第24話 あなたは私のヒーロー
大盛況の応援合戦が終わり、午後の競技が始まった。
最初の競技は借り物競争。
俺や夏月は出ないけど、確か梨沙姉が出るって言ってた。
目の前では最初の組の人達が借り物を探して右往左往している。
そのうちの一人が、教職員用テントに走って行ったかと思うと、ナナ先生を引っ張り出している。
妖艶な女幹部や戦隊ヒロイン姿を披露してくれたナナ先生も、今は学校指定のジャージ姿に戻っていた。ちょっと残念。
二人がゴールに到着して、さあ、お題の確認。
さて、何のお題でナナ先生は連れてこられたのだろう。
担当の体育祭委員が声を張り上げる。
「お題は『ピンクを着た人』です! うーん、今はピンクじゃ無いですが、正解にしましょう!」
巻き起こる大爆笑。
ナナ先生は少し複雑な顔をしているが、ムラクモピンクの印象が最高だったからね、仕方ないね。
最初の組が終わり、次の組がスタートラインに並ぶ。
途端に回りが騒がしくなった。
「おい、春日先輩出るぞ!」
「マジか、俺借りてくれないかなあ。お題はもちろん『好きな人』で」
「アホか、そんなお題無いってこないだ言われただろ」
梨沙姉、相変わらず大人気だな。
横にいる夏月は凄い冷たい視線を彼らに向けてるけど、まあ高1男子なんてこんなもんだろう。そう思いながら、視線を梨沙姉に戻す。
パンッというピストルの破裂音と共に走り出した梨沙姉が、お題が書かれた紙を拾い上げる。中身を見た彼女は一瞬考えたようだが、周りを見回すこと無く、一直線にこっちに走って来た。
「え、春日先輩、こっちに来る?」
「借り物は俺だ!」
「いや、俺が」
大騒ぎになるクラスメートを他所に、飛び込んで来た梨沙姉は俺の手を取った。
「了君、来て!」
「え?」
いったい何だ?と思う間もなく引っ張り出される。
そのまま、梨沙姉は俺の手を掴んだまま走っていく。
後ろから「高科ぁ、お前だけ狡いぞーっ!」とかいう声が聞こえるけど、俺のせいじゃ無いだろ。
しかし、お題は一体何だろう? そう思うが、前を見つめる梨沙姉に何となく聞きづらい雰囲気を感じて、そのままただ走り続ける。
そうして、ゴールに一番に着いた梨沙姉はお題を書いた紙を体育祭委員に渡した。
「お題ですが『ヒーロー』です。ええと、これは?」
委員は明らかに困惑しているようだ。
そりゃそうだ。「ヒーロー」というお題に一般生徒を連れて来ればこういう反応になるだろう。
そもそも俺自身が困惑してる。
恐らくはムラクモレンジャーを演じた応援団の人を連れてくることを想定したであろうお題。
だけど、梨沙姉はきっぱりと言い切った。
「了君は私のヒーローなんです!」
えええええっ!とあちこちから上がる悲鳴。
頭を抱える。
また、誤解されそうな言い方をして。
確かに梨沙姉は以前から俺のことをヒーローって言ってくれてるけど、それは、子供のころから一緒にいるから。変に誤解されたく無いし、俺自身、誤解しちゃダメだ。
委員はいったん引っ込むと生徒会長に判断を預けたようだ。自身はゴールに戻り、後続選手への対応をしている。
そして2、3分経った頃、生徒会長が出てきてマイクを取った。
「お題の『ヒーロー』だが、今回の体育祭のテーマは『全員が
おおおおっ!という歓声が上がる中、梨沙姉と俺は改めて1着の人が立つ位置に案内された。
いや、梨沙姉が1着なのは嬉しいけど、俺に対する殺意の視線が、再び……。
「良かったね、了君!」
「……ああ、そうだね。1着おめでとう」
まあいいか。梨沙姉の底抜けの笑顔が見られたから。
その後も順調に競技は進み、いよいよ二人三脚。
あれからも練習を重ね、今では完璧に仕上がっている。
タイミングを合わせて足を踏み出すのも今では掛け声無しでも出来るんじゃ無いだろうか。
なお、掛け声を出すのは夏月の方に変更した。俺のテンポに夏月が合わせるより、その逆の方がやりやすかったのだ。
スタートラインで足を結び、夏月の肩に手を回す。
これも最初の頃はビクッとしたリアクションが帰って来てたけど、今はもう平気……いや、今ちょっとビクッってしてた?
ホントに慣れて欲しいものである。
夏月の手も俺の腰に回され、準備は万端。
ピストルの音と共に二人、飛び出した。
「1、2、1、2」
夏月の掛け声に合わせ、足を動かす。
順調だ。20メートルも行かないうちに先頭に出た。
行ける! そう思って歩を進めていたが、コーナーまで来た時、それは起こった。
3番手を走っていた緑組チームが、俺達の真後ろを走っていた青組チームに絡んだのである。そのまま、前に圧される形になった青組コンビが、夏月の上に倒れこんだ。
まさかの赤、青、緑の同時転倒。
「大丈夫か? 夏月!」
「だ、……痛っつぅ」
慌てて夏月を見ると、膝から血を流している。それだけでは無い。
立ち上がろうとした夏月は盛大に顔を歪ませた。
どうやら足をくじいたようだ。
それでも気丈に立ち上がり、走り出そうとする。
「大丈夫だから行きましょう!」
周りを見ると、この事態を好機と、白組が最後尾から先頭に躍り出ており、青組、緑組とも大した怪我は無かったらしく、走り始めていた。
早く追いかけなければ、そう思い、一度は走り出した。だけど──
「1、痛ーっ!」
夏月が思わず悲鳴を上げた。顔も蒼白である。このまま走っていいわけが無い。
「高科君?」
俺は歩みを止めていた。
不審そうにこちらを見る夏月に伝える。
「棄権しよう」
「なんで?」
「その足で走れるわけ無いだろ」
「でも」
「でもは無し。勝ち負けより夏月の足の方が大事に決まってるだろ」
そのまま屈むと足を結んでいた手拭いを解いた。
「おっとー、これは棄権か?」という実況アナウンスに周りがざわめく中、俺は夏月をヒョイと横抱きに抱え上げた。俗に言う「お姫様抱っこ」である。
「え?」
夏月が目を白黒させているが、驚いたのは夏月だけでは無かったようだ。
ええええええええええっ!というどよめきが一気に起こる。
夏月はと言うと、これ以上無い程、顔を真っ赤にしていた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫だから、待ってれば担架来ると思うから下ろして」
「そんなの待ってるより、俺が運んだ方が早いだろ」
そりゃ、こんな状態で運ばれるのは恥ずかしいだろうけど。と言うより、俺だって恥ずかしいよ。だけど、何よりも、怪我をした夏月を救護スペースに速く連れて行く、それが第一優先だ。
夏月はこれ以上は言っても仕方ないと思ったのか、身体を預けてくれた。
その口から囁きのような声が漏れる。
「りっちゃんだけじゃ無いよ」
「?」
「私にとってもあなたはヒーローだよ」
え? それってどういうこと? そう聞こうと思ったが、直後、救護班が到着して、夏月は引き渡された。
まあいいかと赤組のテントに戻ったのだが、周り中大騒ぎである。
「高科ーっ、お前、春日先輩だけじゃ無く彩名さんまで!」
「お姫様抱っことか羨ましすぎるぞ!」
「リア充爆発しろ!」
……勘弁してくれ。
さてさて、盛り上がった体育祭も終わりの時。
今は閉会式が行われているところ。
結局、赤組は2位だった。優勝は白組。
まあ、2年、3年に運動部員が少ない特進コースが当てられている赤組は例年、下位の方だったらしいから2位と言うのはむしろ健闘と言えるだろう。
と、そこで体育祭委員からアナウンスがあった。
「みんなスマホは持っているか? QRコードを送ったので読み込んでくれ」
今回、開会式と閉会式ではスマホ持ち込みが許可されていた。
特に閉会式では必須となっていた。
これがその理由か?
「何々、『本日のMVPを決めろ!』?」
「さあ、みんな。君たちが今日の体育祭でMVPだと思う人の名前を一人入力してくれ。全校生徒によるアンケートで今日のMVPを決める!」
いったい何だよ、それ?
周りのみんなも苦笑しているが、楽しそうに入力している。さて、俺は誰をMVPにするかな……って、あの人しかいないよな。
5分くらい経って集計が出来たらしい。さすが、IT社会。仕事が早い。
結果を伝える体育祭委員が声を張り上げる。
「それでは本日のMVP、ベスト3を発表します。呼ばれた人は朝礼台に立ってご挨拶ください。それでは第3位、ナナ先生こと北野七瀬先生だー!」
その案内を受け、ナナ先生がにこやかに朝礼台に上ると、盛大な拍手が巻き起こった。誰も文句はあるまい。と言うより、3位なんて低い位置にいるのが不思議なくらい。
ナナ先生が引っ込み、次は第2位の発表。
「第2位は、群雲高校を守る正義の戦士、ムラクモピンクだーっ!」
爆笑が起こった。要はナナ先生じゃ無いか。
当のナナ先生は戸惑った様子ながら、朝礼台に出て挨拶する。
そして最後の第1位は──
「もうみんなも想像がついているんじゃ無いかな? 第1位は、妖艶なる悪の女幹部、大人の魅力たっぷり、ナナクィーンだぁっ!」
もう、会場は大盛り上がりである。ナナ先生、まさかの1~3位独占。
ちなみに俺もナナクィーンに入れたんだけどね。
ナナ先生は不機嫌そうな顔で朝礼台に立った。
挨拶を促す声に一言。
「お前ら、覚えとけよ」
こうして大盛況のうちに体育祭は幕を閉じたのだった。
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<重要告知>
本日1月3日まで、年末年始特別進行として毎日更新しておりましたが、次回から更新頻度が異なります。
1月中は週2回(月曜日、金曜日)更新とし、2月以降、従来の週1回(金曜日)更新に戻ります。
次回は1月6日(月)20:00頃更新。
第25話「ナナ先生のありがたい教え」。お楽しみに。
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