出会い
去年の2月14日。
あたしが、中学3年生だった時。
受験生という事もあって、この時期は家と塾の往復だった。
この日は、同じ学校に通う数人の友達と、あたしが通う塾の授業の前に、近くのファミレスで少しだけ集まって、名ばかりの受験勉強をしていた。
「ねぇねぇ、あれって、ミズキの行きたい高校の制服じゃない?」
隣に座っていた友達の視線の先には、ドリンクバーの前に立っている3人の男子高校生が居た。
「あっほんとだ」
その男子高校生は、上下紺色の制服を着ている。その紺色のブレザーは、まさにあたしが志望する高校と同じで―…
中学1年生の時から、その高校に行こうと決めていた。
理由は簡単。
ただ、紺色のブレザーが着たかっただけ。
ドリンクバーの方に視線を戻すと、そこにはもう誰も居なかった。
紺色のブレザーが着たいとゆう理由で受験勉強をしている所為か、仲の良い友達と一緒にいる所為か…
勉強をしようと教材に目を向けるも、目の前に座っている友達が思い出したように喋り出すと、話しが止まる事を知らない。
その繰り返しで、結局持って来た教材はただの荷物となり、帰るその時まで目を向けられる事は無かった。
外はすっかり暗闇に包まれ、店内も賑やかになってきた。
そろそろ塾に行く時間となり、楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。
友達数人と他愛の無い話しをしながらレジへと向かう途中、紺色のブレザーを着ている人が視界に入った。
その人を目で追いかけると、ドリンクバーの前でティーカップを持って立っている。
最初に見かけた3人の男子高校生と同じ制服だけど、ティーカップを持った彼は、その3人の誰とも違った。
だって、マフラーをしている。
後から合流しました。みたいな感じで。とりあえず飲み物を取りに来ましたって感じ。
ティーカップを持ったまま呆然としているから、きっとドリンクバーに詳しくないんだなって思った。
てゆうより、ファミレス自体あまり来ないのかもしれない。
なんて言うか、ガヤガヤしている店の雰囲気に馴染んでいない。
「あっ、ミズキ?」
隣を歩いていた友達が、あたしを呼んでいると分かっていたけど、意思よりも早く動き出した体は、それに応える事が出来なかった。
「コーヒーなら、一番端のあれですよ」
考えるよりも先に、その言葉が出ていた。
ティーカップを持ったままの彼に、ドリンクバーの一番端を指差し、説明する。
「…どうも」
彼は視線を合わせると、数秒遅れて返事をしてくれた。
一瞬驚いていたけど、すぐに眉間に皺を寄せた彼は、今思えば感じ悪い印象だったなと思う。
だけどこの時のあたしは、お礼を言われた事に満足して、そんな態度なんて気にならなかった。
「ミズキ!」
コーヒーがある場所へ向かって行く彼の後ろ姿を目で追っていると、突如、彼の姿を遮って友達が視界に入り込んで来た。
「ミズキの知り合い?」
彼を見ながら問いかけてくる友達に「知らない」と首を横に振った。
友達に腕を引かれながら、遠くなる彼の姿にチラチラと視線を送る。
「もー!早くしないと塾に遅くれるよ!」
結構大きな声で文句を垂れる友達に連れられて、会計をする為レジへと並んだ。
あたしが寄り道をしている間に、他のお客さんにレジを先に越された様で、既にあたし達の前には
ガヤガヤとする店内に負けじと、友達が話しかけてきた。
「さっきの人だれ?」
「高校生でしょ?」
「ちょっとかっこいい系だったよね?」
キャッキャと楽しそうに喋り出しては、他人の人間関係を面白半分で知りたがろうとする。
だけど残念。
「知らない人だから!」
うるさい店内の音と、矢継ぎ早に飛んでくる友達の言葉が重なって、自分から出た言葉が、想像以上に大きくなってしまった。
その所為か、不本意にも静まり返ってしまった友達に、「いや、ほんと知らないんだって」と、慌てて笑いながら弁解した。
「…なに?」
それでも無反応な友達に、そう声をかけると…
「ミズキ…後ろに…」
友達の手が、力無くあたしの制服の袖を緩く引っ張りながら、背後を指差した。
その友達の言動が、脳内に何かを響かせる。
直後、背後から気配を感じ、只ならぬ恐怖を感じた。
絶対いる…
何かがいる…
頭の中はホラーで埋め尽くされ、後ろを向く事なんて出来ず、逃げ出す事もできない。
「ミズキ…いるよ…」
友達のそのセリフにかなりビビったあたしの体は、
「おい」
低い重低音によって硬直した。
恐怖に加えて、突然の呼びかけに振り返る事が出来ず…
「ミズキ!後ろ後ろ!」
慌てた様子の友達が、あたしの腕に手をかけてくれたからゆっくり顔を上げると、店内が凄く明るく見えた。
と、同時に背後へ視線を移すと、紺色のブレザーを着た男子高校生が立っている。
さっき、ティーカップを持っていた彼だ。
首には変わらず、マフラーが巻かれたままだった。
「次のお客様!どうぞー!」
ふと聞こえた、レジで会計をする店員のお姉さんの声が、あたしの冷静さを取り戻してくれた。
「ミズキ、呼ばれたよ」
友達はそう言って、少し前へと進んだ。
「なぁ、」
再び聞こえた声の先に振り返ると、
「驚かせるつもりは無かった」
さっきと同じ佇まいの彼が、静かに見下ろしてくる。
その視線に絶えられず、何か話さないと…と、焦りが芽生る。
「やっ、あの、別に、驚いたとかじゃなくて。あたし霊感ないくせに超ビビりで、友達がいきなり黙り込むから、なんか後ろにお化けでも見えたのかと思って…」
自分でもどうしたのかと思うほど、言い訳するかの様に、勢い良く言葉が出て止まらなかった。
そーっと彼へ視線を向けると…ずっとこっちを見ていたのか、見事に視線が重なり合い―…
それでも黙っているから、怒っているのかな?と、思ってしまう。
沈黙に耐えられず、先に視線を逸らしたのはあたしだった。
「今日は、」
不意に聞こえたその言葉に、俯く顔を上げると、彼はドアの向こうを見ていて…
「寒いから」
すっかり真っ暗になった外の景色から、あたしに視線を移した。
「そ…ですね」
「風邪ひくなよ」
「…え?あ、あたし?大丈夫です。コート来てるんで…」
「マフラーしてない」
「マ…マフラー?」
今一状況を把握できないでいた。
「大丈夫です!あの、ここに…」
兎に角マフラーを持っている事を伝えようと、スクールバックに仕舞い込んでいた自分のマフラーを取り出そうとした。
視線を上げるのと同時に、ふわっと首元が暖かさで包まれる。
それは、すぐにマフラーだと分かった。
首に巻かれたマフラーの、肌に触れている部分がとても心地良く、合わせられない視線を隠す様に、首元に見えるマフラーを視界に映していた。
「それやるから」
その声に顔を上げると、彼は既に背を向けて歩き出していた。
ハッとして咄嗟に追い掛けて腕を掴むと、彼は視線だけ向けてくる。
「も、貰えません!」
視線だけとゆうのが、どうも威圧的に感じて…
「頂けません!」
…余計に焦ってしまう。
「あたし!マフラーありますから!」
そう訴えると、無表情に見えた彼の顔が怪訝そうなものに変わり、眉を寄せると深い溜め息を吐いた。
まるで、鬱陶しい…と、言わんばかりに。
「……」
「……」
続く沈黙に意を決して、首に巻かれていたマフラーを外し、彼へ差し出した。
「……」
「……」
…だけど受け取ってくれない。それどころか、視線をマフラーに移しただけで、何も話そうとせず…
「…はぁ」
変わりに深い溜め息が聞こえた。
伸ばした手を引っ込む事も出来ず、聞こえて来る溜め息に、なんだか…居た堪れない。
眉が垂れ下がって、唇がへの字になっているだろうなと、鏡を見なくても、今自分がどんな顔をしているのか想像がつく。
ヤバい。マジでどうしよ。
「…おい泣くな」
不意に落ちてきた言葉に、自分の目から涙が出てしまったのかと驚いて、彼へ視線を向けると、相変わらず怪訝そうな表情をしていた。
「な、泣いてません」
泣いていると思われた事に対する驚きと、泣いていると思われたから、彼の表情が曇ったのかと思って、少しキツい言い方になってしまった。
そんなあたしの、意地かプライドか訳の分からない感情なんてまるで無視して…彼はあたしの手からマフラーを受け取ると、再び首へと巻直した。
「あのっ…!」
「お礼は素直に受け取れ」
もはや何の話しをしているのか分からない。
「で、でも!」
「何だよ…」
「……」
「……」
あたしには、スクールバックに入っているマフラーがある。ピンクと赤と黒のチェック柄で、結構気に入っている。明らかに男性向けのブランドの様なこのグレーのマフラーとは、似ても似つかない。
「マフラー持ってるので…兎に角、貰えないので…」
知らない人からいきなりマフラーを貰うだなんて、どうゆう状況かと聞かれたら、こうゆう状況ですとしか言えない。
「似合ってるからやる」
「…はい?」
「似合ってるからやる」
「え?いや、似合ってはないかな…」
「嘘じゃない」
「いや、嘘とかじゃなくて…」
「嘘じゃない」
「いや、嘘とかじゃなくて…」
「……」
「…似合ってはないかな、」
「……」
もはや、何の話をしているのだろうか。
「ミズキー!!」
「まだー!?」
自分を呼ぶ声にハッとして、振り返る。
すっかり忘れていた。
友達に「すぐ行くー!」と声をかけ、視線を彼に戻すと、またしても背を向けて歩き出している。
「…あっ!ちょっと!…えっ…ちょっと!」
慌てて彼へ呼びかけるが、振り返る気配は無い。
「ミズキー!!」
もう待てないと言わんばかりに友達が呼んでいる。
「どうすんのこれ…」
首に巻かれたマフラーを掴みながら、
「ミズキー!早く!」
待っている友達の元へ急いだ。
「なになに、どうしたのそれ」
合流するなり、会計を済ませた友達があたしの首に巻かれているマフラーを見て聞いてくる。
別の友達が次に支払いを始めたので、あたしも慌ててスクールバッグからお小遣いの入った財布を取り出そうとして、仕舞い込んでいた自分のマフラーが視界に映った。
「…くれるって」
「え?そのマフラーを?」
「うん…」
「え、知り合い?」
「…知らない」
「え?なになに、どうゆう事?」
「んー…」
あたしが一番知りたい。
会計をするレジの場所から、彼が見えるかなと、店内を見渡してみたけど、ここからでは見つけられなかった。
支払いの順番が自分に回って来て、先に会計が終わっていた友達2人が、「向こうで待ってるね」と言いながら店の出入口の方へ向かった。
会計を終えたあたしに気づいて、出入口付近に居た2人が外へ出ようと向かったので、隣で待っていてくれた友達と一緒に、2人の後を追って店を出た。
外からもう一度、店内へ視線を向けたが、やはりここからも、彼を見つける事ができなかった。
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