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一方、貴子と有美子が所属する原島ジムの方では、試合まで残り1週間となり、ジムのフロアの片隅で、それぞれの試合の対戦相手のことについて話し始めた。

「今度対戦する三井秀美。ランキングでは、私から見て格下の選手なんだけど、武器の右アッパーが出てくると破壊力抜群との話を聞いた。実際に、西山梨香がミニフライ級の日本タイトルを獲得する前に行われた49㎏契約のウエイトで戦った6回戦では一度ダウンを奪っているから、非常に油断できない相手みたい。」

と貴子は不安がった。

「調べたところ、このカードは西山梨香がダウンを奪われたラウンドは前半の2ラウンド目。終盤は一気に盛り返してポイントを重ねて、僅差の判定で西山梨香が勝った試合だった。私の場合は、初めて格上の選手と対戦することになったの。ミニフライ級の日本ランキング入りを懸けて戦う松井利佳子と対戦するから、もっと不安なの。ちなみに、このクラス。今まで日本タイトルを持っていた野上玲奈がタイトルを返上。現在、チャンピオンは空位になっている。このクラスの日本タイトル獲得を目指して虎視眈々と狙っている選手が3人ほどいて、小嶋有紀や西澤ヒトミ、1つ下のクラスのアトム級(46.3kg以下)の日本チャンピオンの長井まどかだって、アトム級の日本タイトルを返上して挑戦してくるかもしれない強敵ぞろいのクラスだから。おまけに、今回の試合はプロになって初めての6回戦だから、会長から「スタミナをつけておけよ。」と言われていたからね。」

と有美子は言った。ジムからの帰り際、貴子は有美子に、

「次の試合、お互いにがんばろうね。」

「絶対に勝とうよ。」

と言って、それぞれの家路へと戻った。

 貴子と有美子が試合に出場する当日の夕方。後楽園ホールの控室に入った貴子と有美子。今回のイベントでは、貴子は後ろから2番目の順番にあたるセミファイナルでの登場だった。会場の方では、既に前座の試合が始まった中、客席の方には、福島から帰ったばかりの春樹と西浜学園高校鉄道研究部のメンバー達と一緒に観戦に来ていた。それから、しばらくしてからのこと、有美子がリングに入場した。試合開始のゴングが鳴った。有美子にとっては、今まで対戦した相手と比べて、今回対戦することとなった利佳子は、後にチャンピオンとなった梨香を苦しめた秀美のスパーリングパートナーをしていたとのこともあって、結構強い相手だと感じた。第3ラウンドに突入して、有美子は一気に利佳子をロープ際に詰めようとするが、左アッパーで利佳子も応戦した。このラウンドの終了間際、有美子の右フックが利佳子の顔面に直撃した。一瞬、利佳子はふらついた瞬間、左アッパーで再び利佳子のアゴ付近をヒットさせ、動きを一瞬止まらせた。次の第4ラウンドが始まってから30秒が経とうとした瞬間だった。有美子の右ストレートが利佳子の顔面に当たり利佳子はマットに倒れた。利佳子は必死に立ち上がったが、完全に立ち上がるまでの間に10カウントを聞き、有美子のKO勝利となった。次に、その日のイベントのセミファイナルに出場する貴子の出番となった。この試合に勝てば、タイトルマッチのチャンスだってあるかもしれないとの気持ちから試合開始から一進一退の攻防戦となった。第3ラウンド、貴子は一瞬の油断から秀美から左フックをまともに顔面にもらった。デビュー以来2度目の出血。今度の出血は、相手のパンチによるものの出血だった。したがって、傷を悪化させるとレフェリーからTKO負けを宣告される大ピンチに直面することとなった。このラウンド終了後のインターバルで、貴子の傷の手当てが行われた。今のところは大したキズではないみたいだけど、キズが大きくなる前に早く勝負に出なければいけない状況となった。第4ラウンドは無難に試合を繰り広げた貴子だが、以前と比べてキズは大きくなった。気が焦る。早く勝負に出ないとレフェリーストップということもあるかもしれない不安との戦いとなった。迎えた第5ラウンド、貴子は、この試合に勝ちたい執念から右アッパーで秀美からダウンを奪った。ここの場面では、秀美は立ち上がり試合は続いた。このラウンドが終了後のインターバルのことだった。

「貴子のキズの状態。ちょっと、ひどくなってるな。早く勝負に行かないと。」

と、貴子のセコンドの1人が原島会長に言った。第6ラウンド開始前、

「一気にたたみかけるぞ!!」

と貴子に言って、第6ラウンド開始のゴングが鳴った。第6ラウンド開始から1分が過ぎた頃、貴子の右フックが顔面に当たって秀美はリングに倒れた。必死に立ち上がったが、直後にレフェリーが試合終了を宣告した。苦しみながら貴子は6ラウンドTKO勝利をおさめた。

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