第20話

20



寝付けなかったせいか、夜明けを見た。


ベッドに横になって見える窓からはゆっくり陽が射して…

眩しかった。


穏やかな日差しでさえも…


ゆっくりベッドから起き上がり、服に着替えた。


窓際に立って空を見上げる。


「おはよう…相葉さん」

何故だろう。

側に居る気がして俺は肩に手を置いた。

あの長くて綺麗な大きな手が肩にかかって…後ろから抱きしめてくれる気がして…



今日、あなたのお墓に行くよ…


本当のあなたに…会えるかな。


玄関のチャイムが鳴って、俺は翔さん、潤くんの2人を迎えた。


「おはよう。」

『おはよう…眠れた?』


2人が心配そうに俺を見つめる。

外はまだ朝早いのに、夜と違って随分暑かった。

「おはよう…正直言うと…あんまり…」

『だろうな…』

「ちょっと早いけど…行こうか」

翔さんがクイっと親指を玄関の向こうに向ける。


俺たちはバスに乗り、小高い丘の上にある墓地に来た。


来る途中に花を買って、それを胸に抱きながら海が見える窓の外を見ていた。


そこは学校からも、病院からも、バス停からも…おそらく相葉さんの生前住んでいた家からも近い場所で…。


今時の墓地と違って山肌を割いて作られた足場の悪い場所だった。


ただ…景色は最高だ。


遠く海原を見て取れる。


「翔さん…潤くん…ここからは…1人で行かせて」


大きな百合の花束を抱え直した。

ざっと風が吹いて、2人がぎゅっと目を閉じる。

ゆっくり開いた瞼からは言葉が無くても分かるような優しさを感じた。


俺は2人に頷いた。

2人は一段下がった墓地の入り口に向かって歩き出す。

俺はそんな2人に背を向けて…墓地の中を進む。


相葉…


相葉…



あっ…た…


墓石は本当に古い物で…

目の当たりにしたら、やっぱり相葉さんは本当に居ないんだと、この世の人じゃないんだと…実感し始めていた。


ガサっと包装紙の音が鳴り、ゆっくり膝をついて墓石に花を手向けた。


「相葉さん…」

呟くと、肩に冷たい手の感触。

ゆっくり振り返った。

そこには、いつもと同じ笑顔をした相葉さんが立っていた。


「あ…いばさん…」

『…ごめんよ』

膝をはたいてゆっくり立ち上がった。

「会いたかった」

俺はソッと胸に頰を寄せた。

ぎゅっと麻のシャツを掴む。

相葉さんの冷たい身体が俺を抱きしめた。

『俺もだよ…こうしたかった。和くんを…こうして…』

抱きしめられる腕に力が入り、身体がキュッと縮まった。

「俺を…連れて行ってよ…」

どんな表情をするか怖くて、胸元に語りかけた。

『和くん…』

肩を掴まれ身体が離れると、相葉さんが覗き込んできた。

『…もう君の身体が悲鳴を上げているんだ。…このまま…俺と居れば、本当に君は死んでしまうだろう。…だけどね…俺はそんな事を求めてない。』


「どうしてっ!!俺の事!嫌いなのかよ!」

『まさかっ!!好きだよ!君をっ!……俺は君を…愛してる。』


相葉さんの言葉に目を見開いた。

「無理!俺っ!あなたと離れない!!もう、離れないっ!!あなたが、たとえ俺にカズヤさんを見てても!!!そうなんだろっ?ねぇっ…」

力なく拳で相葉さんの胸を打った。

ビクともしない。

長い指が俺の髪を撫でる。

優しく優しくゆっくりと。

『和くん…君は…君はね…』

髪を撫でる手のひらがゆっくり滑り頰を包む。

小さく屈んで俺の頰を押し上げ上向かせると、唇が重なった。


冷たいのに、温かい…

何度も何度も唇を重ね合う。

離れて行くのを感じて瞼を開くと、目を細めた相葉さんが俺の頰をもう一度撫でた。


『君は…カズヤの生まれ変わり。君を探してた。ずっと…ずっと長いこと…和…やっと会えたんだ』


青く茂る木々が揺れる。


「…な…何言ってんの?」

相葉さんは目尻にクシャっと皺を寄せて微笑む。


『やっと見つけたよ。…和…俺はね、あの時の約束を守るよ。未来永劫…変わる事なく愛し続けるって…言っただろ?』


未来永劫…


変わる事なく


愛し続ける


身体が熱くなる感覚。

俺はこの言葉を




知ってる。



頭の中に映像が流れ込んで来る。まるで波が打ち寄せるみたいにして…

相葉さんの家の庭だ

何で俺は墓参りに仏花を買わなかった?

何故百合の花束にした?


そうだ…


庭に咲いてた…

いい香りで…


相葉さんが俺が好きだって言ったから庭で育ててくれた


百合の花…


その花の前で…相葉さんは


俺に生涯を誓ってくれた


まるで走馬灯のように記憶が巡った。

俺自身が知るはずもない…その映像。

病弱な俺はあの日着ていた…ベージュの浴衣を着ている…。



あぁ…だから…俺はバス停に通ったのか?

あなたを知っていた?

あなたは俺の大切な人だった?

最初から?

…最初から…

頭がガンガン痛み出した。


「相葉さっん…くっ…」

『時間切れのようだね…君がここに居る事が分かって…本当に良かった。和…愛しているよ…愛してる。』


強い風が吹いて、相葉さんは俺の腕を掴み、唇を重ねた。

頭の痛みが引いて行くのを感じながら涙が止まらなかった。




目を開けたら…

俺は


1人だった。


膝から崩れ落ちる。


「嘘だ…置いていくなんて…嘘…だ…ぅゔっ…ぅ…くぅっ…」

空を仰ぎ見た。

「嘘だよ…こんなのっ!!こんなのっ!!嘘だぁあああ!!!!」


『ニノっ!!!』

「ニノっ!!」


意識が遠退く瞬間に視界の向こう側に翔さんと潤くんを見た。


駆け寄ってくる2人の俺を呼ぶ声がプツリと途切れて


俺の記憶はそこで




止まった。

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