ちょうどいい距離感だった女友達が、最近距離感バグってる
青春詭弁
ちょうどいい距離感の女友達
第1話 恋に恋する男子高校生の独白
「怖がらなくても大丈夫ですよ! 君のことちゃ~んと可愛がってあげますから! だから、逃げないでください? ほら、私の胸に飛び込んできてください。ぎゅ~って抱きしめてあげますから~」
「ひいぃぃぃいいぃぃぃ!?」
逃げろ逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ。
頭の中では、警報のように「逃げろ」という言葉が鳴り響く。それは一種の生存本能なのだろうか。とにかく、俺は走る。
「はぁ! はぁ!?」
呼吸が苦しい。膝がだんだんと上がらなくなってくる。それでも、俺は言うことを聞かない脚にムチを打ち、強引に前へ前へと進む。
逃げろ逃げろ。
なぜ本能がそう囁くのか。一瞬、なぜ自分はこんな必死になって逃げているのか。それらが分からなくなる。だって、俺を追ってきているのは、俺の想い人なのだ。
好きな人からこんな必死になって逃げる必要があるのだろうか?
「っ……!」
疑問が浮かぶ。それでも俺は足を止めない。きっと捕まれば、俺は俺でいられなくなる―確証はないが、確信があった。
「うふふ、どこまで逃げても必ず捕まえてぇ……この首輪をつけてあげますからねぇ? 後輩くん♡」
「ひええぇぇぇぇ!?!!?」
黄金色の空の下。通う高校のグラウンドからは「カキーン」と、ボールがバットに当たる音が響き渡る。そして、陸上部が「いち、に、そーれ」と、集団でランニングする横を全力で走ってすれ違いながら――。
「どうしてこうなったっ!?」
夕陽に向かって叫んだ。
※
俺――
両親をはやくに事故で亡くし、母方の祖父母に引き取られた。そこで俺は、祖父が開いていた空手の道場に入り、しこたま祖父にしぼられた。
おかげで体は丈夫になったし、風邪だって引かなくなった。祖父は少し厳しいところがあるものの、むしろそうやって育ててくれたことに感謝しているくらいだ。
それは空手をやめた今も変わらない。では、なぜやめたのかというと、俺にやりたいことができたからだ。
祖父のもとで空手を続ける毎日を過ごす中学時代。特にそれを不満に思ったことはない。だが、ある出来事が俺を変えた。
「これ面白いから。読んでみ」
「ん?」
ある日、同級生から1冊の漫画を借りた。タイトルは「どきどきメモリアル」というラブコメであった。
「ぺらり」
さっそく家に帰って読んでみる。
「ぺらりぺらり」
読み進める。
「……ほうほう」
さらに読み進める。
「……」
……。
「あ、あまあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
甘かった。
口から砂糖が出てきそうとはこのことか!
それ以来、俺はラブコメの虜となった。だが、ラブコメと言っても、なんでもいいわけではない。ドロドロの三角関係とか? そういう感じじゃなくて、主人公とヒロインの純愛が好きなのだ。
本棚の本を手に取ろうとして、お互いの手が触れ合う瞬間―。
不慮の事故でお互い密着してしまい、「こいつの体ってこんなしっかりしてたっけ……」と幼馴染に男を感じるヒロイン―その逆もまた然り。
純愛こそ至高。
純愛は正義。
純愛がすべて。
まあ、食わず嫌いはよくないとNTRものも触ってみたことがあるが――。
「うわあぁぁあぁぁぁあぁああああぁぁあぁあぁあぁあああぁあぁぁぁぁ!?」
三日三晩くらい脳裏にヒロインがNTRされたシーンが思い浮かび、その後の展開とかを考えてしまい、さらに発狂。自室のベッドの上で頭を抱えてのたうち回り、祖父母をとても心配させてしまった。
これが俗に言う「脳が破壊される」感覚なのだろうか。頭の中がぐつぐつ煮えたぎり、胸がずっと苦しい感覚は最悪だったとしか形容しようもない。
ともかく、俺はそれから片っ端から純愛作品を見るようになった。媒体問わず、アニメだろうが、ゲームだろうが、漫画だろうが。純愛ならなんでも触った。
そうしているうちに、俺の中にある1つの欲求が生まれた。
「……俺もこんな恋愛がしてみたいなぁ」
フィクションへの憧れ。
自分の物語の主人公のようになりたいという羨望。
「高校生になったら……俺にも……こんな出会いが……!」
恋に恋する――とでも言うのだろうか。
俺はフィクションの恋愛に強い憧れを抱き、高校生になったら絶対漫画やアニメのような純愛をしようと心に誓った。
そのために空手をやめて、自分磨きに奔走した。
いつか出会う俺のヒロインに、ちゃんと振り向いてもらえるように――。
今思えば、これも一種の中二病なのだろう。我ながら夢見すぎだし、痛々しいにもほどがあるのだが……それでも当時の俺にとって、それは凄まじい原動力となっていた。
そんなこんなで祖父母の家から少しだけ離れてはいるが、ラブコメするのによさそうな学校――
飛翔高校を選んだ理由はいくつかあるが、一番の理由は屋上が解放されていることである。フィクションのほとんどは屋上でさまざまな青春イベントがあるが、現実は世知辛いことに屋上が解放されていないことが多い。
漫画やアニメのような恋愛に憧れる俺にとって、「屋上イベント」は決して妥協できるものではなかった。ゆえに、ちょっと無理して当時の俺では難しい飛翔高校を受験。
そして、今年の春――俺は見事飛翔高校の制服に袖を通したわけである。
黒を基調としたブレザーに、グレーのスラックス、今年度の1年生のシンボルである青色のネクタイを結び、俺は飛翔高校の校門をくぐった。もちろん、真っ先に屋上へ向かったとも。
それが目的でここへ入ったのだから。
屋上へ続く長い階段をのぼり、扉を開ける。
「あ……」
「あら?」
そこで俺は運命の人と出会ったのだ。
周囲を高いフェンスに囲まれた屋上には、いくらかのベンチが置かれ、花壇などの装飾もされている。
無機質なイメージがあった屋上は、それらの存在で一瞬にして華やかな憩いの場というイメージに上書きされる。
だが、そんなことは些細なことだ。ずっと切望していた屋上などよりも、今俺の目を奪う存在がそこにいるのだから。
花壇の前には1人の女子生徒が立っていた。黒髪ロングの清楚美人。3年生のシンボルである赤色のリボンを胸につけ、黒色のニーハイソックスとスカートの隙間にできた絶対領域から健康的な太ももがちらちら垣間見え、俺の視線を独り占めようと主張してくる。
ふいにチェック柄のプリッツスカートが、風でふわりと捲られる。スカートが元に戻るまで、およそ1秒ほど。一瞬とも永遠とも言える時間の中、俺はたしかに彼女のスカートの下にある白い布地を目撃した。
「きゃっ……」
彼女は遅れてスカートを抑えて、「もうっ」と恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「見えちゃいましたか……?」
「え」
声をかけられるとは思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ふふ、えっちな1年生くんですね」
「!」
間違いない。俺はこの時、先輩に恋をした。
その後の1年間は、先輩とお近づきになりために全力を注いだ。自分を磨き、先輩と接点を持つため同じ美化委員になって、屋上の花壇のお世話をしてみたり――。
「うふふ、後輩くんったら。ネクタイ、曲がってますよ?」
その甲斐あってか、かなり仲良くなったと思う。童貞の思い込みかもしれないが、先輩からも好意を感じ取れる。ならばと、俺は先輩へ想いを伝えることにした。
それが今日――3年生の卒業式の日である。
「お時間いただいてすみません、先輩」
場所は初めて出会った思い出の場所。黄金色の空の下、俺は屋上に先輩を呼び出していた。
「いえ、気にしないでください。私も高校最後に、後輩くんと話をしたいと思っていましたから」
まだ少し肌寒い空気。それでも冷却できないほど、俺の頬が火照っているのを感じる。
緊張――当然だ。今から俺は、この人に告白をするのだから。
「卒業式も終わって、お友達ともお別れの挨拶が終わって……最後に君と話がしたかったので、むしろ君から来てくれて嬉しいです」
わずかにそよ風が吹く。先輩は靡く長い黒髪を手で抑えながら、俺に微笑みかける。高校最後の時間を俺に割いてくれたことも、俺と話したいと言ってくれたことも、先輩が笑顔を向けてくれることも、すべてが嬉しい。
ムードは最高。
邪魔なものはない。
これ以上ないほど告白にベストなタイミング。
「わぁ~! 3年も高校に通ってたけど、屋上って初めてきたよ! 綺麗な景色だね!」
「それはよかったです、先輩」
今のは俺ではない。
そう――ここには俺と先輩に加えて、もう1組いる。
片や、赤いネクタイをしている小柄な男子生徒。なんとも可愛らしい男の子であり、見た目からは年上という感じがあまりしない。線が細く、女の子のようにも見える。
片や、青いリボンの女子生徒。つまり、俺と同じ1年生だ。やや癖のある薄茶色のショートヘア。右目が隠れるほど長い前髪は左目が見えるように分けられている。
やや垂れたまなじりからは、柔和な印象が窺える。見えている左目には、泣きボクロが1つ。すらっとした身長で、モデル顔負けのスタイル。ボーイッシュな出で立ちは、スカートを履いていなければ男性と見間違うほどで、中性的な顔である。
俺は彼女を知っている。
名前は知らないが、イケメン女子やら王子様系やら……そんな感じで一部の女子から人気がある女子生徒だったと記憶している。
俺は先輩一筋であったため、「へぇー」と思う程度だったが――ともかく。
これは由々しき事態だ。今から告白するというのに、人がいたのではムードもへったくれもない。ここは丁重に席を外してもらうようお願いをしよう。
俺は先輩にひと言断りを入れてから、女子生徒に声をかける。
「「あの」」
かぶった。
まさか向こうも俺に声をかけてくるとは。
「あー……悪いんだけどさ。ちょっとここから離れてもらえないか? 実は俺、今から告白をしようと思っていて」
先制して事情を話す。すると、彼女から思いがけない言葉が出てきた。
「それは奇遇だね。実はボクも、今から告白しようと思っているんだ」
「え」
嘘だろ。
「……マジ?」
「マジだね」
「え?」
告白のダブルブッキング。
同じ日の同じ場所で、同じタイミングで告白がかぶったということ?
「そんなことある?」
「ボクも驚いたよ」
最悪だ。
「えっと、場所を変えてもらうことは」
「君は?」
「いや、さすがに今から帰るのは……ムード的にね?」
「ボクだって同じさ。せっかく呼び出して、相手に来てもらって、よし準備万端! って時に、やっぱり別の場所で……は、さすがに締まらないだろう?」
「ですよねぇ」
だが、このまま告白なんてもってのほかだ。
「……こうなったらじゃんけんでもするかい?」
「え?」
「負けたらこの場所を譲る。どうかな?」
「それは……」
もし負けたら――脳裏に過る。
俺は首を横に振った。
「じゃあ、なにか代替案が?」
「……そ、そうだ! 俺はあっちで告白するから、あんたは向こうで告白するのはどうだ? この位置関係ならお互い死角になっていて、見えないはずだろう? それにお互いロケーションとしても悪くないはずだ」
「……たしかに、悪くないね」
「どうしても2人きりじゃないといやだってんじゃないなら、これでいかないか? せっかく好きな人にお互い告白するわけだろ? なんというか……寝覚めの悪いことはしたくなくないか?」
じゃんけんで仮に勝ったとして、これが原因で彼女が振られてでも見ろ。なんか責任を感じてしまうではないか。
「それに、同じ日の同じ時間、同じ場所で告白しようっつーあんたには、なんか親近感あるしさ」
「……そうだね。うん、君の言う通りだ。それでいこう」
「悪い。助かる」
「ううん。助かるのはボクも同じさ」
「健闘を祈るぜ」
「君もね」
俺たちは今まで話したことすらなく、名前すら知らない。それでも、なぜだか今は心が繋がっている気がする。なんというのだろうか。戦友? みたいなものだろうか。
今から共に告白という決戦をするのだ。親近感がわいて当然だろう。
「すみません、先輩。お待たせしちゃって」
「いえいえ、気にしないでください。それで? 話とはなんでしょうか?」
さあ、覚悟を決めろ。
俺は今から――告白をする。
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