とんでもない奴
リル
とんでもない奴
予兆
デスクワークの仕事とは言え、帰り道の足取りは重く、良い加減にして欲しい程疲れていた。
アパートの階段を上がるのも一々溜め息が漏れる。
登り切って見上げた先、ドアの前に男がいた。
「よう」
「どうして…?」
さっきまでの重い足取りは何だったんだと思わせるくらい、軽快に走り出す。
「すぐ開けるから…」
ドアを開錠し、先に中へ誘導した。
「ご飯食べた?お酒飲む?お風呂先に入る?」
「風呂」
「すぐ支度するね」
狭い廊下を抜け、辿り着いた1Rの部屋。
男はソファへ座り、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
ここへ来る時は、いつも連絡があるのに…あんな風にドアの前で待ち伏せをされる事は今までなかった。
「お風呂沸きましたよ」
ソファに近づいて声をかけると、静かに目を見開いた。
「おまえも来い」
「え?」
「風呂」
「ご飯の支度…」
「風呂」
「はい…」
この人と並ぶと、脱衣所が異様に狭く感じてしまう。
「疲れてません?」
一人でゆっくり入った方が良いんじゃないかと思い、出た言葉。
「疲れてんのか?」
ワイシャツを脱ぎ捨て、逆に聞き返された。乱れた髪がやけに色っぽく、上腕が顕になる。
「あたしじゃなくて…あなたが」
そっと腕に触れると、頬を摺り寄せたい衝動にかられた。
「疲れたからここに来た。早くしろ」
腕から手が離され、くびれをなぞる様に裾を引き抜かれる。
ブラウスの下から背中に向かって手が滑るように侵入して来た。
より近づく距離感が心地良い。
「俺が脱がすのか?」
「…自分でします」
甘い囁きは、正常な判断を揺るがす。
「今日って…」
どうして来てくれたの?
「夕飯要らないんですか…?」
…聞けなかった。
「風呂上がってから考える」
「はい…」
「脱いだら来い」
「はい…」
離れて行く距離に、小さく出た言葉。精一杯の言葉。
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