第16話 ペット
「うぷっ……お嬢様……もうこれ以上は、やめておきましょうよ……お腹が限界……うぷっ」
「ラーメン……おいしい」
籠乃女子きってのお嬢様――九条院エルは、千葉修太朗に同行を断られたもののラーメンという食べ物への好奇心が抑えきれず、お供をつれて近所のラーメン店をはしごしまくっていた。
たった今出てきたお店で、すでに三軒目。従者のお腹がすでに張り裂けそうなほど膨れているのに対して、エルのお腹にはまったくと言っていいほど変化が見られなかった。
「もう一軒」
九条院エルの口から従者にとって死刑宣告にも等しい言葉が放たれる。
従者の女執事は、今にも口からラーメンを出しそうになりながら、現実逃避のために視線を他へ移す。
すると、見覚えのある少年の顔が視界にうつった。
「お嬢様お嬢様、あちら」
「新しいラーメン屋さん?」
「違いますよ!」
「?」
女執事に言われて、九条院エルが視線を向けると、そこにはよく見知った少年がいた。
その少年の側には、籠乃女子の制服を着た派手な少女がいた。
次の瞬間、少年は少女に昏倒させられたかと思えば、そのまま車に連れ込まれてしまった。
「お嬢様、大変ですよ!」
「?」
「いや、今のはどう見ても……」
「ラーメン屋さん……」
「1回ラーメンから離れてくださいお嬢様!」
「?」
※
ぷるるるるるる。
スマホの着信音が聞こえる。
「……っ」
頭がくらくらする。
えっと、俺……なにしてたんだっけか。
たしか、揚羽とラーメン食ってそれで……。
そう――その帰りに、誰かに声をかけられたのだ。
「あ、目が覚めた~?」
「?」
顔をあげると、そこには1人の少女がいた。というか、知ってる顔だった。
「あんたは……ナンパしてきた」
そうだ。揚羽とラーメン屋に向かう途中でナンパしてきた女の子だ。
「覚えててくれたんだ~うれし~」
「そりゃあ忘れるわけがない。俺のこと好き好き大好き愛してるLOVEちゅっちゅって言ってくれたんだからな」
「言ってないね」
「悪い。ちょっと頭がくらくらしていてな。記憶が曖昧っていうか……もしかして、あんたは俺の彼女!?」
「記憶混濁しすぎじゃないかな!?」
どうやら違うらしい。
「ん?」
ふと、違和感を覚える。
手足が動かせない。見ると、俺は手足を拘束されて地べたを這いつくばるような形で横たわっているではないか。
そんな俺を見下ろす少女――。
「もしかして、俺……なにかのプレイの最中なのか!?」
「記憶戻ってきて!?」
――記憶インストール中。
「はっ!? 思い出した! あんた! 俺を攫ったやつだろ!?」
「ピンポンピンポン大正解だよ~♡」
全部思い出した。
揚羽とラーメン屋で別れた後、俺は彼女に声をかけられた。で、後頭部に強い衝撃を受けて、俺はそのまま意識を失った。視界が暗転する間際、俺が車に乗せられるところまでは、はっきりと思い出した。
「……」
冷静になって周囲を確認する。
見たところ俺が拘束されている場所は、体育倉庫のようだ。出口は鉄の扉で固く閉ざされているし、扉と反対側にある小窓は位置が高いうえに、格子がついていて抜け出ることもできない。
相手は女の子だから、最悪強引に脱出も可能かもしれない。だが、そもそも手足を拘束されているので、その手段もとることができない。
脱出不可能の文字が、脳裏に浮かぶ。
「状況は分かったかなぁ~?」
「……」
「君は手足を拘束されていて、自由に身動きはできないよん♡」
なら、大声をあげて助けを呼ぶか?
「大声をあげて助けを呼ぼうとしても無駄だよ~ん。この時間はここ来る子はいないし~? そもそも、外に声も漏れにくいからねぇ~」
「?」
そういえば、ここがどこかの体育倉庫なのは分かったが、どこの体育倉庫なのだろうか。
その答えはすぐ分かった。少女の制服――籠乃女子の制服を見て、なんとなく察した。
「……あんた、目的はなんなんだ?」
「なんだと思う~?」
「だるっ」
「うちの目的はねぇ? ご主人様の願いを叶えることだよん?」
「ご主人様?」
「こう言えば分かる? 君の好きな人♡」
「……」
好きな人。
否、好きだった人。
もしかして――。
「あんた……先輩の関係者……なのか?」
思い出すのは卒業式の日のこと。
狂気に染まった顔で、俺を追いかけてきたあの人――。
「うちはご主人様のペット序列第4位なんだよ! すごいでしょ!」
「……いや、意味分かんない」
「え~? 分かんない? ようするに、4番目にお気に入りってことだよ~」
「意味分からないわ……」
そういえば、あの先輩は何匹か奴隷がいるみたいな話をしていた気がするんだけど。
「えへへ~」
こいつがそうなのか?
「で、その4位様が一体なんのようで? 先輩の願いを叶えるってなに?」
「実はご主人様ね? 君に逃げられちゃってから元気がなくて……きっと君のことすごくお気に入りなんだと思う」
「あれ? なんかどっかで聞いたことがあるような展開になる予感」
「本当はうちが1番のお気に入りになりたいんだけどぉ……でも、ご主人様が喜んでくれるならいいかなって! そこで、うちが君をご主人様の奴隷になるよう説得しようと思ったんだ! あわよくば、ご褒美に可愛がってもらえるかもしれないし♡ ふへ、ふへへ」
「いかれてやがる!?」
あのいかれた先輩のペットなんだから、そりゃあそうだよね!?
「というわけで、ご主人様のペットになって?♡」
「なるわけないだろ!?」
「ならないとひどい目に遭わせます」
「こわっ⤴」
一体どんな目に遭わせられるんだろう。とてもドキドキする。恐怖で。
「くそぅ! なんとか逃げられないか!?」
「こらこら、じたばたもがいちゃめーっ! 結んだ縄が解けちゃうかもしれないじゃん!」
「そんな甘いのかよ」
「うち、縛るよりも縛られる方が好みだから♡ 結び方分からなくて、適当に結んじゃった♡」
「よし! なんとか解いてやるぜ!」
「あ~悪いことする子にはおしおきだな~」
ばしんっ!
唐突に、耳元で破裂音が響く。見ると、4位様の手には黒光りしたムチがあった。
「そ、それは……」
「うち、しつけるよりもしつけられる方が好きだから……手加減できなかったらごめんね?」
「だらだら」
汗が止まらないぜ。
「今、ご主人様のペットになるって言ってくれたら許したげるけど、どうする?」
「……」
「うち、これから同じご主人様のペットになる人をあんまり傷つけたくないなぁ。どうせ可愛がってもらうなら、ご主人様の方がいいでしょう? ね? だから――」
「ふざけんな」
「……」
「俺に脅しは通用しねぇ。自分の意思を他人に曲げられるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「……ふーん、そっか。君、つまんないね」
今までの甘ったるい口調から一変。底冷えするような声音で、背筋が凍り付く。
「じゃあ、どこまで我慢できるか……見させてもらおうかな」
「!」
ああ~ムチ、痛そうだなぁ……。
と、ムチが4位の手によってしなろうとした寸前――「ばんっ!」と勢いよく鉄の扉が開いた。
反射的に意識をそちらへ向けるとそこには――。
「君、ライン超えだよ」
目のハイライトがない揚羽が4位様を睨んでいた。
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