9
第15話
⑨
12月25日の午後5時。ついに開場時刻になった。観衆が次々と会場の中に行くのを見ながら、その観衆の中に春樹たちもいた。いとこの春菜と彼女の夫の睦に、娘の奈々子も一緒だった。チケット購入後、春菜はポケットから携帯電話を取り出しメールを送信した。
今、会場に到着。
HARUNA
ロビーで待ってるから。
真理奈
とのやりとりがあった。春菜は娘を主人に預けて、春樹と一緒に真理奈との待ち合わせの場所へと向かった。
「春菜。」
「真理奈。」
お互いに手を振って呼び合った。3人が青コーナーの控室の近くの廊下にまで差しかかったら、赤コーナーの控室控室の方向から1人の女の子が春樹のところに近づいてきた。
「はるくん。ちょっと話があるけど。」
春樹に声をかけたのは貴子だった。貴子は非常口方向に春樹を連れて行った。2人っきりになった真理奈と春菜は、それぞれの過去のことについて話を始めた。
「私、春菜は安定した収入があって、一家を支えるだけの経済力の男性と結婚するんだったら誰でもよかった。と春樹から聞いたけど本当なの。」
と真理奈が春菜に聞くと、
「この話、実は本当なんだよ。中学校卒業して、すぐに結婚したかったが、両親から「16で嫁に行くくらいなら、もっと人生経験を積んだ方がいい。」と言われたし、当時の担任の先生からも高校進学を勧められ、最終的に高校へ進学した。高校を卒業してからも、私自身お嫁に行くしかとりえがないと思っていたから、両親に「お見合いをさせてほしい。」と相談したくらいだ。出てきた答えは、「自分で生活できるように仕事をした方がいい。」とのことだった。私の進学先の高校は通信制高校だったので、卒業後もママの経営するスーパーで引き続きパートタイムで細々と生活した。私も春樹と同じように、独身時代は携帯電話もパソコンも持たせてもらえなかった。しかし、妹の場合は就職先で、どうしても携帯電話やパソコンが必要となって、現在は携帯電話、パソコンいずれも持っているけど、中学生、高校生だった当時は、妹も同様に携帯電話もパソコンも持たせてもらえなかった。ちなみに、私の場合は携帯電話を結婚してから主人に買ってもらった。うちの隣に住んでいる上野さんの息子が関内マリア保育園に預けていたことから、子供をここに預けたらどうよ。と誘われた。仕事も紹介するから。と言われて清掃作業の仕事を紹介してもらって、娘を上野さんの息子と同じ保育園に預けることとなったの。連絡を取るのにケイタイ、今は必要になったから。来年の春から春樹、保育園の先生になるんだよな。私も目指すべきだったかな。」
と答えた。
「私もフリースクールで、後に高校教師となった仁紀君と出会うまでは、春菜と同じように嫁に行くしかとりえがないと思っていた。私の家は母子家庭。3人きょうだいの一番上で、下に弟と妹がいる。母親からは、「あなたは、お姉さんだから、親がいなくなったら、あなたが面倒を見なきゃいけないんだよ。」と言われたので、なかなか「お嫁に行きたい。」とは言いきれなかった。仁紀君も私と同様にいじめられっ子。彼の場合は、小学生からいじめを受けていて、中学校に入ってから空手を習い出した。しかし、いじめていた相手に空手の技を使ってやられたらと思うと、なかなか使う勇気が出なかった。一度は外に出ることが怖くて引きこもっていた。そんな彼も、いじめられている人達の相談相手になって力になりたい。とのことで高校教師になった。私も勇気づけられた。」
と真理奈が春菜と同じように、お嫁に行くしかとりえがないのではないのかと思った過去について話していた。当日行われる予定のイベントの対戦プログラムを見て、真理奈が春菜に、こんなことを言い始めた。
「セミファイナルに出場する石川あずさ。彼女、保育士じゃなかった?確か、関内マリア保育園だったと思うよ。」
「と、いうことは春樹が保育士に憧れた千晴先生の同僚ってこと。そこの保育園に、うちの娘を預けたんだよ。ということは、あの例のあずさ先生。へぇーっ。応援しないとね。」
ウワサをしていると、なんと意外な人物と春菜は再会することとなった。
「あらっ。もしかして、奈々子ちゃんのお母さん。」
「千晴先生。お久しぶりです。」
「あずさ先生。今日の試合に出るので応援に来たのよ。」
「意外なところで、お会いしましたよね。奈々子ちゃんは来てるの。」
「今、主人と一緒にいるよ。」
「そうなの。」
思わぬ形での桜井千晴先生との再会で話が弾んだ。
「奈々子ちゃんのお母さんの隣にいる方はどなたなの。」
と千晴から聞かれて、
「はじめまして、岩本真理奈と申します。今日のイベントの3試合目に出場します。応援のよろしくお願いします。」
真理奈は今回が初対面の千晴にあいさつした。
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