第29話 王様ゲーム!!

「ほら、お前ら、無駄口叩いてないで整列しろ!」


 臨時の集合場所として割り当てられた、宿泊施設前の駐車場に引率の先生の声が響く。


 ここは俺たちの学校からは急行で1時間ほどの距離にある海水浴場近くに立つ研修所。

 夏休み第一週、臨海学校の始まりである。


 それにしてもかなりの人数。

 臨海学校は希望制だし、大会を間近に控えた運動部所属の生徒などは参加していない。拓海と神崎さんも不参加だ。


 それでも、全校生徒900人弱の半数近く、400人程度が参加している。

 引率の先生も大変だろう。


 細々とした説明も聞いているのか、いないのか。


「いいか、泊まり込みだからって羽目外すなよ! 覗きとか不純異性交遊とかあれば停学や退学もあり得るからな!」


 その説明だけには「えーっ!」という非難の声が重なっていた。

 いや、お前ら、覗きとか不純異性交遊前提かよ。


「まずは決められた班ごとに部屋に行って荷物を置いたら12時に昼食会場に集合。では、解散!」


 その声とともに、皆、ぞろぞろと荷物を持って宿泊棟に向かう。


 この研修所は民間の施設では無く、自治体が所有する施設。学校や域内企業の研修に使われる施設だ。この3日間は群雲高校貸し切りとなっている。


「俺の部屋は……218号室か」


 指定された部屋に向かい、鍵を開けると──

 昔ながらの畳部屋。ここに4人一組で宿泊である。


「おお、昭和か!」

「テンション上がるわ」

「夜は枕投げな!」


 同じ班の斎藤、白石、杉田の3人がわいわい言いながら入って来る。

 この3人に加え、俺、高科で同じ班。

 何のひねりも無い、50音順で決められたグループ。


 最終日の自由行動を除き、研修期間中はこの班単位で動くことになる。


 まあ、ムードメーカーの斎藤がいれば、退屈することは無いだろう。枕投げをするかは別問題だが。





 荷物を置いて食堂に移動。

 メニューのレパートリーが異様に少ない中からA定食を選んで、他の3人と共に席に着いた。


 食堂はごった返しており、空いてる席を探している人たちが複数いる。


 そんな人たちの中に梨沙姉を見つけた。隣には片瀬さん。そうか、春日、片瀬で同じ班なんだろうなと思っていると、梨沙姉がこちらに気づいて手を振って来た。


 手を振り返すと、片瀬さんもこちらに気づいたのか、手を振って来る。顔見知りとは言え、流石に先輩相手に手を振るのもどうかと思うので、会釈して班のみんなの方に向き直ったら、みんなから半眼で睨まれた。


「高科の周りにだけ美女が集まる理不尽」

「春日先輩の隣の女の人誰だよ」

「リア充爆発しろ」


 ……全く、何を言ってるんだか。


「梨沙姉の友達の片瀬先輩だよ。ただの顔見知りだ」


「本当かあ?」

「生活必需品の買い出しとか言って水着買いに行ってたお前に信用という文字は無い!」

「リア充爆発しろ」


「何言ってるんだよ。だいたいあれ、お前らが変な噂流したせいで大変だったんだからな」


 こいつらが、「まるでラブホから出てきた直後のようなテンションだった」と流した噂が、いつの間にか「高科がラブホから出てきた」と変換されちまったんだ。


 学校から事情聴取されて大変だった。幸いなことに、事情聴取したのがナナ先生だったから、すぐに誤解を解いてくれたけどな。


「過ぎたことを振り返るな」

「お前の日頃の行いが悪い」

「リア充爆発しろ」


 ……お前ら……


 まあ、いいか、取りあえず実害が出る前に収まったし……と思っていたら、梨沙姉が隣に立っていた。


「了君、勉強頑張ってね!」


 ついでに俺の班員たちを見渡して一言。


「了君をよろしくね」


「任せてください!」

「俺ら、高科の親友ですから!」

「リア充最高です!」


 ……お前ら……





 午後はひたすら勉強。

 勉強合宿と言っても、授業があるわけじゃ無い。


 自分たちで決めた内容を各々でやるというスタイル。

 多いのは夏休みの宿題を一気にやってしまうというものだ。


 そう言う訳で、俺達の班も、全員、夏休みの宿題に向かっている。


「高科、ここどうやればいいの?」

「ああ、ここはこの公式を当てはめてだな……」


「高科、ここ教えてくれ」

「ああ、代謝には同化と異化ってのがあってだな……」


「高科、産業革命の要件って何だっけ?」

「ああ、蒸気機関の発明と、資本・労働者の集積、それから市場としての植民地……」


「「「高科」」」」


 ……お前ら、さっき、俺のこと任せてくださいとか胸張ってたよな。

 何で俺の方が任されてるの?





 そんなこんなで一日目午後の勉強は終わり、夕食後、風呂に入って部屋に戻ってきたら、斎藤のテンションが高い。


「よし、これから女子部屋に行くぞ!」


「は?」

「「おおーっ!」」


 困惑の声は歓声にかき消された。


「いやいや、女子部屋に行くって、先生に見つかったらまずいだろ」


「何言ってる。女子部屋行ってパジャマパーティーは修学旅行のだいご味だろ」


 いや、修学旅行じゃありませんけど。

 と言うか、修学旅行でもダメだろ。


「大丈夫。女子の方の了解は取ってあるから」

「そうそう、委員長も高科が来るならOKだってさ」


 委員長、つまり夏月もOKってか? 本当か?


 まあ、でも、夏月がOKと言うならいいか。


 こうして俺達は女子が宿泊しているフロアに移動したのだった。

 途中、見張りの先生がいるんじゃ無いかとビクビクしていたが、そんなことも無く、あっけなく侵入に成功。


 そのまま目当てのドアをノックすると、部屋に招き入れられた。


 そこにいたのは、相澤さん、彩名(夏月)、上原さん、江川さんの4人。


「「「いらっしゃい!」」」


 夏月は若干渋い顔をしていたが、文句は言わず、他の3人は元気いっぱいだった。


 何のかんの言って、旅行先でのこうしたちょっとした遊びはみんな興味津々なのだろう。


 女子達の服装はみんな学校指定のジャージ。

 パジャマじゃ無いのは残念だが、そもそもまだ夜遅くないからな。


「ねえねえ、何して遊ぶ?」


 相澤さんの問いに、斎藤がテンションマックスで叫んだ。


「そりゃもちろん、王様ゲーム!」


「えー」

「エッチな命令しようってんじゃ無いでしょうね」

「最低」


 女子の当然の反応に、斎藤が慌てて補足する。


「い、いや、ガチ18禁はNGで。ちょいエロくらいはあっていいけど……」


「ガチ18禁とちょいエロの判断は誰がするのよ」


「……」


 ……斎藤の奴、こんなの当然聞かれるんだから回答用意しとけよな。

 仕方ない、助けてやるか。


 うん、これはあくまで友達を助けるため。俺がちょいエロ王様ゲームをやりたいからでは無い!


「じゃあこうしない? お題を出して、女子の過半数がNGだったら、そのお題は無効とするってことで」


「まあ、それならいいか」


「わかった、じゃあ、それでやろう!」


 あっという間に話がまとまり、ゲームが始まった。





「「「「王様、だーれだ?」」」」


 皆が一斉にくじを引く。

 果たして王様は……俺だった。


 ううむ、最初に王様になるのはちょっと想定外。


 最初のお題でゲームの雰囲気が決まってしまう。

 ちょいエロはOKと言ってもいきなりじゃ引かれちゃうだろうし、エロ方面はNG。

 それで、座を白けさせないお題……お題……


 ええい、ままよ。


「3番はこのゲームの間中、語尾に『ニャン』をつけること!」


「「「えー」」」


 不満を漏らしたのは男子たち。恐らくもうちょっとギリギリを攻めろと言いたいのだろう。だが──


 俺の隣に座っていた夏月がプルプル震え出した。


「3番、私……」


 それを聞いた途端、男子の目の色が変わった。


「「「高科、グッジョブ!」」」


 何だ、その謎の連帯は。


「た、高科君、覚えてなさいよ」


「「「委員長、語尾!」」」


「お、覚えてろ……ニャン……」


「「「はい、いただきましたー!」」」




 さて、次の王様は──


「私ー!、じゃあ、2番が好きなタイプをカミングアウト!」


 上原さんからのお題の提出。しかし、ここで疑問符。


「そのお題大丈夫……かニャン?」


「好きな人じゃ無くて、好きなタイプだから問題無いんじゃない?」


「そうだね」


 と言うことで続行。相澤さんが立ち上がった。


「はいはーい、2番は私。私の好きなタイプはぁ、『足の速い人』!」


「「「「小学生か!」」」」


 一斉の突っ込みに相澤さんがケラケラ笑っている。

 一緒になって笑っていたら、江川さんがこっちを向いた。


「足が速いと言えば、体育祭のリレー、高科君凄かったね」

「うんうん、あれは鳥肌立った」


「いや、あれは前の走者との関係で相対的に速く見えただけで、拓海の方がよっぽど速いから」


 江川さんの言に上原さんまで乗っかっちゃったけど、調子に乗るわけにはいかない。

 と、そこで、斎藤がいきなり空気を読まずにボソリと──


「あれ、じゃあ相澤さんの好きなタイプって高科ってこと?」


 その指摘に相澤さんが大慌て。


「ち、違うから。あくまで一般論としての好きなタイプであって、特定の人を念頭に置いてないから! だから、彩名さん、睨まないで!」


「に、睨んでない……ニャン」




 次の王様は──


「よし、俺だ!」


 高らかに宣言する斎藤に嫌な予感が止まらない。


「4番と7番、ポッキーゲームな!」


 出た、王様ゲームの定番、ポッキーゲーム。そして、4番と7番は──


「「マジかよ」」


 白石と杉田の間で始まる、男同士のポッキーゲーム。そして木霊する斎藤の絶叫。


「うおおお、俺はこんなもの見たいわけじゃねえ!」




 そして次──


「5番が7番に壁ドンして顎クイ、それで10秒見つめ合う、な」


 杉田の声に手元のくじを見る。


「マジか」


 俺、5番だ。じゃあ7番は──


「わ、私……だニャン」


「「「「うおおお、了×夏キター!」」」」


 うるせーよ。


 仕方ない。夏月を壁際に立たせる。


「ほ、本当にやるの?」


「夏月、語尾」


「ほ、本当にやるのか……ニャン」


 戸惑ったような夏月の問いには答えず、左手で夏月の顔のすぐ横をドンッと突く。


 夏月はちょっとビクッとして、そちらに視線を移したが、すぐに俺の方を向く。その顔が赤い。


「高科君……」


 おとがいに手を添えると、彼女が目を閉じた。そのままクィっと──


「やかましいぞ、お前ら!!」


 突然、ドアが開き、乱入してきたのは──


「やっば、ナナ先生だ!」


 ナナ先生はジロッと俺達を見回すと、呆れたようにため息を吐いた。


「周りから苦情が出てる。それに男子は女子の部屋への出入り禁止だ。さっさと部屋に戻れ……他の先生に見つからんうちにな」


 その言葉に、俺を含めた男子がコソコソと出て行こうとして──


「高科、お前は後で部屋に来い」


 うおお、何故俺だけ?

 壁ドンして顎クイしてたのがまずかった?


 仕方ない、今日はみんな調子に乗ってたとは言え、俺も羽目を外しすぎていたかもしれない。

 そう思った夜だった。



 なお、覚悟して行ったナナ先生の部屋では、お説教は無く、最近の調子を聞かれただけで終わった。

 何だったんだろう、あれ?



========

<後書き>

次回、ドキドキ水着回。

1月24日(金)20:00頃更新。

第30話「俺は今日、生きて帰れるのだろうか?」。お楽しみに。

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