元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川 未沙

令嬢探偵、前世の記憶を取り戻す(1)



「……つまり犯人は被害者の行動パターンを熟知していた人物。さらに罪を被せるのに彼女を選ぶ動機があった。そう──」


 とある貴族の屋敷の一室。

 ある者は恐怖に冷や汗を流し、またある者は張り詰めた空気に息をすることを忘れていた。

 そんな中、凛とした声で堂々と話しているのは少女と呼んで差し支えないような若い女だった。

 緩く巻いたプラチナブロンドの髪を一つにまとめ、気品の溢れる深紅のワンピースに身を包んだ、いかにも貴族令嬢といった風貌。特徴的なのは、正義感の強い光が宿った淡い紫色の瞳。その双眸に見つめられた者は、それだけで全てを見抜かれているのではないかという錯覚に陥る。

 何人もの地位と権力のある大人たちに注目されているにもかかわらず、彼女は怖じ気づく様子もなく部屋を闊歩していた。

 そして、ある一人の人物の前で止まった。


「犯人はあなたですね、侯爵夫人」


 少女の言葉に、その部屋にいる全員の視線が侯爵夫人に注がれる。

 夫人の顔からはすっかり血の気が引いている。それでもどうにか少女に反論しようと、ゆらりと立ち上がった。


「……こ、殺されたのはわたくしの夫です!辛くて不安で仕方がない中わざわざ捜査に協力してさしあげたのに、犯人呼ばわりされるなど心外ですわ!」


 このたび、とある侯爵邸で起きた殺人事件。

 被害者は当主である中年の侯爵。刃物で刺され殺された被害者のすぐそばに、とあるメイドが普段から愛用しているハンカチが落ちており、アリバイもなかったことから当初はそのメイドが犯人であると断定されていた。

 しかしそのメイドには全く身に覚えがなく、藁にも縋る思いで少女に依頼の手紙を送った。世間で『令嬢探偵』と呼ばれもてはやされている、シエラ・ダグラス伯爵令嬢に──。


「まずは動機からお話ししましょう。こちらのメイドさんは、亡き侯爵のお気に入りだったそうですね。侯爵が個人的に何度も私室に招いていた、と何人もの使用人の方が証言していました」


 シエラは騒ぐ夫人などまるで無視して、淡々と話す。


「そして彼女は少し前から度々体調不良を訴えていたようですね。吐き気にだるさ、味覚も変わったと。……もしかして、侯爵との子を身ごもったのではありませんか?」

「そ、れは……」


 部屋の中の人々の視線は、今度は最初の容疑者であるメイドに向けられる。


「はい、おっしゃる通りです……」


 彼女は不安そうにうつむいていたが、やがて静かにうなずいた。


「そのことには夫人にはも気付いていらっしゃったのでしょう。自分との間には何年も子どもができないままなのに、一介のメイドが身ごもるとは……嫉妬に不安、それから恨み。夫を殺し、その愛人に罪をなすりつける動機としては十分かもしれませんね」

「そ、そんなの全部憶測でしょう? 知らなかったわよこの女が夫の子を身ごもっているなんて!」

「そうですね。動機については想像するしかありませんから。ですけど、証拠もなく推理ショーをするのは、探偵としてあるまじき行為です」


 シエラはそう言って、どこからか若草色のハンカチを取り出した。被害者のそばに落ちていたものだ。

 それを見た夫人の顔色が一段と悪くなる。


「こちらのメイドさん、同じデザインのハンカチをいくつも持っていたそうです。これはどこで手に入れた物ですか?」

「二年ほど前、奥様から頂いた物です。まとめて10枚ほどプレゼントされました」

「なるほど。綺麗なハンカチですね。縁どっているレースの形状も独特で。形は正方形より少し歪ですが……職人ではない誰かが手作りしたような味がありますね。ところで──」


 シエラは部屋の隅で気配を消しているダグラス家の使用人女性に目を向ける。彼女は小さくうなずくと、シエラの前に進み出て何かを差し出した。

 シエラはそれを受け取ると、皆に見えるようバッと広げた。


「これは先ほど、夫人の部屋で見つけた布です。ハンカチと同じ若草色をしていますね。もしやご自分で染めたのでしょうか。色味にムラがありますが、それがまたいい味を出していますね。そしてこの色ムラで濃くなっている部分の境目が……おや、こちらのハンカチとぴったり合いました」


 夫人の顔には、とうとう諦めの色が浮かんだ。

 それでもシエラは続けていく。

 手芸を趣味としている夫人は、二年前この屋敷で働き始めたメイドの彼女に、記念として手作りのハンカチを贈った。

 ハンカチは毎日使う物であるため、何枚かは破れたり汚れたりでやむなく処分し、正確な枚数は持ち主のメイドもわかっていなかった。

 そこで夫人は今回、二年前に贈ったものと同じハンカチをもう一度作って被害者のそばに置くことで、彼女に罪を擦り付けられると考えたのだ。いくら主人とはいえ、他人の部屋に入り物を盗むのは難しいため、『他人がメイドを犯人に仕立てるため、わざとハンカチを置いた』という可能性は皆の中で除外されていた。

 そこまで語ったシエラはふうっと息をつき、まっすぐ侯爵夫人を見た。


「以上が私の推理です。いかがですか?」


 夫人は床に膝をつき、両手で顔を覆った。

 弱々しくむせび泣きながらも、彼女は恨みのこもった声で言った。


「あの人が悪いのよ! 何度もしつこく求婚してくるから仕方なく結婚してあげたのに、子どもができないとわかればあっさり興味を失って! その上よりによってこんな下賤の女に手を出すなんて!この女が妊娠していると知ったときには肝が冷えたわ。あの人、子どもが生まれれば絶対に次期当主にすると言い出すもの。だから殺してやったの。今ならあの人が死ねば当主はわたくし。この女も追い払えて全部解決。そのはずだったのに……!」


 わっと声を上げて泣き出した夫人。

 亡き侯爵の気持ちが夫人から離れていったことは他の人の目にも明らかだったらしく、周囲は何となく夫人に同情するような空気になる。

 しかしシエラは、厳しい表情で彼女に言った。


「確かに侯爵は最低な人間だったのかもしれません。だけどね、あなたは人を殺した時点で、そんな侯爵よりもっともっと最低な人間に成り下がったんですよ。きちんと罪を償いなさい」

「……」


 その言葉に、夫人はがくりと項垂れる。その後彼女は、外で待機していた衛兵に連れられて部屋を出て行った。


「シエラ様……!本当にありがとうございました」


 夫人が部屋を出て行ったのを見届けた直後、依頼人であるメイドがシエラの元に駆け寄って来た。


「また何かあったらご依頼を。お体、大切にしてくださいね」

「はい!……このお腹の子、絶対に大事にします」


 彼女がまた「ありがとうございました」と頭を下げた。

 それを横目に、ダグラス家の使用人がシエラに耳打ちする。


「お嬢様、そろそろ……」

「そうね。帰りましょうか」


 シエラは部屋に残った屋敷の人々の視線を集めながら、堂々とした足取りで部屋を出て行った。

 侯爵邸の前には、既に迎えの馬車が来ていた。

 その馬車に、シエラは手を取られながら優雅に乗り込む。

 そして──


「あ゙あ゙あ゙よがっだあぁ……今日も何とかなったああぁ」


 そのまま座席に崩れ落ちた。

 つい先ほどまでのような、身分の高い大人たちに囲まれても物怖じせず堂々としていた『令嬢探偵』の姿はそこにはない。

 いるのは、重度のプレッシャーから解放され使用人に弱音を吐く、十七という年齢相応の少女だった。


「今日も『令嬢探偵』、お見事でしたよ。お嬢様」

「やめてちょうだい。『令嬢探偵』なんて妙なあだ名が定着しちゃったせいでプレッシャーも倍増よ……。ああもう、胃に大きめの穴が開いた気がする」


 屋敷で堂々と自分の推理を語ったシエラと、本気で胃の穴を心配するように腹部を押さえる今のシエラ。どちらが素なのかと問われれば、完全に後者である。

 『令嬢探偵』のシエラは、“ある人物”を意識して演じている姿に過ぎない。


「所詮私は探偵助手だもの。いくら黒瀬さんの真似をしてみようが、探偵になんてなれやしないわ」


 その呟きは小さすぎて、向かいに座る使用人の耳にすら届くことはなかった。



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