第47話 俺の答えは
翌日。群雲祭二日目。
今日は、俺のシフトは昼の12時から14時のみ。今はまだ10時をちょっと回ったばかりだから、出番まで少し時間がある。
後で、梨沙姉があのエロメイド姿で働いているところを覗きに行こうと考えているが、今は自分たちの執事&メイド喫茶で、働いているクラスメートを冷やかしがてら眺めているところ。
目の前では拓海が別のクラスの女子達を接客しており、熱い視線を浴びている。恋愛する気は無いという彼の信念が無ければウハウハ状態なのだろうが、過去の経緯を知った今、そこを冷やかす気にはなれない。
そう言えば、拓海の元カノ、確か早川姫乃さんと言ったか。ナナ先生が連絡が取れるよう努力してみると言うことだったけど、何か進展はあったのだろうか。
そんなことを思いながら、ぼんやりと眺めていると、廊下を歩いてくるナナ先生が視界に入った。隣には女子高生。長い黒髪が一瞬、夏月を思わせる綺麗な子。制服が群雲高校のものとは違うから他の高校なのだろう。
二人は入り口から中を覗き込んで来る。一瞬、声を掛けようとした生徒はナナ先生に制止されたようだ。
その視線の先にいるのは拓海。彼はまだ、先ほどの女子グループの相手をしており、こちらには気づいていない。
その、ナナ先生の隣にいた女子生徒がおずおずと、一歩、教室の中に踏み込んできた。その唇が震えるように動く。
「拓ちゃん……」
その声に、ハッとしたように振り向いた拓海の手から、お盆が床に落ちた。呆然とする彼の口から漏れた言葉──
「……姫乃」
次の瞬間、拓海が駆け寄っていた。ガシッと強く、強く抱きしめる。
「姫乃、姫乃!」
その瞳から涙が溢れていた。それは姫乃と呼ばれた少女も同じ。
「ごめんね、ごめんね。……何も言わずにいなくなってごめんね」
「俺の方こそ、君を……守れなくて、ごめん……ごめん」
抱き合ったまま床に崩れ落ちて、後はもう言葉にならない。
流れる涙と漏れる嗚咽にもらい泣きしそうになりながら、ナナ先生の横に立った。
「先生、ありがとうございます。約束守ってくれたんですね」
「私は大したことはしてないよ。彼女の居場所を知っている教育委員会の人を通じて芳澤の手紙を届けてもらっただけさ」
「手紙を……」
「会いに来るかどうかは正直五分五分だと思ってたけどね。昨日になって、本人が会いたいと言ってると連絡があってね。だから、会いに来るのを決めたのは彼女の意志で、私は彼女の決断に何の働きかけもしていない」
「それでもです。俺、先生のクラスで本当に良かったと思っています」
その言葉にナナ先生はクスリと笑みを漏らした。
「それは教師冥利に尽きるな。……なあ高科、もしも感謝してくれるのであれば、その心は私にでは無く、いつか君が大人になった時、誰か困っている人を助けるのに使ってくれ」
「困ってる人をですか?」
「ああ、私は教師として当然のことをしたまでだ。だから、感謝の言葉はいらない。君が困った人の力になることが出来る大人になる。それが私への最良の恩返しだよ」
その言葉は温かくて、心にストンと落ちて、それでも先生への感謝の気持ちが消えることは無くて。
「肝に銘じます」
思い起こせば、俺はいつも周りの人達に助けてもらっていた。
過去の痛みも辛さも過ちも、受け入れてもらい、許してもらって、そして、未来へと踏み出す強さをもらった。
その思いを周りに返す。それは、決して大人になるのを待つまでも無くて──
俺は拓海のもとに近寄ると、その肩に触れた。
「拓海、シフト替わるよ。お前はやることがあるだろ」
「了」
「ちゃんと話をして来い。積もる話があるんだろ」
「……そうだな。すまない、恩に着る」
「そう言うのいいから。とっとと行ってこい!」
親指を立てて、二人を送り出す。
梨沙姉のところに行けなくなったけど、まあいいか。スマホで急用が出来ていけなくなったと連絡したら、プンスコ!って感じのスタンプが5、6個送られてきたが、最後は『仕方ないなあ』とOKしてくれた。
燕尾服に着替え、気合を入れ直す。拓海の代役、しっかりこなさなきゃな。
その思いと共に、着替えスペースから喫茶に踏み出す。
さあ、早速お客さんが来ているぞ。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
時刻は14時を少し回ったところ。
本来のシフトもこなし、今は文芸部の展示がされている教室に来ている。
部屋にいるのは、俺の他には夏月だけ。
外の喧騒が嘘のような、静かな時間が流れていた。
「客、誰もいないな」
「文芸部の展示はいつもこんなものらしいよ。二日通して部誌が10冊も売れれば御の字って感じ」
「勿体ない。結構いい作品が揃ってるのに」
積まれている部誌を手に取ってパラパラめくる。短編や掌編をまとめたものだが、結構面白そうな作品も有る。勿体ないと言ったのは本心だ。
「じゃあ買ってよ」
「いいよ、いくら?」
「1冊200円だけど、高科君にはサービスして千円ね」
「値段上がってるじゃねーか」
軽口をたたき合い、クスクス笑い合う。
ああ、この時間がいつまでも続けばいいのに。
だけど、そう言う訳にはいかない。
約束したのだから。きちんと答えると。
「夏月、読むよ、君の小説」
「……そうね、お願い」
彼女から渡された一冊の冊子。簡易製本された冊子の表紙に書かれた題名は「夏の月」。
椅子に座って読み始める。
その物語はどこか既視感があるもので──
少年と少女がいた。
少女は最初に会った時から少年のことが気になっていて、でも、引っ込み思案の少女は声を掛けられない。
そんな時、少年から声を掛けられた。
書いた詩を褒めてくれた少年への恋を少女は自覚する。
でも、子供は残酷だ。心無い言葉と共に、二人は離れ離れになって。
それでも少女は少年のことを思い続けた。
二人は高校生になって再会する。
その奇跡に少女は涙して、少年にまた友達になって欲しいとお願いするのだ。
不器用な二人は様々な経験を通して、少しずつ距離を詰めていく。
そして、夏の祭りの日、喧騒を離れた二人は、並んで腰を下ろし、月を眺める。
降りしきる月の光の中、少女は少年に告白するのだった。
その告白に対する少年の答えは──空白だった。
小説には良くある、そこから先は読者の想像にお任せします展開。あるいは、これまでの関係性から明示しなくても明らかだろうという展開。
だけど、これは違う。俺だけがわかる。
夏月は、俺にこの空白を埋めてくれと言っているのだ。
天を仰ぎ、これまでの彼女との記憶を思い出す。
幸せだった子供の頃。
喧嘩別れしてしまった苦い記憶。
高校生になって、再会して、過去の過ちを赦してもらったこと。
わざわざ故郷まで行って、俺のトラウマ克服のために奔走してくれたこと。
ああ、大切な……本当に大切な記憶。
俺は立ち上がった。
「夏月」
呼びかけに夏月も立ち上がる。その瞳が不安げに揺れている。
彼女はゆっくりと近づいてきて、俺の胸に身を預けた。
「好き。あなたが好き。あなたの答えを……聞かせて」
その真摯な言葉に、真っ直ぐな瞳に向き合う。
故郷で二人に告白されてから、ずっと考えてきた、その答えを今こそ伝えよう。
「夏月、俺は……」
========
<後書き>
次回、いよいよ了君の答えが明らかになります。
4月11日(金)20:00頃更新。
第48話「ミス&ミスター群雲コンテスト」。お楽しみに。
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