第35話 絶対に許せない
拓海は1か月の自宅謹慎処分となった。
直接暴行を働くことは無かったが、大勢の人達の前で女の子に殴りかかろうとして大声で叫んでいたのだ。夏祭り警備のため配置されていた警察官によって警察署に連れて行かれ、事情聴取を受けるはめになった。俺も一緒に。
幸い、口頭での厳重注意で済み、すぐに釈放されたのだが、警察沙汰になったものを学校としても無視するわけにはいかない。よって自宅謹慎処分である。
夏休み期間はまだ4週間近く残っているから、授業への影響は最小限。それは恐らく、学校としての配慮でもあったのだろう。
だが、冬の全国大会に向けて予選が進む部活への影響は避けられない。その間の試合に出られないという直接の影響だけで無く、1か月練習ができないことの影響は無視できないだろう。
拓海はどうしているのか、そして何故あんなことを起こしてしまったのか。
それを聞くため、俺は夏月とともに、拓海の自宅を訪れていた。
「悪かったな、了。お前にまで迷惑かけちまって」
「俺は別に。警察に事情を聴かれただけで、処分とかも何も無いから」
「そうか。何にせよすまなかった。楽しい夏祭りの思い出をぶち壊してしまって」
拓海の自室。拓海は机の椅子に座り、俺と夏月は対面のベッドに並んで腰を下ろしている。
何故、あんなことをと問う俺達の問いに、彼はむしろ淡々と説明を始めた。
「俺、中学2年の頃、彼女がいたんだよ。早川姫乃って言ってな、凄い綺麗な子だった」
その話は初耳である。彼はずっと「今は恋愛する気は無い」と言っていたが、それとどう関係するのだろうか。
「彼女は2年の1学期初めに転校して来たんだ。一目惚れだったよ。色が白くて、髪が長くて綺麗で、それでいて優しくて丁寧でさ、男子連中みんな注目してた。それで夏休みに入る前に決心して呼び出して告白したんだ。そしたら『うん』って言ってくれて。あの時は天にも昇る気持ちだったな」
彼は一瞬遠くを見るように窓の外を見ると、再び俺達の方を見た。
「夏休み、いろんな所に一緒に行ってさ。部活があったからずっと一緒って訳にはいかなかったけど楽しかった。休み明けに俺達の交際がバレてクラス中大騒ぎになった時もむしろ心地よかった。『姫乃は俺の彼女なんだぞ、羨ましいだろ!』みたいに浮かれてた。だから……見えていなかったんだな」
彼の表情が、それまでの淡々としたものから、辛く、苦しいものに変わっていく。
「二学期の途中くらいから、彼女がおかしくなってきた。笑わなくなって、デートに誘っても断られることが多くなって……そうして2月のバレンタインデーの前日だったよ。あいつが自殺未遂を起こしたんだ。風呂で手首を切って……」
「……それで、その早川さんはどうなったの?」
「幸い、発見が早くて命は助かったよ。だけど、それ以来、彼女は学校に来なくなって……転校していった」
夏月の問いに答えた拓海は、天を仰ぐかのように上を向くと、顔を両手で覆って、大きなため息を吐いた。
「あの3人組が中心になって姫乃をいじめてたんだよ。物を壊したり隠したりするだけじゃ無く、トイレに呼び出して、跡が残らないように腹に殴る蹴るの暴行を加えたり、水を掛けたり、それだけじゃ無い。俺や先生にチクらないようにって、裸の写真を撮って、口外したら写真をネットにばらまくぞって脅してたらしいんだ」
「……」
「決定的だったのは、その写真をあいつらがつるんでいた上級生の男子数人に見せたんだよ。それで、その男子達から呼び出されてたらしいんだ。来なけりゃ写真をばらまくって言われて。でも、行けば何をされるかわかり切ってる。だから、あいつは死のうと……」
衝撃だった。ハンマーで頭を殴られたのかと思うほどの。
どうして、どうしてそんな理不尽がまかり通る。
「そいつらはどうなったんだよ?」
「そいつらって?」
「早川さんをいじめてた奴だよ。あの女たちも含めて」
「知らない。事情を聴かれてみんな転校させられてたけど、その後のことは何も聞かされてない。処分があったのかも何も。だいたい、姫乃の転校先すら教えてくれなかった。学校に聞いても、個人情報保護法とやらを盾に何もな。今話した内容は、事情を知ってた友達や、遺書を読んだ彼女のお父さんから聞いた話だ」
苦しそうな、まるで血を吐くかのような。叩きつけるような拓海の言葉が俺の心をざわめかせる。身体まで震えてくる。
そんな俺を夏月がチラリと見た。彼女はその場の熱を冷ますかのように冷静に、いっそ冷たいと思えるほどに淡々と説明を求める。
「その後、早川さんとは?」
「連絡は取ってない。転校先もわからないし、電話もメールもSNSも全てアカウントが削除された。それに彼女のお父さんから『もう会わないでくれ』って言われたからな」
「何故?」
「それがさ、笑っちまうんだよ。あいつらが姫乃をいじめてた理由、俺が好きだったからなんだって。俺と付き合うことになった姫乃が目障りだったんだと。だから、そんな娘がいじめられる原因になった男に近づいてもらいたくないって」
「……」
「だから俺は決めたんだ。もう恋愛なんてしないって。好きになった人を不幸にして、守ることもできなくて。だからひたすらサッカーだけに打ち込んで、忘れちまおうと……忘れられたと思ってたのにな。それなのに、あいつらを見たらどうしようも無くてさ……」
「……許せない!」
「了?」
「高科君?」
思わず漏れた言葉に夏月も拓海も戸惑ったような顔を向けるが、昂る気持ちはもう抑えられなかった。
「許せるわけ無いだろ、こんなバカなこと! 被害者の拓海が我慢を強いられてるのに、あの女どもはケラケラ笑って呑気に祭りに来て男を漁って。あの時、拓海を止めるんじゃなくて、俺もぶん殴ってやれば良かった!」
「落ち着いて、高科君」
「絶対! 絶対に許せな、ガハッ、ゲハッ……」
「ちょっと、大丈夫⁉」
怒りのあまり、むせてしまった俺を夏月が心配して、背中をさすってくれる。
だけど、俺は自分でもどうしようもない怒りで、涙が溢れて止まらなかった。
========
<後書き>
次回はナナ先生のターン。
2月28日(金)20:00頃更新。
第36話「こんな大人になりたい」。お楽しみに。
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