普通の主婦が転生の女神として奮闘中ですが異世界知識はゼロです!
月亭脱兎
わたし異世界知識ゼロなんですけど!
24時間スーパーの夜勤の終わりが近づく頃、
——午前6時を少し過ぎたところだ。
店内の照明は冷たい白色で、疲れた目にしみる。
「やっと交代ね…」
つぶやきながら、彼女はレジ横に並ぶ商品棚を整えていた。ささやかなパートの仕事に従事するただの主婦。年齢的にも夜勤は辛く少しばかりくたびれていた。
夫は浮気を繰り返し、家計は火の車。それでもなんとか生活を維持するため、彼女はこの仕事を辞めるわけにはいかなかった。
毎日のように繰り返される倦怠感と未来に対する不安は、いまにも彼女を圧し潰しそうになっていた。
「わたしの人生って……なんなんだろう」
——そうつぶやいた瞬間、店全体が揺れ始めた。
地面が大きく揺れる音が耳をつんざく。
「「大地震だ!」」
未子は反射的に棚に手を伸ばし、倒れそうな商品を支えようとした。
しかし、次の瞬間——棚の上から巨大な荷物が落ちてきて、彼女の頭を直撃した。
意識が遠のく中で、——未子は自分の人生が、終わったのだと感じた。
(ああ、息子の体操着まだ乾かしてなかったわ……)
目を覚ましたとき、彼女は見知らぬ場所にいた。
周囲は星々が瞬く宇宙空間に浮かぶような、幻想的な神殿だった。冷たく澄んだ空気が肌を撫でる。
未子は瞬間的に死を悟った。
——これが天国なのだろうか、という考えが頭をよぎる。
最悪な人生だったが、少なくとも最後は天国には来られたのかと、彼女は安堵の息を吐いた。
だが、ふと目にした自分の身体に、未子は息を飲んだ。
その手足はあまりに色白で長く美しく、かつての自分ではなかった。
若返ったとかそういうレベルの変化ではない、スレンダーでありながら、際立つ胸元、くびれたウエスト周り。
壮麗なドレスがその肉体を包み、スリットからはモデルのように美しい脚が露出している。
信じられない光景に、彼女は呆然としたまま周囲を見渡す。
「え?わたしどうしちゃったの、なんなのこのカラダ!」
その問いに答えるかのように、目の前に現れたのは年老いた女神だった。
白髪をたたえた老女神は、疲れたような微笑を浮かべながら「やっと交代要員が来た」と安堵の表情を浮かべた。
「あなたが、次の女神ね……いやはや何年待ったかことか」
「え?わたしはスーパーのパート主婦ですよ!夜勤を交代するの待ってた側なんですけど?」
状況がまったく理解できない未子は、混乱を隠せなかった。だが、老女神は優しく説明を続けた。
未子が今いるのは、異世界転生をサポートする神殿であり、彼女はその役割を担う新たな女神として、ここに転生したのだというのだ。
「……わたしが女神に?えー?無理です!」
未子は信じられない思いで自分の手を見つめた。これが現実なのか、夢なのか、まったく分からなかった。だが、年老いた女神はそんな彼女に構わず、引き継ぎの手続きを淡々と進めた。
「私も長い間、この役目を果たしてきたけれど、もう限界よ。転生してくるアホども、いえ、男たちときたら、美しい女神でないと、理想と違うだの、こんなの異世界転生じゃないだの、あーだこーだと文句ばっかりでね、もう嫌になっちゃうわよ、あなたが来てくれて本当に助かったわ」
「ちょ、ちょっと待ってください! わたし、異世界系の知識なんてまったくないんです! 息子が見ていたアニメを横目で見てた程度で…!」
未子は必死に訴えたが、年老いた女神は微笑んで首を振った。
「それでも構わないわ。もう時間がないの。来る奴らをテキトーに煽てて、テキトーなチート能力を与えとけばいいだけの簡単なお仕事よ、あとはあなたが頑張ってくれることを信じているわ」
そして、その言葉を最後に、女神は淡い光の中に溶け込むように姿を消してしまった。
一人残された未子は、その場に立ち尽くした。
異世界転生をサポートする女神になるなんて、そんな馬鹿げた話が本当にあるのか。何も分からないまま、彼女は広大な神殿の中で途方に暮れていた。
「ええ?チートって何?さっぱりわかんないんだけど、これからどうすればいいのよ……」
現実感のないこの空間で、未子は思わず自分の頬をつねってみた。痛い。どうやら夢ではないらしい。
困惑と不安が交錯する中で、彼女はゆっくりと神殿の奥へと歩みを進めた。
目の前に広がる幻想的な光景はまさに異世界そのものだった。神殿の中央には巨大な鏡があり、その中には様々な世界が映し出されている。
未子はその鏡の前で立ち止まり、自分の姿を映してみた。そこには、かつての疲れ果てた主婦ではなく、長い銀髪がサラリとなびく、この世のものとは思えないほどに美しい姿の女神がいた。
「これがわたし…見た目20歳くらいに見えるけど!?ていうか美人過ぎるでしょ!」
彼女はしばし、自分の変わり果てた姿を見つめ続けた。確かに美しい、まるで夢のような体だ
しかし、その内心には依然として不安が渦巻いていた。
「どうしよう…さっきまで特技はスーパーのレジ打ちくらいしかなかったわたしに、この役目が果たせるのかしら」
その時、目の前の魔法陣のような床が輝いたかと思うと、中から一人の青年が転生してきた。
「ここはいったい、俺はたしか、女の子を助けようとして車に轢かれたはずなんだが……」
(うわ!どうしよう、ほんとに転生してきちゃったよ)
「……ゴホン、えー、えーっと、いらしゃいませ〜!ようこそ当店へ!」
未子の転生異世界ライフが、ここに始まった。
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