夏祭り、打ち上げ花火の下でツンデレ少女はアイを告白する

沙崎あやし

夏祭り、打ち上げ花火の下でツンデレ少女はアイを告白する

 ホームルームが終わり、教室の中が雑然とした空気に包まれる。放課後である。部活に行く者もあれば、友達と駄弁る者もいるし、早速下校する者もいる。高校生という時間は貴重で短いのだ。それぞれに青春を謳歌しようと躍起になっている。


 そんな中、幼馴染みの村上タカシがアタシに声を掛けてくる。


「サヤカ、放課後ヒマかな? もしヒマなら一緒に帰らない?」

「別にヒマじゃないわよ、失礼ね。いろいろやること沢山あって大変なんだから」

「そ、そうなのか。うん、ごめんね」


 タカシは少し気圧された様子で、後ずさる。コイツちょっと気が弱いんだよな。


「村上くーん。だったら一緒に帰ろうよ。みんなで喫茶店行こうって話してたんだー」


 そんなタカシに別の女子が声を掛けている。タカシはこちらをチラチラと気にしていたものの、アタシが何も言わないので結局、その女子に連れられて教室を出て行った。教室を出る瞬間、その女子が勝ち誇った顔でアタシを見る。


(……くそおおおッ、どうにかならないのか、このツンデレ体質!)


 アタシは机に突っ伏して震えた。ああ、そうです。そうですよ。タカシに誘われた時、内心すっごく嬉しかったんデス。飛び跳ねんばかりに付いて行きたかったんデス。


 しかしそんなアタシの乙女子心を嘲笑うかの様に、身体はあんなツンデレな対応をしてしまうんデス。しかも何よ、あの女子!(名前忘れた)。あの勝ち誇った表情……くそ、タカシはちょっと弱気だが、それが草食系男子として人気だったりするのだ。この光陰矢の如しな高校生活。このままではタカシがあっという間に他の女子に食われてしまう……。


「別にいいじゃない。村上なんて男、ほっとけば。私はそんなツンデレなサヤカが大好きだよ」

「……アンタに相談したアタシが馬鹿だったわ」


 アタシは屋上で親友の瑠璃子に相談したが、秒で後悔した。瑠璃子はアタシにベタベタと纏わり付く。幾ら撥ねのけても、めげずに擦り寄ってくる。アタシの周りにはこんなのしかいないのか……まあアタシがツンデレだから、それでも言い寄ってくるのは女も男もMだけ。非情な現実だった。


「まあ真面目に言えば、マジで村上を落としたいのなら、いい加減ツンデレは治さないとね」

「落としたいとか言うな。アタシはただ……別に、そんな風になんか思ってないんだから」

「それがツンデレだっていうの」

「うぐっ」


 アタシは青空を仰ぐ。夏の日射しがじりじりと肌を焼く。汗が垂れる。なんだこのツンデレ体質……もはや伝統芸の領域か。なんか泣けてくる。ああ、アタシはただ、タカシのことが好きなだけなのに。そう、好きなのだ。幼稚園の頃から好きなのだ。すーきーなーんーでーすー!


 ……くそ、こうやって心の中ではいくらでも言えるのに、何故外に出せないのだ。


「ねえサヤカ。私のことどう思っているの?」

「なに突然? 親友だと思っているわ。でもアタシ、百合の気は絶対無いからいい加減諦めて?」

「じゃあ村上のことは?」

「そりゃ、まあ……友達よ。付き合い長いし、ただそれだけよ」

「ああ……ツンデレ最高ね。私が村上だったら、泣いて喜ぶんだけどなー」

「——帰るッ!」


 瑠璃子がうっとりとした表情を浮かべだしたので、アタシは早々に立ち去った。



 —— ※ —— ※ ——



「タカシ……ずっと前から好きでした。つきあってください!」


 アタシは言い切った。一言一句、間違えずに言えた! やったー!


「……はあ」


 アタシはベッドの上に倒れ込んだ。今いるのは自室。風呂上がり。そしてタカシは写真のフレームに収まっている。今の告白は、写真のタカシに対してでした。……笑うな、そこ! これでも大きな進歩なんだ。昔は写真にすら告白出来なかったんだから。


 写真のタカシはかなり幼い。幼稚園の時のだからね。しかしアタシと二人で写っている写真、これが最新版なのだ。どうやらアタシのツンデレは小学生の時には発症していたらしい。……根深い。


「どうしてこうなのかしら……?」


 タカシに対して、どうしてツンデレしてしまうのか。そこは結構疑問な部分ではある。アタシ、どちらかといえばズバリとモノを言う性格だ。それでよく喧嘩をしたりもする。なのになあ、その積極性がどうしてタカシに対してはツンデレという形で現れてしまうのか。


「……そういえば、昔からタカシは弱気だったわね」


 ぼんやりと写真を見つめる。幼き日のタカシはアタシの後ろに半分隠れている。幼稚園でタカシはよく虐められていて、アタシが助けてやったもんだ。


『いつでもアタシに言いなさい。守ってあげるから!』


 そんな勇ましい台詞を言った記憶もあるなあ……。まあそんなタカシも、弱気な部分は垣間見えるが、今では立派な高校生男子だ。むしろその弱気の部分に、何やら嗜虐心を擽られて……って、そうじゃない!


『サヤカももう女の子なんだからさ。拳で喧嘩とかは控えた方がいいと思うんだ』


 殴られた頬を腫らして、タカシがニッコリと微笑む。あれは中学の時だったっけ。あれでさ、結構喧嘩強いんだよね。タカシはアタシの危機に駆け付けて、喧嘩相手をざっと追い払ったのだ。


 今でも時々夢にみる。思えば、あの場の空気に流されて告白しとけば良かったのかな……ツンデレ体質のアタシにとっては最後のチャンスだったのかも知れなかった……。


「いやッ! まだだ、まだ終わらんぞッ!」


 アタシは奮起して起き上がる。そしてカレンダーを見る。七月十日に赤丸がしてある。そう! 日曜日! そしてその日は高浜神社での夏祭りの日!


 ——決起日である。最終防衛ラインである。アタシは神社の境内で、タカシに告白する! そう心に決めていたのだ。



 —— ※ —— ※ ——



 だがしかし。作戦は早々に頓挫の危機に直面していた。


「ぐぬぬ……タカシは、どこだ?」


 アタシは出店が立ち並ぶ境内でうろうろしていた。日が暮れて、眩しい照明が辺りを照らしている。意外と人出が多い。自分はそんなに低身長だと思ったことはないが、しかし男性が目の前に立てば向こう側は見えない。履き慣れない下駄をからころ鳴らしながら、タカシの後ろ姿を求めて右往左往する。


 アサガオの綺麗な浴衣を新調するのには成功した。だが、肝心のタカシを誘うのに失敗していたのがこのアタシだ。タカシから『夏祭り、行かない?』と言って貰えたのにもかかわらずだ。理由は……分かるだろ? ツンデレ体質が逆FIREしたんだよッ!


(……いや、まだ終わっていない……!)


 アタシは境内をカラコロと下駄を鳴らして走る。タカシは夏祭りには来ている。それは確認している。だって……あの女子がタカシを誘っていたのだから。また例によって、アタシに見せつけるように。


「はあ……はあ……」


 歩き回って息が少し荒くなる。あの女子、きっとタカシを狙っているのだ。きっと彼女も綺麗な浴衣を着て、タカシに褒められていたりするんだろう。ふん、羨ましくなんてないんだからね!


 だから急がないと。タカシは弱気だから、女子から告白なんかされたら「うん」と言ってしまうだろう。それは回避したい未来だ。きっとこの後打ち上げ花火があるから、そんなムードの中で告白する可能性は濃厚だ。だからその前に、タカシと接触しないと。


「……タカシと、会って……どうするの?」


 アタシは本社へと続く石畳の階段の途中で——足が止まってしまった。どん、と一発目の花火が上がる。アタシは、タカシと会ってどうするの? ——告白する? できるの、そんなツンデレ体質で? しかも他の女の子を押し退けて?


 心の中に突然不安がぶわっとて広がっていく。胸を押さえる。動悸が、止まらない。不安と、そして恐怖だ。これは恐怖だ。


『ごめん、別にサヤカのこと好きじゃないから』


 脳内で、脳内タカシがそう告げる。アタシはそれだけで、階段に蹲ってしまった。足が震えて動かない。アタシは——きっと、ずっと怖がっていたのだ。タカシに振られてしまう未来に怯えて、それをツンデレ体質で先延ばしにしていたのだ。


 花火は次々と打ち上がっていく。アタシは手摺りに縋って、なんかと最上段まで上がりきる。そこには最後の出店と、そして賽銭箱を備えた本社があった。


 そこにいる人々は空を、花火を見上げている。そこで、はっと見つけてしまった。みんなが夜空を見上げている中、二人向かい合っている男女の姿を。


「——あ」


 それはタカシと、例の女子だった。アタシはそれを、人々の間から呆然と見つめる。


 花火が打ち上がっている間、二人は何事か話している様だった。そして最後の花火が綺麗に消えてなくなった頃、女子はタカシの前から走り去った。綺麗な浴衣をきたその女子はアタシの傍を走り抜けていく。アタシの存在にはどうやら気がつかなかった様だ。——彼女の目には涙があった。


 花火が終わり、人々が動き始める。タカシはじっと立ち尽くしたままだ。——次は、アタシの番だ。胸がどきどきする。


(……まだ、アタシにチャンスがあるの……?)


 淡い期待感と、恐怖とがごっちゃになる。頭に血が上って、耳鳴りががんがんする。アタシは一歩歩み出て、でも躊躇う。


(このまま行って、またツンデレ体質が噴出したらどうしよう?)


 それは最悪だ。何か……何か対策を……。必死に周囲を見回すアタシ。そしてはっと気がついた。アタシの目に飛び込んできたのは、出店で売られていた美少女戦士の仮面だった。


「おいちゃん! コレ一枚ッ!」

「あいよー」


 アタシはその美少女戦士のお面をつけると、タカシの前へと駆け出した。


「タカシ!」

「えっ?!」


 お面越しに、タカシの驚く表情が見える。まあそりゃそうよね。いきなり現れた幼馴染みがお面被ってるんだもの。アタシなら頭の病気を疑うわ。


「どうしたんだい?」


 タカシがそう話しかけてくる。瞬間、アタシのツンデレ体質が反射的に言葉を紡ごうとする。


「べっ……!」

『別に、アンタのことなんて好きでもなんでもないんだからね』


 アタシはそんな言葉をぐいっと呑み込む。呑み込んだ! やった! 成功だ。アタシのツンデレ体質は対面していると発動する。だからお面というワンクッションを挟んでやれば、なんとかなると咄嗟に思いついたのだ。


「あ、アタシは……」


 アタシは、何度も何度も繰り返した言葉を乾いた唇で紡ぎ出す。


「タカシ……アンタのことが好きなの。つきあってください」


 ……言えた。最後まで、言えた。あたしは熱い息をふはーと吐く。心臓はドキドキしっぱなしで、でも二本の足はちゃんと震えずに地面に立っている。アタシは、ようやく、自分の気持ちを言えたのだ!


 その達成感に、一瞬タカシの返事の存在を忘れていた。


「あ、うん。いいよ。じゃあそうしようか」


 だから。タカシの返事はあまりにも不意打ちで——二拍ほど遅れて、頭に血がかあーと登ってきた。ああ、のぼせて鼻血が出るっていうのは、こういうことかー。


「……ッ!?」

「あ、どこへ?」


 アタシはもう何がなんだか分からなくなって、その場から逃走していた。どこをどうやって歩いたのか、それとも走ったのか。まるで覚えていない。冷静になった時には自宅の前で、両脚は下駄も無く裸足。なぜか大根を持っていた。



 —— ※ —— ※ ——



「……おはよー」

「あらおはよう。酷い顔ね。そこも魅力的だわ」

「あっそー」


 月曜日。アタシは教室の自分の席に辿り着くなりに突っ伏した。瑠璃子がツンツンしてくるが、それどころでは無い。眠い……果てしなく眠い……。


 昨晩は、告白が成功した興奮でまるで眠れなかった。寝てないのに、何やら夢が脳内に溢れてきて止まらなかった。そう、ついにアタシは遣り遂げた……タカシと、こ、こ、こ、恋人同士に……なったのだ。


「あら緩みきった顔ね。何か良いことでもあったのかしら?」

「え、それはね……ぐふふ」


 いけないいけない。乙女とあろう者がつい涎が……。答えを焦らしていると、「おはよー」とまた一人男子が教室に入ってくる。——タカシだ。一瞬緊張する。彼は一瞬こちらを見て、手を振る。アタシも手を振る。うーん。いいね!


 タカシが自分の席に着くと、友人たちが興味真摯な表情で寄ってくる。


「村上さー、彼女出来たって本当?」


 アタシは思わずぶっと噴き出す。速い! ——情報が速いっ。昨日の夜のことだぞ? どうして知っているんだよ。SNSか? 裏アカか?! こわいわー、裏ネットこわい。


「いや、できたというか、なんというか」


 タカシがそう煮え切らない回答をしている。なんだよタカシ。そこはガツンと言うところだろ。だから弱気なんだって言われるんだよ。


「——相手、お面していたから、誰だか分からなくってさ」

「……は?」


 タカシの困った様な照れた様な表情。そこにアタシの間抜けな声が重なる。一瞬みんなの視線がアタシに集中するが、アタシは固まったままなので元の会話に戻っていく。


「お面してたって、どういう状況だよ? うけるわ」

「揶揄われてたんじゃないのかあ?」

「いや声は真剣だったから……だからOKしたんだけど……誰なんだろな、あの人」


 ……誰なんだろな、あの人。そのタカシの言葉が脳裏で反響する。……ええ。だって幼馴染みだよ? 毎日会ってるじゃん? 声で分かったりとかしないのかなー、そっかー、しないのかー……。


「……ふん、悔しくなんて、ないんだからね……?」


 アタシは力なく机に倒れ込んだ。ああ、強烈な脱力感と睡魔がアタシを覆い付くしていく……嗚呼、また一からやり直しなのか……。


 それでも。一歩だけは前進できたよね? と思うアタシではあった。


【完】


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