令嬢探偵、前世の記憶を取り戻す(2)

「以上が私の推理です。いかがですか?」


 夫人は床に膝をつき、両手で顔を覆った。

 弱々しくむせび泣きながらも、彼女は恨みのこもった声で言った。


「あの人が悪いのよ! 何度もしつこく求婚してくるから仕方なく結婚してあげたのに、子どもができないとわかればあっさり興味を失って! その上よりによってこんな下賤の女に手を出すなんて!この女が妊娠していると知ったときには肝が冷えたわ。あの人、子どもが生まれれば絶対に次期当主にすると言い出すもの。だから殺してやったの。今ならあの人が死ねば当主はわたくし。この女も追い払えて全部解決。そのはずだったのに……!」


 わっと声を上げて泣き出した夫人。

 亡き侯爵の気持ちが夫人から離れていったことは他の人の目にも明らかだったらしく、周囲は何となく夫人に同情するような空気になる。

 しかしシエラは、厳しい表情で彼女に言った。


「確かに侯爵は最低な人間だったのかもしれません。だけどね、あなたは人を殺した時点で、そんな侯爵よりもっともっと最低な人間に成り下がったんですよ。きちんと罪を償いなさい」

「……」


 その言葉に、夫人はがくりと項垂れる。その後彼女は、外で待機していた衛兵に連れられて部屋を出て行った。


「シエラ様……!本当にありがとうございました」


 夫人が部屋を出て行ったのを見届けた直後、依頼人であるメイドがシエラの元に駆け寄って来た。


「また何かあったらご依頼を。お体、大切にしてくださいね」

「はい!……このお腹の子、絶対に大事にします」


 彼女がまた「ありがとうございました」と頭を下げた。

 それを横目に、ダグラス家の使用人がシエラに耳打ちする。


「お嬢様、そろそろ……」

「そうね。帰りましょうか」


 シエラは部屋に残った屋敷の人々の視線を集めながら、堂々とした足取りで部屋を出て行った。

 侯爵邸の前には、既に迎えの馬車が来ていた。

 その馬車に、シエラは手を取られながら優雅に乗り込む。

 そして──


「あ゙あ゙あ゙よがっだあぁ……今日も何とかなったああぁ」


 そのまま座席に崩れ落ちた。

 つい先ほどまでのような、身分の高い大人たちに囲まれても物怖じせず堂々としていた『令嬢探偵』の姿はそこにはない。

 いるのは、重度のプレッシャーから解放され使用人に弱音を吐く、十七という年齢相応の少女だった。


「今日も『令嬢探偵』、お見事でしたよ。お嬢様」

「やめてちょうだい。『令嬢探偵』なんて妙なあだ名が定着しちゃったせいでプレッシャーも倍増よ……。ああもう、胃に大きめの穴が開いた気がする」


 屋敷で堂々と自分の推理を語ったシエラと、本気で胃の穴を心配するように腹部を押さえる今のシエラ。どちらが素なのかと問われれば、完全に後者である。

 『令嬢探偵』のシエラは、“ある人物”を意識して演じている姿に過ぎない。


「所詮私は探偵助手だもの。いくら黒瀬さんの真似をしてみようが、探偵になんてなれやしないわ」


 その呟きは小さすぎて、向かいに座る使用人の耳にすら届くことはなかった。




 シエラが初めて探偵の真似事をしたのは2年前、15歳のときだった。

 この国でそこそこ力のある伯爵家に生まれ、それまで何不自由なく生きてきた。もともと好奇心は強い性格だったが、貴族令嬢として教育を受けていたこともあり、気になったからといってむやみやたら厄介事に首を突っ込むような真似はさすがにしたことはなかった。

 だからあの日、人だかりができていたのに興味を持ってわざわざ馬車を降りたのは、本当に気まぐれだった。


「帰れ帰れ。見せ物じゃないぞ!」


 人の集まる中心部では、いかつい顔をした大柄な衛兵が声を張り上げていた。そのかいあってか、人だかりは徐々にまばらになり、シエラはそこで起こっていることを知ることができた。

 ずいぶんと立派な構えの店の中。そこにいるのは、首に紐状のものが巻かれ倒れている男と、衛兵に拘束され大声で喚いている男。

 倒れている男は、恐らくもう息をしていない……。シエラは直感的にそう思った。


「お嬢様!見てはなりません。馬車に戻りましょう」


 シエラに付き従っていた使用人が、慌てた口調で言った。

 しかしシエラはそれに対して首を横に振った。


「大丈夫、こういう現場には慣れていますから。もちろん何度見ても気分の良いものではありませんが」

「は?」

「え?」


 その言葉はあまりに自然に口から出て、シエラはそれに違和感を覚えるまで時間がかかった。

 使用人が、意味が分からないという顔をするのは当然だ。

 蝶よ花よと育てられた貴族令嬢が、人が死んでいる現場に慣れているはずがない。本来なら叫ぶか気絶するかしても良いぐらいの場面だ。

 何故、自分はこのような場面に慣れていると思ったのだろう? シエラがそう考え始めると同時に、誰かの声が頭の中に響いた。


『探偵というのは、こちらが望まずとも事件に引き寄せられてしまうものなのですよ、静奈しずなくん』


 この国の言葉とはかけ離れた知らないはずの言語。にもかかわらず、シエラにはあっさり意味が理解できた。

 探偵、事件、そして静奈という名前。シエラの頭の中で、閉ざされていた扉の鍵が音を立てて解除されたような、そんな感覚があった。

 そして、気がつけば口を押さえながら叫んでいた。


「あああああ!お、思い出したっ!」

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