夢か現実か
クリスマス一色に染められた街は、寒空の下でも人で溢れ返っていた。
中でも若者が多いこの場所は、
「カップルがやけに目につくな」
「それ完全にミズキの
幸せオーラ全開の男女が目立つ。
「やけに
「…それあたしに失礼だよね」
大好きなクレープを堪能してるのに、ベンチに女2人座って街を眺めていると、溜め息が漏れる。
今頃彼は何をしてるんだろうって、そればかり考えて。
だけど、それを口にしなかったのは、付き合ってくれている友人へのあたしなりの配慮。
「あ、ダメだ…」
そう思っていても、やっぱり彼に会いたすぎて、考えてしまう。
「どうしたの?」
突如項垂れるあたしを心配してくれる友人。
「あたしもうダメだ…」
「何が?」
「彼に会いたすぎて幻覚が見える…」
「はぁ?」
真剣に言ってるのに、肩すかしをくらったような返事をされた。
「マジで言ってんだけど!」
「良かったじゃん。幻覚でも先輩が見れて」
「あたしのドキドキ返して欲しい!」
「返んないだろうね」
「あたしは幻覚じゃなくて、本物に会いたいの!」
「……」
「あ、別に今楽しくないって訳じゃないからね!」
言った後で、黙り込む友人にデリカシーの無い発言をしてしまったかと心配になった。
「ほんとだよ?マジ感謝してるし!」
「…ミズキ」
「ん?」
「あれ幻覚じゃないわ」
「え?」
正面を見つめたまま、「あれ」と友人が指差す先に、あたしも目を向けた。
「あれ本物でしょ」
友人がゆっくりあたしの方へ視線を向ける。
「どう見ても先輩でしょ」
だけどあたしは、視線の先から目が逸らせない。
「似てるね」
「似てるとかじゃなくて…」
「凄い似てるね」
「いやそうじゃないでしょ」
ふぅ…と息を吐いた友人は、
「どこからどう見ても、あのグレーのマフラー巻いてるのは斎藤先輩だから」
少し強い口調でそう断言した。
あたし達が座っているベンチの斜め向かい、通りを挟んだ向こう側。
大きな声を出せば届くかもしれないその距離に、
「…隣に居るのってナミって人だよね?」
友人は怪訝な眼差しを向ける。
「あのナミって人、いっつも斎藤先輩と一緒に居る人でしょ?」
「アッキーの仲良い友達の一人だよ」
「2人で何してんだろ」
それはあたしが一番知りたい。
怒りなのか、失望なのか、何に対してか分からないけど、心臓がバクバクと激しく振動する。
「ミズキ…?」
友人の呼びかけに、返事は出来なかった。
「ミズキ大丈夫?まぁ確かに状況が状況なだけに誤解されやすいシチュエーションだけど、大丈夫だよ」
「……」
「気になるなら話しかけに行こうよ。気にならなくてもあんたなら話しかけるでしょ?」
「……」
「…ミズキ」
どうして?とか、何で?とか、彼に対する疑問が頭の中に浮かんでくる。
あたしと過ごすクリスマスよりも、優先する事なの?って思ってしまう。
「…何か、楽しそうに話してるね」
「そりゃ友達なんだから楽しいでしょ」
「彼女が一人寂しくしてるのに」
「…あんた、あたしの存在スルーなの?」
———裏切られた気分だった。
彼はそんな人じゃないって分かってても、現場を見てしまったから辛い。
どうしようもない…
きっと、今日じゃなかったら大丈夫だった。
今日じゃなかったら、こうゆう状況でも「どうして?」って理由を確かめてた。
でも、今日はクリスマスだから。
あたしは彼と過ごしたかったから。
「ヤダ…」
「ミズキ?」
「泣きそう」
「は?」
「ヤバイ涙出る」
「は?は?」
「帰る」
立ち上がった時には、視界が歪んでよく見えなかった。
鞄を持とうとベンチに手を伸ばしたら、涙が一筋流れた。
「ちょっと待ってよミズキ!」
「これあげる」
慌てたように追いかけてきた友人へ、持っていたクレープを手渡した。
「食べないの?」
「食欲ない」
「…ねぇミズキ、気持ちは分かるよ!でもモヤモヤするんだったら先輩にきちんと聞いた方が良いよ!」
「ヤダ」
「ミズキ!」
「ヤダってば!」
大きく振り返ると、クレープを両手に2つ持った友人が、
「じゃあもう知らないから!」
あたし以上に大きな動きで踵を返した時―…
「あ、」
ピタッと動きを止めた。
「どうも…」
友人が小さく会釈した先には、少し離れた場所から驚いたようにあたしを見つめる…彼が居た。
仲良さげにくっ付いてる2人は、まるでカップルだ。
クリスマスの街に良く似合う、幸せなカップルみたいだ。
何してたのかな?
これからどっか行くのかな?
それとも帰ろうとしてたのかな?
ナミさんと一緒に帰るの?
あたしは―…?
ねぇ、あたしは何―…?
お互いに時間が止まったかのように、無言で見つめ合ったまま。
「ミズキ…?」
あたしを気遣うような友人の声に、我に返ったあたしはパッと彼から視線を逸らした。
「帰る」
「え?でも、」
「ごめんね、ありがと」
「ミズキ!」
友人を振り切って走った。
何も考えれないけど、勝手に2人の映像が頭の中に浮かんで来るから怖い。
楽しそうに何か話して、仲良く寄り添って歩いて。
鮮明に蘇る2人の姿が、あたしの足取りを重くする。
自然に足が止まるのは、この息切れの所為…
何も考えられないくらい、走れる体力を付けようと思った。
肩で呼吸しながら、ゆっくりと歩みを進めた時―…
「ミズキっ!」
勢いよく捕まれた腕。
驚いて見上げると、さっきまでのあたしみたいに、肩で息をする彼が表情を歪ませていた。
その姿を見れば、追いかけて来てくれたんだと分かる。
――だけど、
「…ナミさんは?」
「置いて来た…」
「……」
「ミズキ、」
「離して」
捕まれてた腕に視線を向けると、彼も同じようにそこへ視線を向けたのが分かった。
「ミズキ、」
「離してってば!」
「ミズキ、悪かった」
「ヤダ」
「説明する」
「ヤダ!」
「ミズキ、」
「触らないで!!」
思いっきり彼の手を振り払うと同時に、悲鳴に近い声を発していた。
締め付けが無くなった腕とは反対に、頭の奥がズーンと重くなっていく。
「ヤダ聞きたくない」
言い訳なんて虚しいだけ。
「ミズキ、」
「ヤダ!」
クリスマスなのに―…
こんなのって無い。
辛いし、悲しいし、許せない。
行き交う人の視線が痛い―…
「喧嘩かな?」
「クリスマスなのにね…」
そんな声が耳を掠めて、こんな自分が凄く惨め。
「ヤダ…帰るっ」
俯き吐き出した声は、凄く苦しかった。
「じゃあ一緒に帰ろう」
「ヤダ!来ないで!」
触れようとしてくる彼から、逃げるように遠ざかった。
「ミズキ…」
「来ないで!」
そのまま背を向け、人目も
あたしはただ、クリスマスを彼と過ごしたかっただけなのに…
叶わない事をいつまでもグチグチ言ってたから、罰が当たったんだ。
「ミズキっ!」
すぐに追いつかれてしまうなら、やっぱり体力をつけておけば良かったと後悔。
「何も話したくないの!」
「ダメだ」
この状況で偉そうな物言いをするとは、どんな了見だと呆れてしまう。
「なにそれ…」
「今きちんと話さねぇと、おまえ二度と口聞かねぇ気がする」
「今だって出来れば話したくない!」
「ミズキ…」
どうして彼が溜め息吐くの?
嫌な思いをしてるのはあたしの方なのに。
面倒臭いなら、こんな風に引き止めなきゃいい…
「もう良い。説明とか要らない。事実は変わらないから」
コソコソ隠れてあの人と会われるくらいなら、無理矢理にでも一緒に帰れない理由を、彼に聞いてれば良かった。
「ミズキが納得するまで、きちんと説明する」
そう言った彼を見上げると、瞳に涙が溢れそうになった。
どうしてこんな事になっちゃったんだろって、悔やんでも悔やみきれない。
好きだからショックで、好きだから許せない…
「あたしの気持ちが分かる…?」
高ぶる感情が制御できない。
「…悪かった」
「どんなにショックだったか分からないでしょ!」
大きな声を出すと、涙まで一緒に出ちゃいそうで…
「あたしは一緒に過ごしたかっただけ!」
こんな事になってから本音が言えるなんて…
「だから一緒に帰れないって言われてショックだった!」
…なのに、彼はあたしじゃない女の人と一緒に居た。
何がいけなかったんだろ…
あたしがいけなかった…?
あたしより、あの人の方が良かった?
「もう一緒に居たくない!」
疑心暗鬼に捕らわれて、目の前に居る愛しい筈の彼が、全く知らない人のように思える。
言ってやりたい悲しみは、まだまだあった。
表してやりたい怒りは、もっともっとあった。
なのに言葉にしようとすれば、言いたい事の半分も伝えられなかった。
そのもどかしさが、涙になって零れ落ちた。
「もう帰る…」
涙声のあたしに、彼は何も言わない。
「もう会いたくない…」
だから感情のままに言葉を吐いてしまう。
鼻を啜って、頬に付いた雫を手の甲で拭うと、もう彼の方は見ずに背を向けて歩いた。
体中が重くて…歩いてる足の感覚がいまいち分からない。
まるで、あたしの体が彼から離れたくないと言ってるみたいで、胸が苦しかった。
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