽蔑だけを込めた刃物のような声音。こんなひどい惨状にはそぐわない女性の声がした。
「赦しをくれないか」
「赦しが欲しいならその異能力を明け渡しなさい」
「それは無理な話だ。この
支離滅裂。それは赦しを乞う人間が向ける言葉ではなかった。
「分かりました。いつものことです」
光の手が男の方に向けられる。
光の手が更なる光を生み出す。
手から不自然に伸びた影は、あらゆる万物を斬るための刀として現実世界に顕現した。
「その刀――魔力殺しか。切れ味の良さそうな刀だ。ああ、いい、いいな! 一度ぐらい交わってみたかったんだ。そして願わくばオマエの美貌を醜悪なカタチになるまでズタズタに解体してやりたい……!」
欲望を我慢できず口にした男の表情は酷く醜悪に歪んでいた。
空気が殺伐する。
それは目の前にいる人の形をした光から発している感情の渦が起因している。
白い影は迷いなく、正面から疾駆した。
「
右腕を黒い鉄の鉈に変貌させた長身の男は、少女が振るう連撃を達人級の鉈さばきで次々と防いでいく。
だがそれを凌駕していくのが剣の達人であった。
正面から一切退くことなく翻弄する白い影。炎のように血塗れになった大地とその上に転がる瓦礫のような死体の数々。白影の勢いに押された男はバラバラになった肉塊を踏み潰しながら後退する。
対して女性は散らばった死体を避けながら男に肉薄する。
自らの腕を鋼の凶器に変えて戦う男とこの世に現存しない伝説の刀を具現化させて戦う女性。
お互いの武器が何度も打ち合い、そして女性は男の鉈を、右腕ごと、叩き切った。
「ぐっ」
腕からは夥しい量の血が流れ、異様に伸びた腕が地面に落ちた。束の間、男はそれをすかさず拾い上げ、切断部分にくっつけると溶接したように治癒させた。
あんなものが人間なわけがないと再認識される行為だった。ただそんな化物を上回る女性も化物であることには変わらない。
さらに男は左腕も凶器に変えていく。
それは鉈ではなく盾のように分厚い鋼の斧。
手数を増やした男は怯むことなく双刀を巧みに使い分けながら対抗し、女性の隙を伺う素振りを見せる。
だが女性は全てを見据えていて、反撃の隙など一切与えない。
幾度の衝撃音が繰り返された後、男が用いる武器はまともに戦えないほど破壊されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます