異世界開拓~神として転生した私が、この世界に納得するまで~

虹空天音

一日目

 閉めた窓の向こう側から、いつまでも降り続く雨の音が耳に届く。イヤホンをつけなおして、暗い部屋で光るパソコン画面に向き直った。今日も、この部屋から出られない。


 まばたきでくもった眼鏡のレンズを拭く。ハンガーにかかったままの制服を見てしまって、また罪悪感にかられた。部屋から出られない、罪悪感。


 毎日通知の来ていたはずの携帯は、もう何も言わなくなって、無言で机の隅で息をひそめている。迷って、やっぱり首を振った。

 後悔はもうしなくていいと、思い直したからだ。


「はああ……今日も無理だよおぉ……」


 パソコンに映し出された推しのご尊顔。勢いあまって墓でも作りそう。

 深いクマがある私の酷い顔が鏡に映って、思わず顔をしかめてしまう。あー、嫌な気分。


 いつまでも私は迷って、迷って、迷い続けている。こうしよう、そう決めた事だって、次の日には無理だった。

 そう、「行こう」と気合を入れたとて、行けないのは行けないのだ。それは、引きこもってから数か月ほどですぐに気づいた。


 色々考えて、頭が痛くなる。私は今日も毎日を憂鬱に思いながら、布団に這いずる。




「……さん、澪さん、羽川はがわみおさん」

「……?」


 ぼんやりとした意識の中で、優しい声が頭の中に響いていた。不思議に思って、私は目をこする。


「起きましたか」


 まだ寝ぼけている意識をぶんぶんと振り払い、私はぼやける視界でその人を見た。その人は、常に微笑を浮かべて、こちらの顔を覗き込んでいる。


「はあ……? だれ、ですか」

「私は神といいます。この世界、地球を創った神です」

「へ……?」


 目の前の人は、何を言っているのだろう。もしかして私の、夢の中での勝手な想像だろうか? それにしては、声色も表情も、現実リアルな気がするけど……。


「神……って……?」

「単刀直入に申し上げます」


 ニコニコと、神と名乗ったその人は、話すスピードを一切変えず、淡々とこちらに話しかけてくる。


「人手が足りないので、世界を創るのを手伝ってほしいのです」

「……ん?」

「ですから」


 その人は聞こえなかったのかと勘違いして、


「人手が足りないので、世界を創るのを手伝ってほしいのです」


 と、一言一句違えず繰り返した。

 ……いや、しっかり聞こえたよ。それは。私、イヤホン外して寝たし。そんな耳悪いわけでも、ないし。

 今、目が冴えたし。


 一体、この人は何を言っているんだろう。目の前の人は、普通の人に見える。間違っても、神様には見えない。


「え、いや、いきなり言われても信じられないです……」

「いえ、信じなくても結構です」


 その人は、私の言葉なんか聞こえてもいないように、遮った。そして、こちらを見つめてくる。

 うっ、まともに人と話せない私が頑張って言ったのに。


「神として転生するために必要なのは、羽川はがわみおさんの『同意』だけでいいんです」


 謎の圧……。だんだん神様が怖く見えてきた。どうしよう、私。


 正直言って、転生には興味がある。パソコンを開いてファンタジー漫画を見れば、大体は異世界系だし。小説を読めば、異世界ファンタジーもたくさんある。読み切れないほどに。


 私も、主人公たちに憧れたことがある。主人公が突然超パワーを手に入れて、異世界を無双する。

 異世界を探索して、この世界を攻略する。


 何パターンにも分かれて、転生系は広がっている……。




「神様になったら」


 考えて、一言つぶやいた。そしたらずっとしゃべっていなかったせいか、掠れてしまった声が出る。カッと顔が熱くなった。少し咳ばらいをして言い直す。


「神様になったら、何をするんですか」

「……」


 神様は、私のことを鋭く見つめた。


「……世界を創る」

「え?」


 また、神様はその言葉を繰り返した。私は、ゴクリとつばを飲み込む。

 張り詰めた緊張感が、空間に溶けだして混ざり合った。フフッと神様の微笑む声。


「これ以上は企業秘密ですね。どうしますか?」


 私は息を吐いた。ここで生きていても、ずっと……。

 考えて、顔を上げた。


「説明って、お願いできますか?」

「完了ですね」


 神様はにこにことしながら、どこかから本を取り出した。そこの一ページを綺麗に破り取り、私の前に置く。


「この紙に自分の血を落として下さい」

「んん? ……ほんのちょっぴりでいいですか?」


 流石に痛いのは嫌だ。神様は「もちろん」と言ってくれている。よかった、大量に必

 要だったら心折れてたかもしれない。


 いつ用意したのか分からないけど、神様は私に針を渡す。

 恐る恐る、自分の指に刺した。チクッとした痛み。

 刺した指から、少しの血が出る。私は急いで、その血を紙に押し付け、一息ついた。やっぱり、あの痛みは精神が削られる。


「はい、オッケーです」


 神様は、破った紙をファイルに入れる。そして、何かブツブツと呪文を唱え始めた。ちょっと、ワクワクするかも。


「さて、転生しますよ」

「……お願いします……!」


 目をつむった。次第に体がふわりと浮くような錯覚をして、脱力していく。なんだか、疲れが取れるみたいだ。


 目を閉じて真っ暗なのに、不思議と目の前は明るかった。転生という感覚、慣れない。


 いきなり来て「世界を創る」とかなんとか言われたけど、それも、目が覚めたら夢で、そのまま日常に戻るんだろう。

 きっと、そうに違いない――。




「……うぅ~ん……?」


 ミオは目を覚ました。頭が痛いようで、顔をしかめている。


 ミオの格好は、薄い白色のワンピース、という、装飾も何もないシンプルなものだった。

 髪の色は普通の茶色で、人間の時とあまり変わっていない。


 そして、何よりも変わったのは、ミオが目を覚ました場所……そう、青々とした森だった。


「いったたた……あれ、私、は?」


 ミオがようやく、寝ぼけまなこから覚醒して、周りを見渡した。

 その顔が段々青ざめていく。


「ここどこ……というか、服変わってる⁉」


 頭を抱えてその場にまた座り込む。これからのことを迷っているらしい。


 その時、森の茂みから、ガサガサと音がした。ミオも気づいたらしく、えっと驚いた表情を浮かべる。


「ぷはっ」


 茂みから勢いよく飛び出してきたのは、小さい何か。


 尖った耳、サラサラとした金髪、緑色の瞳。白い布で作られた神秘的な服。ぱっちりした目で、ミオを見つめている。


「えっ、あっ、その~……」

「……ワールドマスター様⁉」


 その生物は、ミオを見てそう叫んだ。どうやら、言葉が話せるらしい。知能が高いようだ。

 生物は手と手を握り合わせて、こちらを見つめてくる。何かを頼みたいようだ。


「ワールドマスター様、わたくしを、エルフ族を、どうかお救いくださいませ!」

「えっ⁉ いきなり⁉」


 ミオはさすがに驚いたようだ。当然、説明もなしにここに放り込まれたかと思ったら、目の前の生物はエルフ、そして助けを求めてくる、というなんとも訳の分からない状況。

 驚かないはずがない。


「あの~、私何も知らないんだけど……」

「それでしたら、里にだけでも来ていただけないでしょうか⁉」


 ミオは、ぐいぐいくるエルフに対して少し戸惑っている。

 コミュ障なのが仇になってしまったようだ。


「ハッ、失礼しました。少し取り乱してしまいまして……」

「う、うん……」


 エルフがこちらの対応に気づいたのか、少し距離を取ってくれる。優しい。

 ミオは汗をだらだらたらしながら精一杯の笑顔を浮かべていた。


「申し遅れました、わたくしはエルフの里長、リューテと言います」

「は、はい……私は……」

「ワールドマスター、ミオ様ですよね⁉」

「えー、あ、はぁ……」


 やはり、ミオはコミュニケーションが難しいようだった。


 ワールドマスター、ミオの開拓一日目。

 第一目標:エルフの里に行く

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異世界開拓~神として転生した私が、この世界に納得するまで~ 虹空天音 @shioringo-yakiringo

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