第2話

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涼は水分の多い潤んだようなブラウンの瞳を揺らしながら、俺の胸元のシャツを掴んで少し背伸びしながら…唇を塞いできた。

俺は流れる涙が余計に溢れて声が出なかった。

触れただけのキスがあまりに衝撃的だったせいだろう。

「言うつもりなんてなかった。俺…晴弥が好きなんだ…ごめん、気持ち悪いよね」

離れた唇が紡ぐ言葉が信じ難くて、俺はそっと涼の頬に手を掛けていた。

ゆっくり白い頰を撫でる。

ここ最近毎日夢に見た光景だ。

大好きな涼の白い肌を俺の指先が、手の平がなぞる。

妄想の世界だった。それが今、目の前で現実として起こっている。

それなのに涙は止まらなくて、そのまま頬に添えた手で涼の顔を上向かせ、俺から唇を重ねていた。確かめるように…。

涼の薄い唇を割って、舌先を差し込む。

それに応えるようにして、涼が舌を絡めてきた。

クチュっと水音が鳴り響く。

時折、涼が息継ぎに甘い吐息を吐いた。

「んぅっ…はぁ…ンッ…」

ゆっくり唇を離して涼を見下ろした。

恥ずかしそうに、額を俺の胸元に埋める。

「…俺…おまえと同じ気持ちなんだ。さっき、渡り廊下の手前で…」

「あぁ…見てたんだ…ふふ…俺、意外とモテるみたい。」

調子良くクスクスと笑う涼はさっきの告白された出来事を茶化した。

俺は、そんな冗談にさえ焦ってしまって、ギュッと涼を引き寄せた。

「苦し…いよ…晴弥…」

「好きだ…多分…一目惚れだった。」

「え?…」

「入学式の日…桜の木の下で、散ってくる花弁をずっと見上げてたろ?…俺、その時からずっとおまえの事…気になってたんだ。」

涼は一瞬ビックリした顔をして、それからすぐにふんわり微笑んだ。

「嬉しい。嘘みたいだ…晴弥が…俺を好きだったなんて…」

「俺だってっ!!…俺だって凄い嬉しいよ!」

俺がそう言い終わると、お互いに見つめ合い、またゆっくり唇を重ねた。

俺と涼の…恋人関係の始まりだった。



梅雨が始まった頃で…翌日は朝から雨だった。

強い雨のせいで、2人の秘密の場所である屋上にも行けず、一日中人の目の中で俺たちは随分窮屈だった。

手を繋ぎたい。昨日みたいに薄い唇に触れたい。つまらなさそうに頬杖をつく横顔はいつもに増して儚く映った。

昼休み、やっとクラスメイト達が教室を離れて行く。

学食に向かう者や、違うクラスの奴と弁当を食べたりするからだ。

俺の席にやってきた涼は前の机の椅子を借りてパンを口にした。

俺も今日はコンビニのパンだった。

2人で食事をする。

途中、涼が美味しそうだねって俺のパンを覗くから

「いる?」

と差し出したら、まるで犬みたいにパクッと食い付いた。

少し離れた席に座って弁当を囲んでいた女子が黄色い声を漏らす。

俺と涼はあまり他の奴らと話さないせいか、女子達から良からぬ噂の対象になっていたんだ。

今となっては噂では無くなったわけだけど、公にする必要も無いわけだし、多感な年頃のクラスメイト達には理解して貰うつもりなんてさらさらなかった。

「俺のも食べる?」

涼がパンを差し出してくれる。

俺は首を左右に振った。

「ちゃんと食わないと倒れるぞ。ただでさえ細いんだから」

そう言った俺を上目遣いに見つめてくる涼。

「何だよ…」

「どれくらい細いか…確かめてみる?」

「ゴホッ!ゴホッ!…なっ!何言って」

俺は食べていたパンを危うく喉に詰まらせるところだった。

「ふふふ…何って…そのまんまだよ。」

透き通ったブラウンの瞳がユラっと揺れる。

首を軽く傾げながら無邪気に微笑むんだけど…本当のところが分からない。

笑ってるくせに…涼はいつも泣きそうに見えたからだ。

「今日…うちに来ない?」

涼のその一言を最後に、パンが喉を通らなくなっていた。



帰り道。学校と俺の住む養護施設との間に涼のアパートがある。

雨足は相変わらず強くて、傘に打ち付ける雨粒が派手に音を立てていた。

俺は既に熱に浮かされたような気分で、うっかり水溜まりなんかに足をとられる始末だ。

先を歩く涼の少し後ろを歩いた。

俺たちはそれなりにこの関係がバレる事を警戒していて、人目を憚るようにしていたんだと思う。

二階建ての古いアパートだった。

カンカンと音を立てて階段を上がり、一つ目の部屋の玄関扉にシルバーの鍵を差し込んで回すと、涼はどうぞと俺を招き入れた。

入ってすぐにダイニングキッチンで、その次がリビング…とうか和室が一部屋あるだけだった。

外観より中は綺麗にリフォームされている印象だった。

「コーヒーでいい?」

涼が鞄を置いて冷蔵庫の前で俺に振り返る。

「あぁ…」

「適当に座って。何もないけどさ」

涼はグラスにコーヒーを注ぎながら立ち尽くす俺に言った。

俺はダイニングテーブルの椅子を引いてそこに腰を下ろした。

「はい。」

コーヒーをテーブルに置いてくれる。向かいの席に座った涼はグラスのコーヒーをグイッと煽った。

白い喉が揺れて、俺はそれを見つめるだけで生唾を飲み込んだ。コーヒーの微量なカフェインのせいだと、気を逸らす為にグルっと部屋を見渡す。

まるで今日にも夜逃げ出来そうな程に物がなかった。

「何もないんだな…本当に生活してんのかも分かんないくらいだ。」

涼はクスっと笑って、奥の和室をボンヤリ眺めながら呟いた。

「してるよぉ〜、生活…ちゃぁんと…。1人で何でも出来るしねぇ」

まただ。…また、笑っているけど…泣いてるように見える。


涼はいつでも寂しそうで、儚くて…泣いているように見えた。

俺は席を立って、涼の前に跪く。

「俺が居るから…そんな顔しないで」

ダイニングテーブルの椅子に座っている涼を見上げて言うと、ハッとした顔をして、俺の頭を抱き寄せた。

俺は涼の細い腰に腕を回す。そのまま腕に抱き上げた。

簡単に持ち上がった身体を和室へ連れて行って、ゆっくり下ろして向かいあって見つめ合う。

どちらからともなく目を閉じて…キスをした。

卑猥な水音を響かせながら、膝が崩れて、そのまま涼を畳に押し倒した。

「晴弥…俺が好き?」

首筋に唇を寄せる俺に問いかける涼の声は、少しだけ震えていた。

「好きだよ…涼が思ってるより…ずっと好き」

俺は制服のカッターシャツのボタンに手をかけた。

俺の手だって、十分に震えていた。

だけど…抑えられない欲求が息を荒げて、涼のシャツを肩から抜いていた。

白い肌と雨音と、畳の香り。

舌を這わせると身を捩る様が理性のブレーキを壊しにかかった。

平らな胸の小さな尖りに舌先を押し当てた。

ビクンと弓なりに反る腰。少しずつ荒くなる涼の息遣いがいやらしくて堪らなかった。

ゆっくり胸を愛撫しながら、戸惑いながらも、ベルトに手を掛けた。

「ぁ…晴弥っ…」

俺は不安に色付いたブラウンの瞳に優しく微笑みかけて言った。

「好きだよ…」

引き抜いたベルト。下着ごと下げたスラックス。

膝を立てて身を捩るのを押さえこんだ。

「逃げないで…」

「だって…俺ばっか…恥ずかしいよ」

今にも泣き出しそうな顔をするから、涼の右手を掴んで俺の反り勃つ熱に触れさせた。

「大丈夫…俺だって…凄い興奮してるよ…涼としたい。…涼は?俺と…したい?」

ゆっくり頰に口づけた。

そうしたら、涼がゆっくり俺の両頰を包んで唇にキスをして言った。

「したい…晴弥と…したい。」

胸がギュウっと引き攣れて言葉にならない感情が俺を襲った。涼には…まるでカフェインみたいな中毒性がある。

好きで、好きで堪らないと思った。我慢しようと思うほど、焦燥感に駆られて、涼を求めた。

俺は涼を抱きしめてから、身体中に愛撫した。

反り勃つ涼の熱に手を絡め扱き上げ、口内に含んだ。

「っはぁ!…んぅっ!」

グチュグチュと唾液が熱に絡まる音と、涼の身体が畳に擦れる音、甘い喘ぎ声。

完全に壊れたブレーキが俺の興奮を加速させて、涼を追い上げた。

「やぁっ!ダッ…ダメっ!出ちゃうよっ!!」

俺の髪に指先を潜らせ腕を突っ張る涼。

俺は容赦せず吸い上げた。

口内に青臭い迸りが溢れる。

涼の腰が浮いて、小刻みに震えて…俺の口の中で果てた。

「晴…弥ぁ…」

涙声で手を突いて上半身を起こす涼。

俺はたった今口内で受け止めた白濁を自分の手の平に吐き出した。

「涼…これ、使うね」

ゆっくり涼の膝を押し開いた。

真っ赤になった涼がギュッと目を瞑る。

手の平の白濁を…涼の後ろに…ソッと塗り込んだ。

「身体、力抜いて…」

「ハァッ…ぅ…ぅゔっ!むっ…無理っ!」

差し込んだ指がギチギチに締め付けられる。

俺は指先を挿れたまま膝裏に手をかけ涼の片足を肩に担いだ。

折りたたんだ身体のおかげで指が中まで入って行く。

「ぁあっ!くぅっ!晴弥っ!」

俺は涼の唇に何度もキスをする。

いつしか、うっとりと絡まる舌に応え始めた。

「涼…気持ちいい?」

「んっ!ヤバ…い…さっきから…中…擦れて…ぁ…あっんっ!」

俺は涼の良い場所を見つけると、何度もそこを擦り上げた。

すっかり萎えていた涼の熱が、触ってもないのに勃ち上がっている。

俺はもう我慢の限界だった。

ゆっくり引き抜いた指。

自分の熱に手を添えて、涼の入り口にグッと押し当てた。

ビクンっ!と跳ねた涼の身体。

腕が俺の首に巻きつく。

身体をゆっくり沈めて、限界まで密着した。

「ハァ…ハァ…っんっ!…晴弥っ!きてっ!」

俺は…もう夢中で腰を振った。

華奢な白い身体が俺を受け止める。

ガクガクと揺さぶられながら、悲鳴にも似た喘ぎを聞かせてくれる。

堪らなかった。

止められなかった。

いくつも体位を変えて、欲望を押し込んだ。


好きで好きで仕方ない。

今にも目の前から居なくなりそうな、この儚さが怖かった。

いつか本当になりそうで、涼の身体が追いつかない程に、抱き潰してしまった。


俺が吐き出した白濁にまみれた涼は…

恐ろしい程綺麗で、安心したくて抱いたくせに、不安ばかりが押し寄せていた。

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